医療ガバナンス学会 (2023年9月15日 06:00)
この原稿は医療タイムスからの転載です。
広島⼤学医学部5年
吉村弘記
2023年9月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
これらのデータをうまく利活用することは現在の日本の医学研究において極めて重要ですが、十分にそれができていないのが実情です。
私は現在、これらのデータを利用して、実際に解析を行い新たな知見を探る研究を行っています。本稿では、この場を借りてその研究の一部を紹介させていただきます。
●救急データから搬送遅延の原因を究明
まずは、南相馬市の救急データを扱った研究*を紹介します。この研究は、相馬広域消防本部に保存される救急搬送記録から抽出したデータを用いて、南相馬市全体の救急搬送にどのような影響を及ぼしたかを明らかにした研究です。
地域の医療状況を最もよく反映する「到着してから現場を出発する」までの時間を基準にして、遅延しない搬送と遅延した搬送の2つのグループに分け、どの要因が搬送遅延の原因になるかを探りました。
特筆すべき点はその解析を行う際に使用したモデルです。これまでの研究では、線形回帰モデルやロジスティック回帰モデルといった比較的簡単なモデルが主流でした。
これらは手軽に用いることができますが、現象を線形的な関係、すなわち比例の関係でしか捉えることができません。そのため、モデルの精度は高いとはいえませんし、捉えられる現象にも限りがあります。
一方で、今回、私が使用したモデルは決定木アルゴリズムをベースにした勾配ブースティングモデルというものを使用しています。
このモデルはいわゆる非線形のモデルであり、比例以外の関係も学習できるので精度が高く、複雑な事象も捉えることができます。今回の研究の結果、年度、時間帯、緯度による影響が大きいことが分かりました。
さらに決定木を用いた解析を行うことで、2016年7月の南相馬市小高地区の避難指示解除以前にはN37.695°(これはおおよそ南相馬市の鹿島区と原町区の境界に一致します)を境界にして搬送状況に差が生じていましたが、避難指⽰解除以降にはその差が解消されていたことが明らかになりました。
この研究によって、避難指示解除により地域の救急状況が改善していたこと、さらには小高区の避難指示が非避難区域の原町区にも影響を及ぼしていたことが明らかになりました。
●災害関連死のパターンから予防策を作成
続いて紹介する研究は、南相馬市の災害関連死を扱ったものになります。災害関連死とは、災害が発生したことにより、緊急避難、移転、避難環境、医療提供サービスの中断、および心理社会的影響などの二次的な健康への影響によって引き起こされる死亡の総称であり、日本では遺族からの申請をもとに市町村独自の認定委員会によって認定されます。
今回の研究の目的は、南相馬市で災害に関連して亡くなった人たちを対象として、その中で類似の症例群にグループ分けをすることで、災害関連死の特徴的なパターンを明らかにすることです。
災害死の典型的なパターンを明らかにすることで、大規模災害が⽣じた際に講じるべき予防策の作成に役⽴つことが考えられます。
今回の解析の難しい点は、医学研究でしばしば設定される、目的変数と説明変数が存在していないという点です。こうした場合、典型的なモデルを使⽤した解析を用いることはできません。
そこで用いるのが、教師なし学習の1つであるクラスタリングという手法です。クラスタリングは、データの特徴ごとにグループ分けする手法であり、その結果を用いてデータ集合をいくつかのグループに分類することが可能です。
本研究では、クラスタリングを⽤いて災害関連死のパターン分類を⾏い、各パターンの特徴を抽出することを目指しています。仮にグループ間で死亡までの期間、死因となる疾患などに差が⽣じていれば、各グループによって災害後の対応を変える必要性が出てきます。
この研究は現在も進行中ですが、近いうちに全貌を明らかにしたいと考えています