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Vol.23177 論文紹介:仙台市内の病院の救急外来を受診した薬物中毒患者の11年間の傾向

医療ガバナンス学会 (2023年10月10日 06:00)


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有限会社健康堂薬局(宮城県大崎市)
橋本貴尚

2023年10月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

本稿では、筆者が前職として所属した公益財団法人仙台市医療センター仙台オープン病院(以降、オープン病院)の救急外来を受診した薬物中毒(overdose, OD)患者を2010年1月1日から2020年12月31日までの11年間にわたって後方視的に調査した結果を紹介します。尚、調査結果をまとめた論文は、英文医学誌Cureusに2022年12月に掲載されております。
https://www.cureus.com/articles/119403-eleven-year-trend-of-drug-and-chemical-substance-overdose-at-a-local-emergency-hospital-in-japan#!/

【論文の紹介】
ODは、世界中で深刻な健康上の問題です。日本全国の精神科医療施設約1,200施設を調査したところ、2,800名余りのOD由来の精神疾患患者が報告されました。OD患者の治療は、身体的治療に加え、精神科医師による中長期的観点での精神的治療も重要です。しかし、全ての救急医療施設に精神科医師が常駐しているわけではありません。にもかかわらず、日本の精神科病床を持たない救急医療施設におけるOD患者の実態調査は、2008年に報告された1報が存在するのみです。これによれば、3年間のうちに194名がODで救急外来を受診し、30代の受診が最多で、女性の比率が約8割、被疑薬はベンゾジアゼピン系が最多でした。

オープン病院は、仙台市救急医療事業における二次救急医療機関に指定され、仙台市急患センターやかかりつけ医などの一次医療機関からの紹介や、患者による直接受診を受け付けています。そうした中で、自然、OD患者を受け入れるわけですが、精神科の常勤医は存在せず、身体的治療が主となります。

そこで、筆者は、過去11年間にわたってOD患者の実態を後ろ向きに調査することとしました。
対象患者577名の特徴を表1に示します。平均年齢は38歳(範囲:14‐95歳)、女性の比率が75%でした。ODの種類と個数ですが、最大で21種類、640個もODした患者がそれぞれいたことが分かりました。尚、ODによる死亡者数は1名でした。
http://expres.umin.jp/mric/mric_23177-1.pdf

OD患者の年間推移を図1に示します。年を経るごとに減少傾向でしが、2020年は上昇に転じておりました。
http://expres.umin.jp/mric/mric_23177-2.pdf

図2は、調査期間に抽出されたOD被疑薬を、5件以上の者に関して掲載した結果です。大半が精神疾患治療薬でしたが、これらを抜いて1位はOTC(over-the-counter)解熱鎮痛・風邪薬でした。これ以外の市販薬については、ジフェンヒドラミン製剤(21件)や無水カフェイン製剤(9件)が検出されました。その他、家庭用洗剤(9件)やたばこ(7件)、危険ドラッグ(7件)といった、生活上に存在する(あるいは、し得る)物質が検出されました。
http://expres.umin.jp/mric/mric_23177-3.pdf

図3は、図2で示した1位のOTC解熱鎮痛薬・風邪薬と上位3つの処方薬について、11年間の推移を見た結果です。OTC解熱鎮痛薬をODした患者数は2012~15年、19、20年で最多であり、調査期間の多くの年を占めておりました。
http://expres.umin.jp/mric/mric_23177-4.pdf

その他、月別や曜日別、受診時間別でも集計しました。月別では、多い順に9月(58名)、10月・12月・1月(いずれも54名)、5月(51名)に多い結果となりました。曜日別では、火曜日(97名)、月曜日(96名)、日曜日(94名)と、休日から休み明けが多い結果となりました。受診時間帯別では、22時台(45名)、20時台(37名)、1時台・19時台(いずれも36名)と、夜間から深夜にかけて多い結果となりました。
OTC薬については、商品のブランドも調べました。具体的な名称は控えますが、調査期間を通じて、OTC解熱鎮痛薬・風邪薬は24種類のブランド、OTCジフェンヒドラミンは6種類(1種類が乗り物酔いの薬、5種類が睡眠改善薬)、そして、無水カフェインが1種類が検出されました。そして、19名の患者が2種類以上のOTC薬を組み合わせてODしておりました。

