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Vol. 365 インフルエンザ流行の火種となってしまうか、「待てないひとの一発で治る魔法の薬」

医療ガバナンス学会 (2010年11月29日 06:00)


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木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役

2010年11月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

長かった暑い夏が、もう遠い過去のことに思えるほど、このところの朝晩の冷え込みは日に日に厳しさを増してきた。

「新型インフルエンザ」の流行で、ちょうど昨年の夏から今時分は、全国の医療機関は大変な騒動に巻き込まれ、私の勤務する診療所もそれこそ「大パニック」に陥っていたわけだが、今年の夏から秋にかけては、比較的「平穏」といえる毎日であった。

しかしこうも冷え込んでくると、発熱やカゼ症状など体調を崩して医療機関を訪れる患者さんも、さすがにジワリジワリと増えてくる。毎年冬の訪れとともに流 行りだす「感染性胃腸炎」の症状を呈して来院される患者さんも増えてきており、冬場は文字通り「発熱外来」と化す「年中無休コンビニクリニック」に勤務す るわれわれの間には、いよいよ「繁忙期」を迎える、という緊張感がこのところ漂い始めてきた。

昨年の「新型インフルエンザ」のときばかりでなく、毎年の「季節性インフルエンザ」の流行時には、「インフルエンザ」に罹ってしまったときの治療はどうすればいいのだろうか?というのが、患者さんとわれわれの間でしばしば話題となる。

今やすっかり「タミフル」「リレンザ」といった抗ウイルス薬は市民権を得た有名な薬剤となったが、これらを使う使わないという患者さんの希望は、その年の インフルエンザ関連情報を報じるメディアの「論調」やそれに伴う人々の「ウワサ」などによって、ずいぶん年ごと異なる印象だ。

ある年は「タミフルによる異常行動で転落死」とセンセーショナルに報じられたために、タミフル処方希望者は10代の患者さん以外でもかなり減ったが、そう いう事故が報じられる以前は、ちょっとしたカゼであるにもかかわらず、インフルエンザの「特効薬」としてタミフルの処方を「インフルエンザが怖いのでとり あえず念のために」と希望するひとが多く見られた。

その流れから言うと今年は、「日本では、患者の病院へのアクセスが早く、抗インフルエンザ薬が早期に投与されたので、新型インフルエンザによる死亡率が低 かった」と昨シーズンのインフルエンザ被害を総括した専門家もいたことから、「インフルエンザ」とあらば、タミフルなどの抗ウイルス薬を積極的に希望する 患者さんが増え、またそのニーズに応えようとする医師が増えるであろうということは、想像に難くない。

さらに今シーズンは、この「抗ウイルス薬」の選択肢が増えた。

昨年までは、国内で処方される抗ウイルス薬はタミフルとリレンザの2種類だけだったが、今年1月に塩野義製薬から「ラピアクタ」(一般名:ペラミビル水和 物)、10月に第一三共製薬「イナビル」(一般名・ラニナミビルオクタン酸エステル水和物)という新たに発売された2剤が加わって、今シーズンは4種の薬 剤が使用できることになったのだ。

一般的に「治療の選択肢が増える」ということは、何より患者さんにとって好ましいことである。

特に、今回新たに発売されたラピアクタは、タミフルのような経口投与やリレンザのような吸入薬ではなく、点滴静注で行えるため、悪心嘔吐など内服できない 状態の患者さんや、うまく薬剤を吸入できない小児にも対応できるという点でメリットがあると言えるかもしれない。さらに、投与回数は原則1回でよく、タミ フルを1日2回5日間内服と同等の効果であるので、薬の飲み忘れなどもなく治療が完結できるメリットもあるといわれる。

そして、もうひとつ発売されたイナビルは、リレンザと同様に吸入薬であるが、これも1回の投与でよいとされている。

つまり、今シーズンからわが国で使用可能となった新しい2剤の「抗ウイルス薬」の特徴には、どちらにも「1回投与でよい」という共通点がある。

このところ、何事についても言えることだが、「待てないひと」が多い。ネット社会で瞬時に情報が行き来する時代においては、当然と言えば当然のことなのか もしれないが、カゼでもインフルエンザでも、「なんとか明日までに治す」ための「一発でピュッと治せる薬」というは、多くの「待てないひと」のニーズに マッチする。

そのニーズに応えるために開発されたのかは定かでないが、この「待てないひと」が増えているこの時代、このタイミングで出て来たのが、「1回投与で治療が完結する」というのが謳い文句の、この2剤だ。

