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Vol.18 医療事故に無過失補償を

医療ガバナンス学会 (2011年1月25日 06:00)


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ナビタスクリニック立川 院長
内閣府 行政刷新会議 規制・制度改革に関する分科会 ライフイノベーションワーキングループ委員
久住英二
2011年1月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1 イレッサ訴訟と無過失補償

肺がんの治療薬であるイレッサを巡る医療訴訟で、和解勧告が出されました。新規の薬剤、治療法では、市販後初期に予期しない、もしくは想定以上に有害事 象が生じることがあります。その場合、まず優先されるべきは、被害者のすみやかな救済です。そのためには、無過失補償制度の導入が必要です。

2 医療事故に対する補償の現状

現在、医療事故が起きた場合、薬剤が原因であれば、医薬品医療機器総合機構(PMDA)法に基づき、医薬品副作用被害救済制度で救済されます。

http://www.pmda.go.jp/kenkouhigai.html

子供の「いわゆる法定接種」による健康被害では、予防接種法に基づき救済されます。

医師の診断や、手術などの手技によって健康被害が生じた場合、補償する制度がなく、そのままでは救済されないため、訴訟せざるを得ません。しかし、訴訟 しても医師の過失が認定されなければ、賠償も補償も受けられず、救済されません。医師賠償責任保険という民間保険があり、ほとんどの医師が加入しているの ですが、この保険は過失が認定された時しか支払われません。そのため、医療者がその保険をつかって救済してあげたくとも、できません。

お産に関しては、訴訟の頻発により産科医療提供体制が破綻したことから、2009年1月より産科医療補償制度が導入されました。

http://www.sanka-hp.jcqhc.or.jp/outline/index.html

3 無過失補償とは?

無過失補償の目的は、被害者の救済です。なぜなら、医療行為には一定の確率で事故が起き、医療システムの障害により起きる事故も多く、特定の個人の責に 帰すことが不可能なことが多いからです。そのため、過失の有無を問わず、医療に関連して被った不利益を救済する制度が必要です。
先般、サーバリックスというヒトパピローマウイルスに対するワクチンで、接種後に失神が起きるという報道がありました(注:サーバリックスのみならず、 予防接種時に失神することは珍しくありません)。失神して怪我した場合、医療事故となります。接種に関する説明書も読み、問診票でも事前チェックがなされ ているため、接種した医師の過失を問うことは困難です。このとき、怪我の治療費や、会社を休むことによる経済的損失は、接種された人が泣く泣く負うべきな のでしょうか?いえいえ、任意接種のワクチンではPMDA法により不十分ながら補償されます。一方、静脈からの採血後にもよく失神される方がいます。それ で怪我をした場合は、現在は補償されません。

受ける医療行為によって、補償が受けられたり、受けられなかったりするのは不公平ですし、補償制度がない場合、裁判で過失認定を勝ち取らなければなら ず、患者さんにとって高いハードルです。無過失補償制度では、過失の有無を問わず救済されるため、すみやかな救済が受けられます。

4 行政刷新会議 規制・制度改革に関する分科会

私は、昨年10月より、内閣府行政刷新会議の規制・制度改革に関する分科会、ライフイノベーションワーキングループ(WG)委員を務めています。この会 議で決定した事項は閣議決定され、各関係省庁に実現することが求められる重要な会議です。ライフイノベーションWGの主査は園田内閣府大臣政務官と、土屋 了介(財)癌研究会顧問です。さまざまな案件が提案されており、医薬品のインターネット販売の再開、医療機関の広告規制の撤廃、およびリハビリ日数制限の 廃止などが提案されています。
私は、医療事故の無過失補償制度導入と、高額療養費返還制度の改革を提案しました。無過失補償制度導入に関しては、ライフイノベーションWGでの会議で賛成が得られ、2011年1月26日の分科会で諮られます。

