医療ガバナンス学会 (2023年12月26日 06:00)
北海道大学医学部
金田侑大
2023年12月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
東京の街を歩いていると、ドイツと日本のハーフである私は、よく外国人に声をかけられる。先日、数年ぶりに浅草を歩く機会があったのだが、英語、中国語、ドイツ語、スペイン語と、色々な言語が聞こえてきて驚いた。コロナは本当に終わったんだな、そう実感させられた。実際、10月に日本を訪れた外国人は251万人と、コロナ前の同じ月の人数を初めて超えたと報道されている。円安の影響もあり、日本は今外国人にとってお得な旅行先だ。
私もよく海外に出かける。この冬はラオス、タイを訪れ、この後もエジプトに行く予定だ。その中でいつも心配になるのが怪我や病気のことだ。実際、何度か海外でピンチに直面することもあった。ケニアでは自動車に轢かれ、イギリスでは一時メンタルを壊し、アメリカでは腕に5針を縫う怪我をした。保険に入っているとはいえ、ちゃんとサポートが受けられるのか、毎回ドキドキしてしまう。
一方で、アフリカからの日本帰国後に、39℃台の熱が出てしまい、マラリア疑いで救急車で搬送されたこともある。このとき運ばれた病院では、確定診断に必要なギムザ染色等の検査ができず、とりあえず点滴だけ打ってもらい、家に帰されてしまった。ただ、この時私は、「ここは日本だから、多分なんとかなる!」と考えていた。いつもの場所で医療を受けられることはそれぐらいの安心感があり、逆に海外での患者体験は、設備が整っているとしても不安が大きいのだ。恥ずかしい話だが、アメリカで腕を縫った際には、泣きながら日本にいる母に電話を掛けてもらった覚えがある。
このような不安を生む理由の1つが言語だ。医療スタッフとのコミュニケーションが難しいことは、患者の不安や不便といった感情を引き起こすだけでなく、医療者側が患者のニーズを理解することを難しくする。外国語環境は、潜在的な健康格差の問題を抱えているのだ。
MediPhoneは、そのような言語による障壁を下げるためのサービスの1つだ。電話を介し、人間による遠隔医療通訳を提供するサービスであり、24時間365日、リアルタイムで医療通訳者を繋ぐことで、外国語を話す患者とのコミュニケーションを容易にすることを目的としている。英語や中国語だけでなく、ポルトガル語やベトナム語など32の言語をカバーし、300人以上の登録医療通訳者を擁する。ユーザーは月に30分まで無料でサービスを利用でき、それを超える使用には追加料金がかかる。近年では翻訳アプリなども台頭してきているが、人間による通訳を使用することの特長として、患者の発言に曖昧さがある場合、通訳者は医療スタッフに情報を伝える前に患者と明確化のための対話を行い、患者の話を正確に伝えることができる。さらに、サービスに関して、日本の医療制度に関して補足説明などを行ってくれる点も、MediPhoneも導入することの利点の1つだ。
2022年時点で東京には約54万人の外国人居住者がおり、日本に住む外国人人口の約20%を占める。中でも立川市は、人口18万人のうち、約2.3%の4,650人が外国人となっている。内訳としては半数は中国人(台湾含む)で、次いで韓国、フィリピンと続く。2016年12月19日に多文化共生社会の実現を目指して「立川市多文化共生都市宣言」が出され、外国人のための日本語教室の開催など、市を上げて外国人と日本人の共生の取り組みが行われていることが後押ししているのだろう、驚くべきことに、コロナ禍の影響にもかかわらず、立川市の直近7年間での外国人居住者の数は増加しており、外国人向けの医療の潜在的需要が高い地域となっている。
そんな立川のエキナカにあるのが、ナビタスクリニックだ。ナビタスクリニックは、都会において医療難民となりがちな働く世代をターゲットにしており、夜遅くまで診療を行っている点が特徴的だ。日中は忙しい人であっても医療サービスを利用しやすく、私も東京に立ち寄った際の空き時間に新宿院で、北海道大学の先輩にあたる濱木珠恵院長先生にコロナワクチンを打っていただいたこともある。立川院では、内科、小児科、皮膚科を擁し、予防接種や健康診断といったサービスも提供している。平日は夜9時まで、土曜日は午後5時まで営業しており、クリニックには内科医が7人、小児科医2人、皮膚科医3人が勤務する。ただし、医師は全員が日本人で、日本語を母国語としている。
そこで、今回の研究では、ナビタスクリニック立川院でMediPhoneを使用して診察を行った患者の特徴を明らかにすることを目的とした。サービスが導入された2017年11月から2021年12月までの期間、MediPhoneによるサービスを利用した全124人外国人患者を対象とし、彼らの基本的特性を調査した。https://www.researchgate.net/publication/376488990_Bridging_the_Language_Gap_The_Role_of_Human-Mediated_Translation_in_Japanese_Medical_Settings?_tp=eyJjb250ZXh0Ijp7ImZpcnN0UGFnZSI6ImhvbWUiLCJwYWdlIjoicHJvZmlsZSIsInByZXZpb3VzUGFnZSI6InByb2ZpbGUiLCJwb3NpdGlvbiI6InBhZ2VDb250ZW50In19
男性が56%、女性が44%で、年齢は3歳から61歳までと幅広く、彼らが受診した診療科は大多数が内科で86%を占めた。また、ほとんどの患者(81%)は保険に加入していたが、加入していない患者も少なくはないようだった。
特筆すべきは、立川市における外国人居住者の構成と、実際に利用されていた言語の間のギャップだ。先述の通り、アジア系の人が多く住む地域であるが、Mediphoneでは英語(59%)やスペイン語(7%)が多く使用されていたことが明らかになった。これは、地域に居住する人だけでなく、観光客などを含む外国人のナビタスクリニックの需要を示唆している。さらに、立川市北部は横田基地に隣接し、砂川事件などの歴史的な背景もある土地だ。基地関係者の外国人の受診ニーズもあるだろう。
また、90%の患者がウォークインである一方で、オンラインでの予約は、全体のわずか10%にとどまっていることも注目に値する。なぜなら、クリニックのデジタルアクセス、特に外国語のホームページの弱さを示唆している可能性があるからだ。
実際、ナビタスクリニックのホームページを検索してみると、日本語および中国語のページは出てくる一方で、英語のページは出てこなかった。頼れる人のいない中国語以外を母語とする外国人は、情報にたどり着けず、言葉が通じないと思い、最初から受診していない可能性もある。
さらに、日本語を話せる友人と一緒に来院したりと、コミュニティ―からのサポートが得られる外国人が受診する場合、MediPhoneを必ずしも使用するわけではないことにも注意が必要だ。特に、今回の使用言語の割合は外国人居住者の構成割合とのギャップがあり、医療スタッフからの情報が患者に十分に情報が伝わってないなど、潜在的な医療ニーズが、この点でもあるかもしれない、ということには注意しなければならない。
以上の知見から、言語の障壁は、単に診察室内のコミュニケーションだけでなく、予約システムや情報アクセスにも及んでいると考えられる。外国人はしばしば、日本の医療システムに不慣れであるため、利用可能なオプションについての認識が不足していることもある。今後は、言語の観点から患者と医師との相互作用における課題や、これらのサービスをさらに向上させるための技術的ソリューションの可能性を探ることが求められ、ChatGPT等の活用などは、ここでも有効となるだろう。
このような貴重な発表の機会を下さったナビタスの先生方、ありがとうございました。
【金田侑大 略歴】
北海道大学の歩くグローバル。標準語、三河弁、関西弁のトリリンガル。最近行ったラオスで、ゾウさんとも話せるようになりました。