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Vol. 390 【出産育児一時金直接支払制度】の問題を振り返って

医療ガバナンス学会 (2010年12月28日 06:00)


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阿真京子
2010年12月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


今年5月、社会保障審議会医療保険部会【出産育児一時金直接支払制度】に関する専門委員就任の依頼がきました。メーリングリストや医療系のニュースなどで この問題に反対する声を読み聞していたこともあり、難しい委員になるだろうとは当初から思ってはいました。依頼を受け、委員になった後、これまで引き受け たどの検討会等とも同じように、関係者へメールをしたり資料をいただいたり直接お話を伺ったりしました。

しかし、産婦人科の先生、助産師さん・・・どこから聞こえてくる声も、大反対。

自分の周りにはこの制度をよしとする方がひとりもいらっしゃらなくて、何とかよい解決法がないものが考えあぐねていた私は、「どこかにこの制度に賛成する方がいませんか?」とメーリングリストで募ってしまったほどでした。

しかし、いませんでした。(けれど私の周囲にはいないというだけで、世間では反対する方が一部であったということのようです。)

話を聞いてまわればまわるほど、この制度のまずさは浮き彫りになりました。
簡単に言うとこの2点でした。
(1) まず、なんといっても、お金が2ヶ月入ってこない。そして、その期間、国からお金を借りようとしても、利子がつく。
(2) 事務作業がものすごい煩雑。それなのに事務にかかる経費を計上できない。

小さいクリニックが持ちこたえられなくなって、なくなっていっている。すでに閉院に追い込まれている施設が後を絶たない。
50歳代はまだ何とか持ちこたえられる。60歳代の先生は、まだお産はとれるけれど、いまの制度に適用できず、クリニックがどんどん閉院の危機
小さいクリニックがなくなる→助産院も嘱託医がいなくなり危機

誰もがよくないというこの制度、それならなぜ始めたのだろう、始めたものを戻すのも変えるのもとても大変なのに・・・とこの頃私は本当に苦しく思っていました。

付き合いのある助産師さんの紹介でこの制度についてお話をお聞きしたいと初めてお会いした開業助産師さんは「あまさん、もう無理。この制度が続くならわた し、4月に辞めるわ」とまで言うではないですか。どれだけこの方がお産や妊婦さんを愛し、妊婦さんに温かいものを届けているか、その心意気をお聞きしてい たら、日本中にある小さくても温かいお産ができる場所を失わせていくような制度・・・これは本当にまずいと私は感じました。

こうして7月に始まってみた部会は、関心事はお金のことだけ、基本的には変更なく、自分達は困らないようにしていきたい、というあまりにも悲しくやるせない双方の主張がなされていました。

私はとにかく議論がしたい、時間をかけてほしい、と訴えました。訴え続けていたことは、現在よければいいということではなく、長い目で見て本当に皆にとってよいものを築こうということ。そして、誰もが困らない制度にしていこうということでした。

「妊産婦さんのために」と始まった制度であるが、小さな施設を閉鎖に追い込むような制度こそ望んでいないということ、これを妊産婦からの要望書として提出しようと決めたのが9月でした。(ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました)

結果的には、「要望書」という形で制度廃止を求めることなしに、『「これから子どもを持ちたい、妊娠したいと願う人すべて」を思い、この制度が現状のまま 継続することに懸念の意を表明する』という表現に留まったのは、この問題の陰で、事務局として必死に多くの関係者の主張を聞き、何とかよりよい道を探ろう とされている厚生労働省の方々の姿があったからでした。(なんと部会の後、ツイッターでこんな会議はやりきれず、泣けた、とつぶやいたことを読んでくだ さってから、関係者による聞き取りを始めてくださったことを聞き驚きました。)

その会議では、専門委員である日本産科婦人科学会の海野信也先生が論点整理案を示してくださり、これを契機に新しい道を探っていこうという議論が進んでいくようになりました。

私はメッセージを集めている過程で、開業医の先生方や助産師さんのお話をお聞きすればする程、この先生方のお話こそ厚生労働省の方に聞いていただきたいと思い、その場を設けることにしました。2回となったその場にやっとの思いで来てくださった先生方。

浜松の石井第一産科婦人科クリニック・石井廣重先生は『とにかく良いお産や良い育児、それをやるには人手と熱意こそが必要、しかし直接払い制度はその芽を 摘んでしまうことを直訴したいのです。来年の4月には新しい制度ができてしまえば私たちはやめるしかなくなってしまいます。』『今、地域の事情をお知らせ しわかっていただかないと日本の周産期医療は大変なことになると確信し』
遠く浜松から2度に渉って厚生労働省まで来てくださいました。

また杉並区の赤川クリニック・赤川元先生も『人生をかけることになったこの仕事と、家族と、係わって来た、これから係わるかも知れない妊産婦さんやその家 族のことを思い』駆けつけてくださったといいます。『今は、有り難い事に、月に20~40人の予定者がいて、土曜日の午後や日曜日の隙を縫って、買い出し に出るくらいです。ぱっぱっと、です。
東京での学会にもいけない事も少なくありません。ライフワークの妊婦の乳房チェック、研究の発表の場である乳癌学会などへは、半年前から代診の先生を頼 み、それでもぱっぱっと行って帰ってきます。それが、お産をやっている開業産婦人科だと思います。そんな24時間対応の仕事が大変だ、きつい、危険、と周 りで言われますが、こんな素晴らしい仕事もないものだと思っているのが、産婦人科開業医ではないでしょうか。家族が一丸となって新しい一員を迎える手伝い など、他の人には譲れない、何と表現して良いか判らない素晴らしさがあります。』

