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Vol.23202 水害時に老健施設入所者を救う垂直避難

医療ガバナンス学会 (2023年11月11日 06:00)


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この原稿は、2023年11月1日に医療タイムスに掲載された記事を転載しました。

公益財団法人ときわ会常磐病院
乳腺甲状腺外科・臨床研修センター長
尾崎章彦

2023年11月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

■水害の深刻な被害を受けたいわき市

今年9月8日、福島県浜通り地方で発生した線状降水帯は、各地に大きな爪痕を残しました。そのうち深刻な被害を受けたのが、福島県いわき市内郷地区です。

豪雨で1000棟以上が床上浸水になり、ときわ会が同地区で運営する「介護老人保健施設 仮設楢葉ときわ苑」も1階が浸水しました。

しかし幸い、仮設楢葉ときわ苑の入所者に健康被害は生じませんでした。施設スタッフが迅速に1階入所者を2階に“垂直避難”させたからです。38人の入所者の垂直避難に要した時間はわずか30分でした。

なぜこのような迅速な避難が可能だったのでしょうか。今回、垂直避難を指揮した木田佳和施設長に話を伺いました。

■わずか30分で垂直避難を完了

9月8日は朝から雨でしたが夕方から雨が小降りになる予報だったため、出勤していた木田施設長は一度自宅に戻ったそうです。しかし帰宅後、いわき市内の別の地域で避難指示が出され、天気予報でも一変して大雨となっていたため、再び施設に戻ることにしました。

施設へはタクシーで向かいましたが、普段使っている道路はすでに浸水していたため、迂回し、20時ごろになんとか施設に到着。

その時点ではまだ、木田施設長は1階にいた入所者を2階に避難させるかどうか決めかねていました。2階にはコロナ陽性患者が隔離されていたからです。また、コロナ対応で、入所者全員が各居室から出ない対応が取られていました。

そうして実施には迷いを残しつつも、木田施設長やスタッフは垂直避難を想定し、1階から移動してくる入居者さんたちのためにテーブルを移動してスペースを確保するなど、準備は行っていたそうです。

その後まもなく懸念は現実となり、周囲の浸水状況が急速に悪化、施設にも水が近くまで迫ってきました。そこで夜10時40分頃、コロナの問題はいったん考慮外とし、直ぐに垂直避難を実施、見事30分という短い時間で入居者38人の避難を終了させたのです。

酸素吸入や点滴、その他の医療的な介入を実施している入居者はいませんでしたが、大半は避難にあたり介護が必要な方々でした。

■過去の経験が迅速な避難に寄与

木田施設長が強調していたのは、準備の重要性です。水害時の垂直避難は、もともと決めてあり、実際、2019年の「令和元年東日本台風」を含め過去に2度、垂直避難を実施しているそうです。実際に施設が浸水したのは今回が初めてながら、過去の経験が迅速な垂直避難の遂行に大きく貢献したのは疑うべくもないでしょう。

また、避難の判断のベースにあるのが、仮設楢葉ときわ苑の浸水リスクです。仮設楢葉ときわ苑はいわき市内を流れる新川のすぐ側に位置し、市が発行する河川洪水ハザードマップでも「1000年に1度の洪水によって、3.0〜5.0メートルの浸水が起きる」と想定されています。

そのため水害時には、少なくとも1階の入所者については、なんらかの形で避難させる必要があると考えていたのでした。

■非現実的な施設外への避難

木田施設長によると、仮設楢葉ときわ苑が垂直避難を積極的に採用してきた最大の理由は、老健施設にとって、2つの観点で施設外への避難が現実的ではないということです。

1つはスタッフ数です。一般に老健施設ではスタッフ数が限られ、仮設楢葉ときわ苑も例外ではありません。事実9月8日の夜も、入所者の避難に携わったのは夜勤スタッフと木田施設長や事務部署長の計7人のみでした。

木田施設長が施設に戻った時点で周囲の道路が冠水していたことを考えると、この限られたスタッフで38人の入居者を施設外に安全に避難させることは不可能だったと言えるでしょう。

2つめは避難先の確保です。水害時、限られた時間の中で、まとまった数の患者さんを受け入れてくれる施設を見つけるのは至難の業です。例えば今回のケースで、38人の入所者を直ちに全て受け入れてくれる医療・介護機関を見つけるのは、実際不可能でしょう。

以上から木田施設長は、水害時、老健施設にとって唯一現実的な避難方法が垂直避難であると判断されていたのでした。

■浸水想定区域では多層階が必要不可欠

もちろん、垂直避難の大前提として、施設に2階あるいは3階部分が存在しなければなりません。あたりまえに聞こえますが、実は極めて重要な点です。

すなわち、今後老健施設を建設する場合には、必ずハザードマップで洪水時の浸水可能性を確認し、そのリスクが高ければ2階以上の建物にすることが必要不可欠と言えるでしょう。そして、実際に垂直避難を繰り返し行い、その知見を蓄積していくことが重要と言えます。

一方、既に運営中の施設で、ハザードマップで浸水時に洪水が予想されるにも関わらず1階部分しかない場合、洪水時にどう対応するか、前もって検討しておく必要があるでしょう。

今回、我々のごく身近に老健施設の避難のオーソリティーがいたことに、驚きつつも大変誇らしく思いました。ぜひ仮設楢葉ときわ苑の取り組みを多くの方々に知っていただき、その知見を役立てていただいて、水害時に身体の被害に遭われる方が少しでも減ることを願うばかりです。

なお、本原稿の作成においては、常磐病院リハビリテーション科高松克守さん、常磐病院外科澤野豊明医師から助言をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

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