【考察】(*引用元については、原文をご参照ください。)
11年間の調査の結果、OD患者数は減少傾向にあることが分かりました。このことは、日本の医薬品適正使用の取り組みの成果が反映されていると考えられます。年間の自殺者が3万人を超えている現状を鑑み、2010年に厚生労働省が「自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム」を立ち上げ、国を挙げて対策に乗り出しました。また、乱用の危険性の高い処方薬ベゲタミン(R)(クロルプロマジン、プロメタジン、フェノバルビタール)が2016年に市場撤退しました。同じ年の2016年に、向精神薬の処方日数が30日以内(薬によっては、14日以内)に制限されました。危険ドラッグに関しても、2009年から12年にかけてOD者数の増加を認めたものの、有害化学物質の指定や名称変更(「脱法ハーブ」から「危険ドラッグ」へ)など種々の対策が行われ、その危険性が国民に認識されました。こうした対策の結果、処方薬や危険ドラッグに関して言えば、そのODのリスクが広く周知されてきた、と言えるのかもしれません。

他方、OTC薬の適正使用の環境はどうでしょうか。本研究結果では、OD被疑薬としてOTC薬、とりわけOTC解熱鎮痛薬・風邪薬が最多であることが分かりました。先述の通り、処方薬が適正使用の厳格化がなされたのに対し、OTC薬に関する規制は一貫して緩和されてきました。主な事例として、2011年にロキソプロフェンナトリウムのOTCスイッチ化や2014年のインターネット販売の解禁、2017年のセルフメディケーション税制の導入などが挙げられます。ただ、OTC薬の規制緩和の恩恵は少なくないと思います。
医療費の抑制の他、自力で薬が買えない方はインターネットで購入できますし、しっかり効く痛み止めが市販で購入できるのもありがたいです。他方、2021年に厚生労働省が5,000の薬局・ドラッグストアの販売実態を調査した結果、全体の53%で、乱用の恐れのあるOTC薬について何ら問診をしていない実態が明らかとなりました。インターネット販売に関しても、簡単な自記式アンケートに回答すれば購入可能です。厚生労働省は、当初は薬剤師によるメールや電話などを用いた双方向のやり取りを想定したようですので、実態はこれとはかけ離れた内容となってしまいました。

ODに対する社会的なサポート体制の在り方についても、考える必要があります。OD患者に対しオープン病院でできることは、身体的な治療のみです。行政の精神的・社会的サポートについては、ある自治体の夜間・休日の精神医療相談のHPを見ると、OD患者に対しては「身体的治療を優先すべき」とし、具体的な提言はありませんでした。国の薬物乱用対策は、OD患者の救済よりも犯罪防止対策に重点を置いている印象です。さらに、OD患者を受け入れる医療機関に対するサポート体制は皆無と言えるかもしれません。

月別、曜日別、受診時間帯別の結果についても、検証します。月別では、患者数5月と9月以降に多い傾向でした。この結果は、警察庁が公表している自殺者数の推移とおおむね一致している印象です。日本の自殺者の現状を1974年から2014年の41年にわたって調査した結果によれば、自殺者が最多だったのは、曜日は月曜日が、時間帯は早朝が、それぞれ最多でした。ただ、時間帯については、「死亡時刻を調査したため、自殺企図はより多くの人が眠っている夜間に多い可能性がある」と言及しておりました。本研究は、休日から休み明け、そして夜間にODが多かったという点で、先の調査結果と関連している可能性があります。

【結論】
本研究より、ODの被疑薬としてOTC薬の寄与が大きいことが分かりました。今後、OTC薬の一層の適正使用を図る仕組みづくりが求められます。

【あとがき】
本論文執筆にまつわるエピソードを紹介します。
2020年8月、コロナ禍真っただ中の話です。この時期、目に見えてODや急性アルコール中毒で救急外来に搬送される患者が増えてきた印象でした。ある日の夜間、「またOD患者だよ。1人来ると、救急止まるんだよな・・・」と看護師が、薬剤部に大量の薬を取りに来た際に話しておりました。
このエピソードをきっかけに、データ収集を開始しました。その結果、ODに対してのOTC薬の寄与が大きいことに気づき、愕然としました。本来なら、OTC薬は、我々薬剤師が適正使用の責任を持つべきです。しかし、むしろ、OTC薬が地域救急を圧迫している可能性に思い至りました。

今回、多くの支援者の後押しにより、論文掲載に至りました。地域住民の健康を守る上で、救急外来は最後の砦と言えます。本論文をきっかけにODが地域救急を圧迫している現状を知っていただき、実際に救急医療の現場に立つ人に加え、行政や医療系団体(医師会、薬剤師会など)を含む様々な立場の人に、広くこの問題についての認識を共有していただくとともに、今後の地域救急の在り方を考えるきっかけにしていただきたいと考えております。
最後に、私は、医薬品適正使用に責任を持つ薬剤師の立場で、地域救急をこれからも微力ながら支えていければと考えている所存です。

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