そんな先生方が必死の思いで訴えてくださった日本の、地域の、”今ある多様なお産を守りたい”という気概。
お金の話じゃないんだ、妊産婦さんに寄り添った温かいお産をしている施設がこんなに困窮しているんだ、ということが伝わった場でした。(私は2度ともそのお気持ちに涙が出ました。)

実際に”小さいがゆえに困っている施設など淘汰されて然るべき”という意見が当初大半であったことも知りました。

結果的には、関わるすべての方の歩み寄りにより、皆が100%ではなくても納得し前に進める道での決着となりました。

詳しくは

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101202-00000006-cbn-soci

(具体的には受取代理制度も利用できる。利用できる施設は、収入に占める正常分娩費用の割合が50%以上か、年間の平均分娩件数が100件以下の診療所、助産所。)

『もう無理』とおっしゃった開業助産師さんは部会を傍聴後、『私、これで続けられる』と泣きながらおっしゃっていました。

同じく2度足を運んでくださった池川クリニック・池川明先生は今回の件を振り返って、『医療界が直接支払制度を通そうという中での交渉でしたから、相当に 厳しいものがあったと思いますが、本当によくここまでこれたと思います。私の知る限り、制度で困窮する一部の人のためにここまで国が動くと言うことはあり ませんでした。奇跡と言ってもいいくらいの内容だと思います。
あとはいかに日本のお産をうまく将来に伝えていくか、今のままでは本当に日本のお産のよいところが失われてしまい、機械的な無機質なお産で傷つく人がます ます増えてくると思います。産後うつから子どもの虐待、その後の親子関係の問題、うつでの自殺など、私から見るとお産を改善するとほとんどの問題がかなり 解決すると思います。』

また池下レディスチャイルドクリニック・池下久弥先生も『今日までの間に、多くの仲間が閉院・分娩取り扱い中止に追い込まれました。今月も年間、数百も分 娩している診療所が「もう厚労省のやり方についていけない」と閉院しました。決定がもう少し早ければと残念でなりません。これまで、全国の多くの仲間から のアンケートに、日々の診療で多忙な中に経済的負担を考えなければならない苦悩が綴られているのを見て涙が出ました。
昨日、多くの仲間に電話しました。何十年も地域医療を支えている先輩方が「これで閉院しないで、好きなお産が続けられる」と本当に泣いていました。私も好きな職員を解雇せずに、みんなと大好きなお産ができます。
この1年でたくさんの顔も知らない仲間から、励ましの電話やFAXがたくさんありました。諸先輩から国の制度など絶対に変わらないから諦めなさいと何度も忠告されていましたが、仲間の声を背に陳情を続けていました。
今回の陳情活動で、助産師さんと知り合えたのは、私にとって幸せでした。彼女たちは医師に見下され、厚労省からの規制に苦しんでいるのがわかりました。彼女たちとは、人生の仲間として付き合っていきます。今日から、お産に専念できる喜びをしみじみと感じています。』

最後になりましたが、2年以上前、厚生労働省の検討会で出会って以降、親しくさせていただいていた青森県立中央病院 佐藤秀平先生がこの件で悩みに悩みぬいていた私の背中をポンと押してくださいました。
『本来の日本の自然分娩を守っているのは、本当は、小さくても、行き届いたケアをしている施設です。そして、そのような施設では、経費や実費は、均一化し ようとしても、絶対に出来ないことです。自然なお産というのは、個々のお母さん、赤ちゃんによって、個性があって、平均的にどうこう、と言うこと自体、本 当にお産を知っていないんだということが分かります。
それぞれの経費が、一律、いくらです、と決めたら、おそらく悪しき医師がいたら、「ここまでしか経費が使えないですからここで時間切れです。あとは保険を 使えるように、帝王切開に切り替えてお産をしましょう。」と、米国のお産と同じ状況になってしまうでしょう。(米国では、帝王切開の理由は、数時間で何セ ンチ以上の子宮口の開大が進まない場合、というものがありますがこれこそ、まさしく、同じ論理です。)
ちなみに、2年前から米国では、母体死亡率が増加していますが、これは帝切率の増加に伴うと解析されています。
一番大切なことは、手ぶらでお産という、中途半端な気持ちではお産はできないでしょうという事です。自然にお産をするために、そして、子供を育てるために は、相当の準備(物心両面)が必要であってそして、育てるのは親自身だからです。それなりの心を準備していく課程で、そして、自分達の生活と子育ての計画 をすること、これも大事な一つの課程です。』

長くなりましたが全文お読みくださり、ありがとうございました。

産科医・助産師さん達、そして厚生労働省の方々、保険組合の方々も、皆さんが思いをひとつに「妊産婦のために」とご尽力くださったことに感謝申し上げます。
またこの問題に精力的に動かれていた委員の井上清成弁護士やその他この問題に関し、私の知らないところでもたくさんの方が動かれたことと思います。
私が委員になる前にも、またなった後にも、たくさんのことがあったのでしょうが、私から見た景色、ということで、その点はご理解いただけたらと思います。
そしてこの半年間、エネルギーと時間をこの問題にたっぷりとかけることができたのは、会のメンバーが懸命に私の留守を守ってくれたからです。心からのありがとうを伝えたいと思います。ありがとう。最大限の感謝を込めて。

12月13日 文責・阿真京子

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