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Vol.23182 ダイアベティス? わかりやすい母国語の病名をつけるべきだ 〜糖尿病の呼称について

医療ガバナンス学会 (2023年10月17日 06:00)


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濱木珠惠

2023年10月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2023年9月22日、日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は、糖尿病の新しい呼称として、「ダイアベティス」を提案する発表を行った。糖尿病の英語表記をそのままカタカナにしただけの病名だ。すでに多くの医療者がSNSなどに感想を述べているので目にした方も多いだろう。

一言でいえば、センスが悪い。
まるで意識高い系のカタカナビジネス用語みたいな感じだ。

日本では、医学教育が母国語である日本語で行われている。一方、東南アジア諸国では、母国語に医学用語を置き換えることができないため、医学教育が英語で行われるという。医師になってから世界標準の医学情報を収集したり論文を作成したりするトレーニングとして役に立つのは間違いないのだが、少々ハードルが高くもある。私などは、英語は苦手ではないけれど堪能とは言えない。だが母国語ならちょっとしたニュアンスの違いも肌感覚ですんなり理解できる。母国語で医学教育を受けられたことは、ちょっとした恩恵であった。

だが、母国語による医学用語が存在する最大のメリットは、一般の人々にも理解しやすいことだ。大半の病名が日本語で表現されている。もちろん、外来語でないと表現しにくい語(ホルモン、ビタミン、リウマチなど)や、日本語があっても外来語の方が意味を伝えやすい語(急性循環不全→ショック、熱量→カロリー)などもあるが、漢方医の時代から用いられていた言葉や、新たに作られた造語(麻酔、神経など)など、現代の日本では一般の方にもすでに馴染みのある医学用語が多いのである。 (  https://www.jstage.jst.go.jp/article/igakutoshokan1954/43/1/43_1_35/_pdf )

「糖尿病」も、糖分が尿に出ている病気なのだなとイメージが浮かぶ。糖尿病の本質は、血中の糖の上昇をコントロールすることができなくなる病気である。血糖値が高くなりすぎて尿中に糖が出てくるのであり、最初に尿の異常が出るわけではない。糖尿病であっても尿糖が出ていない患者や、逆に治療薬によって糖を尿中に排泄する薬もある。糖尿病が病の本質を言い当てていないという言い分には一理あるかもしれない。だが「糖に何か異常が出てくる病気なんだな」ということは病名を見れば一目瞭然なのだ。

ダイアベーティスという病名は、この「一目瞭然」をわざわざ捨て去ってしまう病名なのだ。

糖尿病は、紀元前16世紀頃、古代エジプトの時代から「尿があまりにもたくさん出る病気」として認識されていた。2世紀頃、カッパドキアの医師アイタイウスが、尿の異常な排泄が特徴的な病気について記載しており、この症状からギリシャ語で「通り抜けるもの、サイフォン」という意味を持つ“diabetes”という言葉が病名として用いられるようになった。糖尿病の多飲・多尿という症状にまさに当てはまる。ここに「蜂蜜のように甘い」という意味を持つmellitusを追加しDiabetes Mellitusとすることで糖尿病を示す言葉となった。

日本では、江戸時代にはまだ糖尿病という名前はなく、オランダ語の尿と洪水を意味するpisvloed という病名から「尿崩」と記されたらしい。その後、Diabetes Mellitusを「蜜尿病」などと訳すようになり、1907年の日本内科学会講演会後に「糖尿病」に統一された。
( https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/49/8/49_8_633/_pdf )

この流れから、糖尿病には「尿」という漢字が使われているが、ダイアベティスも尿から連想されて用いられた単語であるとも言える。ちなみに「尿崩症」という別の病気の英語表記は、Diabetes Insipidusであり、異常な尿排泄が特徴的な病気である。少し話が逸れたが、つまりダイアベティスという名前は、肝心の「血糖値の異常が起きている」ことを示す病名ではないことは明らかだ。

前述したように医学専門用語には、ラテン語やギリシャ語の語源を含んだ単語が多い。英語はゲルマン系言語だったが、大陸諸地域との交流によってラテン語の単語の借用は始まっていたそうだ。1066年のノルマン征服によりフランス語が流入し、ルネサンス期をへて、今ではラテン語やギリシャ語の単語を多く含んでいる。このため英語には、すでにラテン語の活用形が含まれており、19世紀以降に科学が発展すると、ラテン語の法則に基づいた科学用語が造語されるようになった。このラテン語から生み出された用語がちょっと面倒くさい。レジデントの頃、ゲノムに関する本の読書会をしていたが、ちょっとした化合物の名前を覚えるだけでも苦労した。例えばデヒドロゲナーゼというのは脱水素酵素と訳するのだが、これがde-hydrogen-aseと分解すると分かっていなければ理解しにくい、といったところだ。これは簡単な例だが、こういう語根に不慣れな日本人は少々難渋するかもしれない。

その一方で、日本語にも多くの文字が使われている。漢字は表意文字である。「へん」と「つくり」の組み合わせで音や意味が作られるので、慣れていれば漢字から意味が読み取れる。これは日本語の利点でもある。漢字は大陸からの伝来ではあるが、昔の日本人は漢字に音読みと訓読みをあて、ひらがな、カタカナを加え、さらにはアラビア数字やアルファベットを組み合わせることで日本語による表現の幅を広げてきた。

言葉は生き物だ。だがそれは文化の中で変化してこそのものである。幕末から明治時代にかけて、多くの外来語の概念が日本に流入してきた。外来語がそのまま日本語みたいな顔をして通用していることもある。有名なところではカステラやタバコであり、医学用語っではカルテとかガーゼとか(これらはドイツ語由来だが)、現代日本社会ですんなり流通しているものもある。だが、当時は漢語の素養がある知識人が多かったので、外来語の訳として、従来ある漢語を引用し、あるいは新たに漢熟語を作り出した。国会、階級、教育、などは和製漢語だそうだ。現代のわたしたちに馴染みのある単語だが、字面を見れば単語の意味が込められているのがわかる。下手にカタカナ語を導入せずに日本語に取り入れた先人の知恵に感服するしかない。現代においても、モレキュラーバイオロジーは分子生物学に、エレクトロフォレーシスを電気泳動にするなどの読み替えがある。それぞれの指し示すものを知らなかったとしても字面から察することができると思う。( https://www.jstage.jst.go.jp/article/igakutoshokan1954/43/1/43_1_35/_pdf )

私には、やはりダイアベティスというカタカナ語はどうにも評価できない。これが、新しく登場した疾患概念でどうしても日本語に置き換えにくいというならまだしも、短絡的な病名である。近年行われた病名変更を振り返ってみよう。「双極性障害」は、以前は躁うつ病と呼ばれていたが、うつ病とは異なる別の病気であるという考え方が広がるようになり、躁状態とうつ状態の両極端な状態を行き来する病気ということで名づけられた。また「統合失調症」は、従来の精神分裂病という呼称がマイナスイメージを与えるという理由で変更されたが、関係者が議論を重ねた上で「精神機能をうまく統合できない」という意味を込めて付けられた名前だ。いずれも病気の状態をより適切に伝える表現になった。一方、糖尿病がインスリンの分泌異常により適正値よりも高い血糖値が慢性的に続く病気であることはすでに知られている。糖尿病予備軍である病態も「耐糖能異常」と名づけられている。短絡的なカタカナ病名ではなく、「血糖値の異常がある病気」という意味が一目でわかるような日本語の病名をしっかりと考え出すべきだ。

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