昨年「新型インフルエンザ」による「恐怖」が国民の間に蔓延していた当時、タミフルの備蓄問題も取り沙汰されたが、昨シーズン緊急輸入されたタミフル、リ レンザは現在それぞれ約1200万人分、約600万人分の在庫を抱えているという。今シーズンの流行がどの程度になるのか予測はつかないが、もしかしたら 供給過剰になる可能性もある。

もし今シーズン、インフルエンザの流行がそれほどでもなかったら、せっかく新製品を開発し上市にこぎ着けたとしても、多量の在庫を抱えることになってしまうことになるかもしれない。しかも、治療の選択肢は増えている。

このような場合、製薬会社が少しでも自社製品をアピールするためにはどうしたらよいかといえば、当然既存製品との違いを強調するほかないだろう。
その意味では、この 「1回投与で治療が完結する」という謳い文句は、「待てない」患者さんにとっても、服薬コンプライアンスを心配する医療者にとっても、かなりのインパクトとなるものである。

確かに患者さん個々で考えた場合には、メーカーが強調するように単回で5日間の治療と同等の効果があれば、「個人的には有益」である可能性があろう。
しかしマクロで考えた場合、このような薬剤による治療は、果たして「社会的にも有益」といえるのだろうか?

その答えを得るには、インフルエンザそのものに対する治療方針はもちろんのこと、国民のインフルエンザに対する考え方、さらには国民のカゼをはじめとした急性発熱性疾患に対する考え方やそれに伴ってとられる行動まで予測し、それらを含めて考慮する必要がある。

そもそもインフルエンザに対する治療に際して「抗ウイルス薬」の使用は必須ではない。

日本感染症学会は今年の1月「新規薬剤を含めた抗インフルエンザ薬の使用適応について」という提言を出してはいるものの、もともと基礎疾患などない健康な ひとであれば、十分な水分を摂り「ゆっくり静養」していれば、自然治癒可能な疾患である。「何か薬を」というのであれば、「麻黄湯」などの漢方薬を使用す るのもいいだろう。これも症状緩和に効果があることは、多くの臨床医も経験的に実感している。

しかし「待てないひと」が多い昨今、「『一発で治る魔法の薬』なんてそもそも無いのだから、薬なんかに頼らず『ゆっくり静養』していなさい」と安易に言お うものなら、患者さんをひどく怒らせてしまうことさえある。「麻黄湯」を提案しても、「漢方」と聞いただけで、「長く飲まないと効かないもの」と思い込ん でいるひとも未だに多く、処方を望まれないこともたびたび経験する。

そこに、「1回投与で治療が完結する」という謳い文句の薬の登場だ。
「そもそも無い」と言っていたはずの、『一発で治る魔法の薬』が、実際発売されてしまったのである。しかも、2剤も、である。
さてしかし、これらは本当に『一発で治る魔法の薬』と言ってもよいのだろうか?

今年の1月に、経静脈投与によるラピアクタが発売されたことを知ったとき、まず真っ先に「これは『普通の診療所』では使えない薬剤だな」と、私は思った。

この薬剤は点滴により投与されるため、当然のことながら「院内」でしか使用できず、しかも「最低15分かけて投与すること」と添付文書に書かれている。

つまり「インフルエンザ」の診断のついた「感染源」となり得る患者さんを、「最低15分もの間」、「院内」に留め置かなければならないのだ。
これは「普通の診療所」では、まず使えない。

点滴投与できる個室隔離ブースが何部屋も完備されている施設ならともかく、そうでない「普通の診療所」であれば、他のインフルエンザ以外の患者さん、診療所スタッフへの院内でのインフルエンザ感染リスクが非常に高くなることが危惧されるからだ。

日本感染症学会 の「新規薬剤を含めた抗インフルエンザ薬の使用適応について」には、
「外来治療が相当と判断される患者」では、「基本的にオセルタミビル(タミフル)あるいはザナミビル(リレンザ)の使用を考慮する」とし、ラピアクタの使 用については、「外来での点滴静注による投与に際しては患者の滞留時間を考慮し、特に診療所等で有効空間が狭い場合でも、飛沫感染予防策・空気感染予防策 など他の患者等へのインフルエンザ感染拡散の防止策を考慮することが必要」としながらも「服薬コンプライアンスが憂慮される場合や、その他の事情により静 注治療が適当であると医師が判断した場合」に「考慮できる」
と書かれており、さすがに患者さんの「滞留時間」を考慮に入れた文面となっているようだ。

