医療ガバナンス学会 (2023年8月21日 06:00)
帝京大学大学院公衆衛生学研究科
ナビタスクリニック川崎小児科
高橋謙造
2023年8月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
まだ、世界的なパンデミックを経験してから3年半しか経過していない段階では、「正解は、常に更新され、研究が進み、新たな知見が加わればコロナとの闘い方も変わる。」というのが私のスタンスです。
https://www.sankei.com/article/20230110-5LPN4NBGVZPR7N7RNCRJ5I7MH4/photo/4BKTH2P5TRPVBAQJOGERX5INEA/
しかし、彼からのこの指摘には違和感を覚えました。なぜなら、第9波の只中にある日本において、死亡率が急増している事もなければ、病床の逼迫も起きていないのです。臨床の現場に関わる者としての感覚とかなり乖離を感じました。
沖縄で大活躍されている徳田安春先生からも、「その知見は現場と解離していると思います。沖縄の現場では重症人数は増えませんでした。全県での瞬間最大数で15人ですよ。」
そして、情報の出所となったMMWR記事(1)を読んでみました。
基本的に、この報告は、2021年9月から2022年8月にかけてのデータを分析したものでした。確かに、デルタ株流行期とオミクロンBQ.1/BQ.1.1株流行期の比較で、COVID関連入院率は、1.9%から17.0%に、COVID関連死亡率は、1.2%から12.3%に増加していると書いてありました。オミクロンBQ.1/BQ.1.1株が流行の主体であったのは、日本においては第8波でした。第8波での致死率は、0.18%であり、第3波(1.82%),第4波(1.88%)と比較しても、非常に低くなっていました(2)。
MMWRには、これらのデータの解釈がDiscussionとして書いてありました。
今回の再感染は、18-49歳の若年層が主たるもので、この年齢層では多要因(ワクチン接種適応が遅くなったこと、ワクチン接種率がそもそも低いこと等)などの可能性があると論じられていました。
更に、再感染は、一般の感染症例と比較して、入院または死亡した人においては発生頻度が低いという点も論じられていました。これは、前回の感染によって誘導された免疫が、その後の感染に対するよりも重篤な転帰に対する防御に優れているというエビデンスと一致していますし、再感染による重篤な転帰のリスクは、ワクチン接種によって減少させることができるとも論じられていました。残念なことに、今回の解析ではワクチンの有効性は評価されていなかったのです。
彼が懸念したハイブリッド免疫に関しては、NEJM(New England Journal of Medicine)誌でも過去の感染と最近のブースターワクチン接種によるハイブリッド免疫が最も強い防御効果を示すと評価されています(3)し、Journal of Infection Prevention誌の最新論文では、ハイブリッド免疫は重症化に対する強力な防御をもたらすという知見もあります(4)。ハイブリッド免疫が危険という懸念も該当しないことになります。
これらを彼に伝えると、「データのつまみ食いはだめなんですね。反省して精進します。」との回答がありました。
最後に彼にお伝えしたのは、自分の考えを支持する証拠だけに注目し、反証を無視する無意識の傾向を確証バイアスということ、これを回避するのが科学者として非常に重要であること等をお伝えしました。自分の思い込みによる論の展開であれ、確証バイアスに基づいた内容であれ、チェリー・ピッキング(数多い事例の中から自論に有利な証拠のみを並べ、それと矛盾する証拠を隠したり無視する行為のこと)は回避すべきであるということです。
(了)
参考文献
(1) Trends in Laboratory-Confirmed SARS-CoV-2 Reinfections and Associated Hospitalizations and Deaths Among Adults Aged ≥18 Years — 18 U.S. Jurisdictions, September 2021–December 2022. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/mm7225a3.htm
(2) 新型コロナ第8波 死亡が多くなった要因 専門家の考察や対策は. https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20230224c.html
(3) Effects of Previous Infection and Vaccination on Symptomatic Omicron Infections https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2203965?fbclid=IwAR2KQ9REqr8Wqh5TKrngGHRxASMqFyaW4KLxcaVNuxb0MtcdfZqgQ77o-ho
(4) Outcomes associated with SARS-CoV-2 reinfection in individuals with natural and hybrid immunity https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1876034123002095?fbclid=IwAR0z6Uocsjnb1AKV7KL23L9VdemBoz77g68Utl0VksCN7zxaOziWTuOydxg#bib26
(5) チェリー・ピッキング https://ja.wikipedia.org/wiki/チェリー・ピッキング