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Vol.23121 奥尻島地震30年-災害と健康影響の交差点で-

医療ガバナンス学会 (2023年7月12日 06:00)


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北海道大学医学部
金田侑大

2023年7月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

奥尻島は北海道の南西、日本海に浮かぶ自然豊かな島です。美しい海岸線と豊かな生態系で知られ、多くの観光客が訪れます。しかし、その美しさの裏には、過去の悲劇、1993年の北海道南西沖地震の記憶が刻まれています。午後10時17分に突然発生したマグニチュード7.8、最大震度6の地震により、奥尻島は最大波高29mにも及ぶ津波に襲われ、一夜にして208名の死者と28名の行方不明者がもたらされました。今日、2023年7月12日をもって、その日から30年が経つことになります。

私は医学生で、現在、東日本大震災やコロナといった災害が、人々の健康に与えた影響について研究しています。ただ、これまで自分自身が、大きな災害や事故に見舞われることもなく、コロナの自粛も、むしろ、いっぱい勉強できてラッキー!と、プラスに捉えていたぐらいの自分にとって、そのような日常の変化によってもたらされる負の感情は、どこか他人事で、気持ちに距離があったように感じます。自分事として捉えることができるようになったのは、実は、昨年、奥尻島を散策した際の経験からです。

昨年、私は医学部の仮免試験(CBTのことです、こちらをご参照くださいhttp://medg.jp/mt/?p=11228 )前に現実逃避を試み、原付に乗って友達と、8月の奥尻島を散策していました。奥尻島の自然は、テスト勉強に憔悴しきった私を温かく迎えてくれ、おいしい海の幸におなかを満たし、突き抜ける海風に心洗われ、心身共に充電されていくのが分かりました。

しかし、やっぱり現実はそんなに甘くはないようで、突如、私の景色は一変します。

綺麗な海に見とれていた私は、交差点を曲がり切れず、そのまま転倒してしまい、顔から地面に打ち付けられました。現実逃避の代償は大きかったようで、血まみれの顔を触ってみると、歯がなくなっていることが分かりました。

島に一つの奥尻病院に救急車で運ばれ、画像を撮られ、歯はセメント(?)で応急処置的に固められ、今日の宿はここだよと、まさかの人生初の入院を経験することになりました。そして、島に一台、という機械でCTを撮ってみると、びっくりです。荒い画像の中でも、頸椎の棘突起が、ぽっきりと折れているのが分かりました。

図らずも金田は、棘のない、いい男になりました。と、今だから笑って言えますが、結果として私は絶対安静を指示され、その後の予定も全てキャンセル。現実から逃げるはずだったのに、逆に首根っこを捕まれ、ちゃんと勉強しなさい、と、怒られた気分でした。

しかし、この経験は思わぬ形で私の学びにつながりました。安静を命じられたことで、試験勉強ぐらいしかすることがなくなり、結果的には合格点+1%という超ギリギリで、仮免をいただくことができました。一方で、食生活が変わり、運動習慣もなくなったことで塞ぎこみがちになり、体重は一気に10kgぐらい増えてしまいました。わずか1~2か月のことです。

私は自身の健康と、それがどれほど容易に脅かされ得るか、また、それがどのように日常生活や学業に影響を与えるかを、初めて身を持って経験しました。加えて、見た目の変化や痛みの経験は、精神的な健康にも影響を及ぼすことを知りました。私の経験は、一見よくある些細な話だと感じるかもしれませんが、突然の出来事がどのように健康を脅かし得るかを象徴していると思います。

そして、程度の違いはもちろんありますが、私の経験はまさに、研究させていただいている、“災害が人々に与える影響”、と、つながるものだと感じました。災害もまた、突如として人々の健康を脅かし、その生活を大きく変えてしまいます。

実際、東日本大震災は、直接的な被害だけでなく、人々の心理面に大きな影響を及ぼし、実に46%にも上る被災者たちが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされ、長期的な心理的苦痛を経験しています。他にも、21%の人々が運動習慣を失い、糖尿病や高血圧などの生活習慣病の方が増え、一過性の出来事ではなく、人々の生活に深く根ざした問題となり、対処には専門的な支援が必要となりました。

これまでも、何となく紙の上では理解していたことではありますが、私は、奥尻島での自身の体験を持って初めて、 “日常の変化“が、単なる身体的な傷害だけでなく、心理的健康にも深く関わることを理解しました。これは私の医学への視点を深め、被災者のケアにおける、重要な考え方となりました。

奥尻島地震から30年が経つ今日、私たちは過去の災害から学び、未来の災害への備えを進めていかなければなりません。そして、私たちが学んだ知識や経験をこれからに活かすために、私は今、活動しています。これからも、災害の健康影響についての研究を深め、その知識を広めていくことで、人々が災害からの復興を進める一助となることを目指します。

そして、この記事を締めくくる前に、30年前の奥尻島地震で亡くなったすべての人々に心からの追悼の意を表したいと思います。奥尻島地震で命を落とされた方々のために、そして遺族の方々のために、私たちは災害の教訓を学び、それを活かすことが重要です。

【金田侑大 略歴】
北海道大学医学部5年。2021年9月〜2022年6月までエジンバラに留学しており、8月の時点での医学知識はすっからかんでした。奥尻島での怪我の際、医学生にもかかわらず、止血をティッシュで行ったことは人生でトップ10に入る後悔です。“焼けるような痛み”も、身をもって学ぶことができましたが、お勧めできません。止血は布でしましょう!

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