さて、もう一つの「1回投与で治療が完結する」という謳い文句の薬、イナビルは、吸入薬だ。

これは、10歳未満の患者さんは「1容器で1回分」であり、この容器の2つの薬剤トレーに仕込まれている薬剤を順に一気に吸入する、というものだ。小児の場合、吸い残しを防ぐために、1つのトレーを2回吸入するようメーカーは推奨している。

この薬剤は、点滴投与とは違うから、もちろん帰宅してから吸入すればいいのだが、上手く吸入出来たか出来なかったかは、ある意味「吸った本人」にもよく分からない、ということになるかもしれない。しかし、治療はこの「1回だけ」でよいという。
これは、簡単だ。

インフルエンザの流行が本格化して、次から次に患者さんが押し寄せても、これをドンドン処方すれば、「1回で治療完結」。

この「一発」であの恐ろしい「インフルエンザ」が「治る」のならば、患者さんも何度も通院する必要もなく、医療者も患者さんをドンドン「捌けて」楽であることこのうえない。

だがしかし、本当にこれで皆ハッピーになれるのだろうか?
インフルエンザなど、急に発熱する疾患に罹った患者さんが、その病勢や経過の判断をするときに、もっとも参考にするのは、やはり「熱」の有無だろう。

医療機関への受診動機でもっとも多いのが「熱」である一方、「熱」が下がった患者さんは、「治った」という判断を下し、その後の行動をとるということも、われわれ医療者は経験的に知っている。

手前味噌で甚だ恐縮だが、昨年、MRIC 臨時 vol 303「『友愛』こそがインフルエンザ感染拡大を防ぐ」http://medg.jp/mt/2009/10/-vol-303.htmlという拙稿を掲載していただいた。

詳細はそちらに譲るが、その主旨は、「抗ウイルス薬を投与され、仮に早期下熱したからといっても、他人に感染させるリスクが皆無とは言えない状態であるの で、感染拡大防止のために、既感染者は未感染者のことを考えて、十分休んで拙速な社会活動の再開は控えて欲しい」という内容だ。

これは、ラピアクタやイナビルといった 「1回投与で治療が完結する」という謳い文句の薬剤がまだ一般的に流通する以前であった昨シーズン、タミフルやリレンザなどにより早期下熱した途端、学校 や職場に早々と「社会復帰」することを望む「待てない」患者さんたちが非常に多く、彼らの行動による感染拡大が強く懸念されたため、記したものである。

そういった「既感染者の行動」が、最終的にどれだけ昨シーズンの流行に影響したかといったデータなどは存在しないが、感染拡大防止の観点からは、けっして 望ましい行動とは考えられない。昨年の拙稿にも記したように、たとえタミフル服用を継続していても、その患者さんの鼻腔からは、数日間ウイルスが検出され るからだ。

今回新発売された2剤は、「1回投与で治療が完結する」という謳い文句の薬であるが、果たしてこの点はどうなのだろうか?

投与後3日目の時点において、ラピアクタは薬剤投与後「ウイルス力価陽性者の割合」として 成人例で45.3%、イナビルは薬剤投与後「ウイルスが鼻腔または咽頭ぬぐい液から検出された患者の割合」として成人例27.6%、小児例51.7%、と いう数字が、それぞれ製薬会社が提供している資料に示されている。

これももちろん、タミフルの場合と同様、「感染源」としてどのくらい流行拡大に関与するのかは不明だが、たとえ「1回投与で治療が完結する」と言ったところで、投与後3日目の時点では、まだ30~50%の患者さんからウイルスが検出されるということには違いない。

しかも製薬会社の資料によると、インフルエンザ罹病期間が既存薬剤に比べて有意に短縮されたというデータもあるという。ちなみに、イナビルの10歳未満投 与例で罹病時間の中央値をタミフルと比較したデータでは、イナビル群56.4時間に対してタミフル群では87.3時間とのことである。

つまり「今までよりも多少早く良くなるが、その時点ではまだまだウイルスが検出される状態は続いている」ということを意味する。
むしろ「元気になった後にウイルスが検出される期間が既存薬剤よりも長い」と解釈できてしまうかもしれない。

さらに投与は1回きりだ。
患者さんは、「薬」を服用している間は「治療中」という認識を持つことができるが、「熱」も下がり、「薬」を服用する必要もなければ、敢えて受診することも考えないし、そもそも家でじっとしている必要性なども、考えることなどないだろう。

