医療ガバナンス学会 (2023年12月25日 06:00)
この原稿は福島民友新聞『坪倉先生の放射線教室』からの転載です。
https://www.minyu-net.com/
福島県立医科大学放射線健康管理学講座主任教授
坪倉正治
2023年12月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●トリチウムは水素の仲間 (2023年01月07日配信)
廃炉作業が進められている原発周囲の敷地内タンクには、放射性の水素である「トリチウム」が保管されています。トリチウムは最も軽い元素である水素の仲間です。
そもそも、水素は137億年前のビッグバンで宇宙とともに作られ、宇宙全体の質量の4分の3を占めています。そして、地球上の環境や私たちの体の中にある水素のほとんどが水として存在しています。水素イオンの濃度が高いことを酸性と言い、濃度が低いことをアルカリ性と言います。病院などで行う画像検査の一つであるMRIも、体の中の水素に外から刺激を与えて、その反応を見て体の中の画像を作る技術です。水素は私たちにとって最も身近な元素の一つです。
その水素の仲間の一つがトリチウムです。水素は放射線を出しませんが、トリチウムは放射線を出します。全体の99・9%以上を占める水素に比べてトリチウムはごくごく微量にしか存在しません。これは私たちの周りにあるカリウムは放射線を出さない一方、その仲間であるカリウム40は放射線を出すのに似ています。
水素自体は、陽子1個と電子1個でできていますが、トリチウムは陽子1個と電子1個に加えて中性子2個でできています。そのため、トリチウムは水素に比べて重いです。その一方で、水素とトリチウムの化学的な性質はほとんど変わりません。
●紙一枚で止まるベータ線 (2023年01月14日配信)
廃炉作業が進められている原発周囲の敷地内タンクには、放射性の水素である「トリチウム」が保管されています。トリチウムは最も軽い元素である水素の仲間です。
トリチウムは放射性物質なので、放射線を出しますが、非常にエネルギーの小さいベータ線を出すことが知られています。エネルギーはセシウム137が出すベータ線の100分の1程度です。
エネルギーが小さいため、ほかの放射性物質から出るベータ線と比べて飛ぶことができません。空気中では1センチも進むことができません。水の中ではさらに進めず、最大で数マイクロメートル(1マイクロメートル=1メートルの100万分の1)しか透過できません。アルファ線と同じく、紙一枚でも止まってしまいます。ちなみに半減期は12年ほどです。
そのため、トリチウムによる健康影響については、体の外から放射線を浴びる外部被ばくは問題とならず、あったとしても内部被ばくとなります。しかし、口から取り込んだ際の体への影響についても、トリチウムはセシウムと比較してもかなり小さく、1ベクレル当たりの体への影響は、どの年代でも数百分の1です。
●自然界でも作られる物質 (2023年01月21日配信)
廃炉作業が進められている原発周囲の敷地内タンクには、放射性の水素である「トリチウム」が保管されています。トリチウムは最も軽い元素である水素の仲間です。
トリチウムは、核実験や原子力施設で作られる人工の放射性物質である一方、自然界で作られる天然の放射性物質でもあります。宇宙から飛んでくる放射線の一種である宇宙線が、大気中の窒素や酸素と反応して作られます。
天然由来のトリチウムは、大気の上層において世界中で年間に合計約7京2千兆ベクレル作られます。その一方、1990年代後半のデータでは、世界中の原子力発電所から年間に約1京4千兆ベクレルのトリチウムが放出されていました。世界中の原子力発電所では、合計で天然由来に作られるトリチウムの約20%を放出していたということになります。
ちなみに東京電力福島第1原発事故前、日本の原子力発電所からは、年間に合計で約380兆ベクレルのトリチウムが放出されていました。その一方、日本全国で雨に含まれるトリチウムは年間で約220兆ベクレルです。日本の原発からのトリチウムの放出量は、世界中で作られる天然由来のトリチウムの100分の1以下であり、そして日本全国の雨に含まれる量の約1.7倍でした。
●核実験のトリチウム残存 (2023年01月28日配信)
廃炉作業が進められている原発周囲の敷地内タンクには、放射性の水素である「トリチウム」が保管されています。トリチウムは、核実験や原子力施設で作られる人工の放射性物質である一方、自然界で作られる天然の放射性物質でもあります。
天然由来のトリチウムは、大気の上層において、宇宙から飛んでくる放射線である宇宙線と、大気中の窒素や酸素が反応して作られます。トリチウムは世界中の原子力発電所から毎年放出されていたわけですが、その約5倍が毎年自然界で作られるトリチウムでした。
しかし、地球全体を見ると、もっとたくさんのトリチウムが作られていた原因があります。それは、1950~60年代ごろに多く行われた、大気圏内の核実験です。数百回以上行われた核実験によって、その当時、自然界で作られるトリチウムの「数千年分」が大気中にばらまかれたことが知られています。
トリチウムの半減期は約12年ですので、核実験の後、減ってはいますが、それでもまだ、自然界で作られるトリチウムの100年分程度が残存しています。