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Vol. 383 医療の法律処方箋-B型肝炎訴訟最高裁判決に準拠して

医療ガバナンス学会 (2010年12月20日 06:00)


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B型肝炎訴訟を教訓に無過失補償制度へ

井上清成(弁護士)
2010年12月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.B型肝炎訴訟での和解協議

B型肝炎訴訟とは、昭和23年頃以降、乳幼児期に集団予防接種等を受けたところ、注射器(針、筒)の連続使用により、B型肝炎ウイルスに感染したことを 理由に、感染被害者が集団で国に対して損害賠償請求をしている訴訟のことである。現在も各地で訴訟が起こされており、今後さらに一層増えるであろう。歴代 政権に続いて現政権も、それらへの対応に苦慮している模様である。それらすべてに和解で対応するならば、1.5兆円から最大8兆円にものぼる損害賠償金を 国庫から支払わねばならないという試算もあるらしい。

2.先行訴訟の最高裁判決

このような状況を招く契機となったのは、最高裁判所の平成18年6月16日判決であった。原審の札幌高等裁判所が認定しているとおり、「B型肝炎ウイル ス感染の原因が本件集団予防接種等であると認め得る直接証拠は見当たらず、また、疫学的な因果の連鎖を的確に示す客観的な事実を認め得る間接証拠も見当た らない」と言ってよい。しかし、原審も最高裁も、その感染力の強さ、注射器の連続使用、昭和61年以降の母子間感染阻止事業により垂直感染がなくなると共 に水平感染も見当たらなくなったこと、他に感染原因として可能性の高い事実もないこと、などの理由で、結局は因果関係を肯定した。

もちろん、国の過失は原審で決着済みである。「昭和26年当時には、集団予防接種等の際、注射針、注射筒を連続して使用するならば、被接種者間に血清肝 炎ウイルスが感染するおそれがあることを当然に予見できた。」だから、「本件集団予防接種等を実施するに当たっては、注射器(針、筒)の1人ごとの交換又 は徹底した消毒の励行等を各実施機関に指導してB型肝炎ウイルス感染を未然に防止すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失がある」と認定した のである。

そして、慢性肝炎または無症候性キャリアの原告5人に対して、いずれも慰謝料500万円と弁護士費用50万円の損害賠償を認めた。

3.最高裁の医療政策の形成機能

最高裁は、被害者救済に対する確固とした意志を抱いていると思われる。特に、医療に関する被害者の救済への指向は強い。そのため、厳密に科学的な因果関 係よりも、一般常識的な経験則に基づく因果関係の認定に傾く。また、注射器の連続使用についても、医療現場の実情や慣行よりも、法的な行為規範(あるべき 論)を優先してしまう。政策的考慮が勝ち過ぎていて、法律論として粗っぽくて強引すぎると批判しうるところである。

しかし、いずれにしても、法律の解釈という名の下に、最高裁が医療の政策形成の機能を営んでいる現実は否定しえないであろう。そして、個別事案において だけという限定はあるけれども、行政府たる政府は、司法府の最高権威である最高裁に従わねばならないのである。さらに、同種の個別事案についても、最高裁 に準拠している限りは、下級審の言うことにも、事実上、政府は従わねばならない。これこそが法治国家の要請である。

現在、訴訟が行われている札幌地方裁判所では、裁判官より「和解協議に当たり、救済範囲を巡る本件訴訟の各争点については、その救済範囲を広くとらえる 方向で臨む」との方針が示されていると聞く。日本は法治国家なのだから、政府はいたずらに抵抗せずに、最高裁に準拠している以上は素直に地方裁判所の勧告 を受け入れるしかないし、それで良いと思う。訴えている原告も同様である。このまま推移すると将来的には総額8兆円にも達しようかというので、政府は抵抗 しているようであるが、その必要はない。損害賠償義務負担分は法律上の義務費となるのだから、何兆円であろうと予備費でも補正予算でも増税でも何としてで も支出することが正当化されるのである。法治国家なのだから、それが政府であっても原告であっても、司法府の個別案件の指示に従おうとしない方がおかし い。また、双方共が裁判所の和解協議に臨んでいる以上、双方共に裁判所外での宣伝合戦などはせず、早急に裁判所内での和解協議に専心すべきである。

このようにして、裁判所は結果として強力に、医療政策を形成していく。

4.厚生官僚の過去の誤った政策手法

ところで、裁判所の判決や和解協議を通じたこのような事態を招いた元凶は、厚生官僚の過去の誤った政策手法にある。判決が述べるとおり、「国は、昭和 23年厚生省告示第95号において、注射針の消毒は必ず被接種者1人ごとに行わなければならないことを定め、昭和25年厚生省告示第39号において、1人 ごとの注射針の取替えを定めたが、我が国において上記医学的知見が形成された昭和26年以降も、集団予防接種等の実施機関に対して、注射器(針、筒)の1 人ごとの交換又は徹底した消毒の励行等を指導せず、注射器の連続使用の実態を放置していた。」

先行訴訟では、厚生官僚のいつもの手口を逆手にとられてしまったのである。いつもは、あえて実情や慣行に沿わない厳しい基準を設けて医療機関をいつでも 法的に統制管理できるようにしつつ、実際は放置しておいて、いざ必要な時にだけ恣意的に取り締まるという手法を使っていた。B型肝炎訴訟では、これを逆手 にとられて、厚生官僚の権限不行使という不作為を過失とされてしまったのである。

現政権は、厚生官僚の過去の誤った政策手法を正当化したり希釈化させようと腐心する必要はない。官僚主導行政の誤りの部分を連続させる必要はなく、断ち 切って不連続化(つまり、方向転換)すれば足りよう。もちろん、国家としての責任負担の連続性は維持しなければならないので、今回は最高裁に準拠して全面 的に和解し、何とか国庫より支弁して賠償はしなければならない。

5.国家賠償よりも無過失補償へ

現時点に至っては、政府はB型肝炎訴訟で地方裁判所の訴訟指揮に従って、全面的な和解をしていくしか残された手立てはないと思う。しかし、翻って考えれ ば、そもそも最高裁がかつて、損失補償でなく国家賠償という形で対処しようと選択したこと自体、医療政策として当を失したものであったのである。

本来、予防接種という医療政策を進めていくためには、その副作用や生じうる有害事象に対処する方策として、無過失補償制度もしくは損失補償制度が備わっ ていなければならない。特に無過失補償制度は、単に損失補償という性格だけでなく、社会保障という性格も持っている。また、医師免責も欠かせない。

昭和後半から平成初め頃にかけて、最高裁は予防接種の各種事案で、損失補償的な判決を選択する途もあった。ただ、医療以外の他の業務分野との法規範的な整合性を優先したため、医療についても他とバランスをとるため無理やり国家賠償の形で被害者救済を図ったのである。

甚だ残念な事ながら、他の分野のために医療分野は犠牲になってしまった。しかし、とは言え司法府のスタンスは既に確立してしまっている。そこで、B型肝 炎訴訟を教訓として、過失や因果関係論や慰謝料や損害賠償訴訟と無縁な無過失補償制度を立法化すべく、早急に検討を始めるべきであろう。

(MMJ 12月号所収「第41回 医療の法律処方箋」を加筆修正)

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