子どもたちの場合は、学校保健安全法施行規則の出席停止の期間の基準が「インフルエンザ(鳥インフルエンザ(H五N一)及び新型インフルエンザ等感染症を除く。)にあつては、解熱した後二日を経過するまで」
となっているが、この法律はもちろん、このような「抗ウイルス薬」使用後の患者さんから検出されるウイルス力価などを参考に作られたものではない。この施 行規則は、平成21年3月31日が最終改正されているようだが、改正されたのは「(鳥インフルエンザ(H五N一)及び新型インフルエンザ等感染症を除 く。)」の部分であって、「解熱した後二日を経過するまで」の部分は、「抗ウイルス薬」がこの世に存在するよりずいぶん前に決められて以来、最終改正でも 見直された形跡はない。

現在のように「抗ウイルス薬」が繁用される時代になっているにもかかわらず、ずいぶん前に国が決めた「時代遅れの規則」の通りに登校させると、感染被害が拡大していくことにはならないだろうか。

本来こういった「時代遅れの規則」は一日も早く現状に即したものに変える必要があると思うし、もしすぐに変えられないのであれば、国が変えるのをのんびり待っているのではなく、現場が現状に即して自立的な対応をせざるを得ないだろう。
それには、正確な情報が必要だ。

競争激化している製薬企業にとっては、インフルエンザが流行せずに自社製品の売上げが伸び悩んだり多量の在庫を抱え込む事態になるのは避けたいことだと思う。
それには、「1回投与で治療が完結する」というキャッチコピーによって、少しでも既存薬剤との「差別化」を図りたいという意図も分からないではない。

せっかく「1回投与で治療が完結する」というのが謳い文句なのに、「その後しばらくは既存薬剤とほぼ同様ウイルスが患者さんから完全には消失しきらない」ということでは、既存薬剤と十分に「差別化」が図れないため、それはあまり出したくない情報であるかもしれない。

しかし既感染者の早期社会復帰によるウイルス拡散リスクには一切触れずに「1回投与で治療が完結する」とだけ宣伝することによって、あたかも「治療終了イ コール治癒である」と患者さんや医療者に誤認させ、感染源となり得る患者さんを、ドンドン早期に社会復帰させる方向にもし誘導しようとしているのであれ ば、それは「もしかしたら『新たな消費者』を作り出すための作戦なのではないか」と私のような「ヘソ曲がり」は邪推してしまうかもしれない。

こういう「邪推」をされないためにも、製薬企業は「薬剤投与は1回でよいが、投与後すぐにウイルスが消失するわけではなく、一定期間は感染リスクの存在が 否定できないため、周囲への感染拡大リスクに対する一定の安全期間を考慮すること」などと、「使用上の注意」を添付文書に明確にすべきではないだろうか。

先日面会した医薬情報担当者に、今まで述べてきたような想定し得るリスクについて意見を求めたところ、「じつは、私たちもその辺りのことを心配しており、出来れば『投与後6日間は感染力がある』と思って行動していただきたいと考えている」
という見解であった。
しかし、添付文書のどこを見ても、そのような注意事項は見当たらない。何故であろうか?

もしこの『投与後6日間は感染力がある』ということが社内で共有されている見解であるとするならば、その情報は「1回投与で治療が完結する」という謳い文句とともに「消費者」に十分周知されるべきものであろう。
別れ際、その医薬情報担当者は、この指摘は必ず上司に伝えると約束してくれたが、果たして適切な情報提供は今後されるのだろうか?企業の姿勢が問われるところだ。

社会的責任を有した製薬企業には、自社製品の「メリット」だけを宣伝、吹聴するのではなく、患者さんの起こし得る行動を事前に十分予測して、想定され得る「デメリット」についての注意喚起を自ら進んで行ってゆく、自律的なガバナンスが求められる。

日ごとに寒くなってきてはいるが、幸いインフルエンザの本格的な流行はまだ始まってはいないようだ。ぜひ本格的な流行が始まる前の今のうちに、現場の医師は現状に即した自立的対応、そして製薬企業は将来を予測した自律的対応を、それぞれしておくべきではないだろうか。

いくら科学技術が発達したといっても、 「一発で治る魔法の薬」はまだこの世には存在しない。
「一発で治る魔法の薬」が誕生するその日まで、「待てないひと」には、もう少し焦らずゆっくり、待っていてもらう必要がありそうだ。

木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士
1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、 2004年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆 活動を行う。AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋 『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。
きむらともTwitter: https://twitter.com/kimuratomo

 

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