医療ガバナンス学会 (2024年1月18日 09:00)
この原稿は月刊集中1月末日発売号に掲載予定です。
弁護士、井上法律事務所所長
井上清成
2024年1月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
本稿は、2023年11月23日付けMRICでの拙稿(専門医機構が地域枠離脱問題で示した良識)と2023年12月13日付けMRICでの拙稿(厚労省と機構が地域枠離脱で示した合理的基準)の続編である。
ご存知のとおり、2023年10月24日、日本専門医機構は、不同意離脱に対する機構の態度を再度検討し、新たなものとして、「地域枠および従事要件のある専攻医の取扱いについて」という見解を示した。まずは、その1から6を、ここに引用する。
「1,本案件はあくまで都道府県もしくは大学と専攻医の間の“取り決め”であることから、当事者同士で十分な検討がなされるべきものと考えられる。
2,日本専門医機構は専攻医の専門研修の充実を図るべくプログラム統括責任者に依頼する立場である。
3,当事者同士の協議で合意できなかった場合は、日本専門医機構は当該都道府県もしくは大学とともにプログラム統括責任者にプログラムの再考を促す。
4,日本専門医機構は、都道府県もしくは大学から不同意のままのプログラムであるという指摘があった場合は、都道府県もしくはプログラム統括責任者と専攻医の間で解決できるよう橋渡しをする努力をする。
5,プログラムが進行した後でも、都道府県もしくは大学から不同意のままのプログラムであるという指摘があった場合には、日本専門医機構は専攻医が不利にならないよう改めて関係者間(都道府県、大学、基幹施設、プログラム統括責任者、専攻医当事者)による協議の場を設ける。
6,日本専門医機構は、専攻医が、こうした協議による解決策に応じることを期待するものである。しかし、解決が得られず、不同意のまま離脱した場合は、専攻医はその医療機関プログラムの研修は専門研修とは認められず、専攻医を採用した医療機関は、次年度の採用定員を減ずる。」
この機構の示した新たな見解は、あくまでも1~5の順序に沿って手続きを履践した上で、その後に6という結果となる、というものであった。つまり、機構が機構の判断した条理や良識に則って、個別具体的な事案の実情に沿って、いわば「仲裁案」を都道府県・大学側と専攻医側の双方に対して提示したにもかかわらず、専攻医がこれを応諾しても都道府県・大学側がこれを応諾しなかった場合は機構は離脱を正当なものと認めて専門医の認定をするし、逆に、都道府県・大学側がこれを応諾しても専攻医がこれを応諾しなかった場合は機構は離脱を正当なものと認めず専門医の認定をしない(後者は、6の文言の額面通り)こととするというものなのである。
ところが、少なからぬ都道府県・大学も専攻医も共に、6の「しかし、」以下にばかり着目してしまった。単に、「解決が得られず、不同意のまま離脱した場合は、専攻医はその医療機関プログラムの研修は専門研修とは認められず、専攻医を採用した医療機関は、次年度の採用定員を減ずる。」という箇所だけを読んでしまったのである。その結果、都道府県・大学がとにかく「不同意」と判断してしまえば、専攻医はその「不同意」に従うほかなく、採用した医療機関は「定員減」になってしまうものと「誤解」してしまったのである。
重要なのは、6の「しかし、」より前の一文にある「協議による解決策」という文言であると言ってよい。この「解決策」を示す主体は、機構である。つまり、機構が「解決策」(「仲裁案」と言ってもよい。)を示すことが大前提となっているのであった。機構が「解決策」(「仲裁案」)を示したにもかかわらず、どちらかが従わなかったとしても、機構はその示した「解決策」(仲裁案)の通りに段取りを進めるという意味なのである。機構があえて「解決策」(仲裁案)を示した場合には、その機構案をどちらかが吞まなくても、機構はその案の通りに対処するということになろう。
本来は、5と6を合わせて読めば、このように読めるであろう。ただ、6だけを読むと、「専攻医」だけに着目して専攻医にとって不利益に読みうるので、このような誤解が生じるのもやむを得ないところではあった。ただ、それは表現が不十分だっただけであり、機構の本意ではない。)
2 都道府県・大学の不同意判断は慎重に
以上の次第であるから、都道府県・大学は専攻医の意向・意見とくい違うからといって、上記の6を根拠として直ちに「不同意」判断をすべきではない。また、機構としても、都道府県・大学と専攻医の間にくい違いが生じたら、上記の5の通りに、速やかに「関係者間による協議の場を設ける」こととするのが良いであろう。当事者間に任せておいたのでは、かえって対立・態度が互いに先鋭化しかねないからである。
このように、都道府県・大学の不同意判断は慎重にすべきという方向性は、機構の見解に沿っているだけでなく、厚労省・文科省の方針にも符合しているものと言えよう。
すでにご存知の通り、厚生労働省医政局医事課は文部科学省高等教育局医学教育課と連名で、各国公私立大学医学部と各都道府県衛生主管部(局)に宛て、10月30日に、事務連絡「地域枠入学者への説明等に関する留意事項について」を発出した。
その中に3として、特に「従事要件を明示していない時期の地域枠入学者から地域枠離脱の希望があった際には、 以下の点に留意して対応すること」という項目があり、「・入学時に明示している内容を踏まえ、個別の事情を慎重に検討し、当該地域枠入学者については、例えば、義務履行期間の猶予や従事要件の柔軟な運用など、地域枠の趣旨に則り、地域で活躍できる方策を検討・相談すること。
・その上でなお、従事要件を満たすことが困難であり、やむを得ず地域枠離脱となる場合には、入学時に従事要件が明示されていなかった事情を重視し、地域枠離脱に対して不同意と判断することについては慎重に検討すること。」と明記されている。
つまり、入学時に従事要件を明示していない場合は、「個別の事情を慎重に検討し、」「不同意と判断することについては慎重に検討すること」とするのが厚労省・文科省の方針である。この点からしても、都道府県・大学が軽々に「不同意」判断をするのは、適切なことではない。
各都道府県・大学は、今後は、機構や厚労省の方針に従い、軽々な「不同意」判断は慎み、機構による協議の場の設定と解決策(仲裁案)の提示に沿うていくべきであろう。
3 喫緊の課題
以上の機構と厚労省の方針によれば、地域枠からの離脱問題は、一応の落ち着きを取り戻せるであろう。あと、残された喫緊の課題は、「地域枠ではないが、それに類している従事要件」の問題である。一見すると、機構の示した上記1~6の下に続いている「なお、産業医科大学などを卒業し従事要件の課せられている専攻医についても、上記に準じて対応するところである。」という一文に関連するように思う。
地域枠でもなく一般枠なのにもかかわらず、かと言って「産業医科大学など」とも異なるのにもかかわらず、また、「従事要件が課せられている」とも言えない漠然としたものであるにもかかわらず、「上記1~6に準じて」扱おうとしている都道府県・大学が散見されるのである。年数の明示すらもなく、ただ漫然と「〇〇県の地域医療に貢献することを確約する」という程度の文言で、「上記1~6に準じて」「不同意」としてしまったりしているらしい。
そのような濫用事例は、機構から当該都道府県や大学に対して、明確に駄目出しして撤回させ、説諭すべきころであろう。