5 無過失補償制度に対する、厚生労働省の考え方

この提案に対し、厚生労働省(厚労省)は「産科分野については、平成 21 年1月より無過失補償制度である産科医療補償制度が開始されており、補償の対象を含めた制度の在り方については、制度開始から5年後を目処に見直すことと している。」「医療全般の無過失補償制度については、補償対象・補償水準をどうするのか、それを賄う巨額の財源をどうするのか、審査・認定を行う機関はど うするのか、国民的合意をいかに形成するのか等の課題がある。」「患者からの無制限な補償請求が生じたり、医療提供者においても、医療行為による有害事象 が補償されることで注意が散漫になり、かえって事故の発生確率が高まる場合がある等、医療現場に大きな混乱が生じる恐れ。」との回答でした(資料:第9回 ライフイノベーションWG会議議事次第 28ページ)。

http://www.cao.go.jp/sasshin/kisei-seido/meeting/2010/life/1222/item_101222_03.pdf

6 国民に恩恵の大きい無過失補償制度

日本がワクチン後進国である大きな要因のひとつが、無過失補償制度がないことです。かつて、諸外国でも、ワクチンに関して訴訟などのトラブルを繰り返し てきました。国や製薬企業が訴えられ、ワクチン開発をやめる製薬企業が増え、必要なワクチンが供給されなくなりました。ワクチンの接種率が低下し、ワクチ ンで防げる病気が再び流行し死者が増えるなど、最終的には国民全体が不利益を被ることとなりました。

そこで、考えが変わります。ワクチン接種は、国民全体を感染症から守るためのものだから、ごく一部の人に重い副反応が起きた場合は、受益者たる国民全員 が、費用を負担するべきと考えるようになりました。そしてワクチン接種後の有害事象で、後遺障害が残った人々、医療や介護が必要となる人々に対して補償す る、無過失補償・免責制度を作ってきました。
例えば、アメリカ国民は、ワクチンの無過失補償・免責制度によって、2つの選択肢を得ました。この制度で補償金を受け取るか、従来通り裁判で誰かの過失 を追及するかのどちらかです。補償金を受け取ったら訴訟を起こせませんし、訴訟を起こすなら補償金を受け取ることはできません。
補償金は、アメリカでは、ワクチンの値段に上乗せして集めたお金から支払う保険のような仕組みで、フランスは国民の税金から支払う仕組みです。
アメリカの無過失補償・免責制度はワクチンを対象としていますが、フランスではもっと幅広く患者を救済しようという概念で、ワクチンだけでなくあらゆる医療事故を対象としています。
結果として、欧米の製薬会社はワクチンを積極的に開発するようになりました。お陰で、日本人もアクトヒブ、プレベナー、サーバリックスなどの新規開発ワクチンの恩恵に浴することができるようになったのです。

7 制度創設に向けて前向きに準備をはじめよう

無過失補償の補償対象・補償水準については、予防接種法や医薬品副作用被害救済制度での補償額の算定基準が目安になると考えられます。予防接種健康被害 者の認定者数は、平成6〜20年までで2,672人で、年間180人程度です(資料:厚労省 予防接種対策に関する情報)。

http://www.mhlw.go.jp/topics/bcg/other/6.html

医薬品副作用被害救済制度は、平成20年は782件、総額17.99億円(1件あたり230万円)でした(資料:平成21年10月23日厚労省報道発表資料)。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/10/dl/h1023-3c.pdf

これらの公的な補償制度でカバーされない医療事故は、医療訴訟件数が参考にして考えてみます。平成21年に終結した952件の訴訟のうち、49.7%が 和解、38.4%が判決です。判決のうち、原告の請求に理由があるとして認められる率は25.3%でした(資料:最高裁判所医事関係訴訟委員会)。よって 平成21年では、医療訴訟の59%、566件で和解もしくは原告請求が容認されていることになります。これらの補償にかかる費用、および賠償額を集計すれ ば、現在の支払い閾値での、必要な額が推定できるのではないでしょうか。
厚労省が心配しているように、無過失補償が医療の安全性を損ねる可能性がゼロとは言えません。ですが、無過失補償により医療の萎縮が改善し、医療の恩恵が増加することについて言及がないのは片手落ちと言わざるを得ません。
なお、産科医療保障制度では、1分娩3万円の掛け金で年間約100万分娩、ざっと年間300億円集まります。補償対象として認定されたのは1年間で最大 800件との見積もりに対し、現実には30件程度でした。保険金の支払い上限が3000万円なので、年間10億円程度の費用で足りてしまい、290億円が 余る試算となっています。案ずるより産むが易し、かも知れませんね。

8 さいごに

無過失補償制度は、政争の具にされるべき問題でなく、継続して検討、実現されるべきです。そのためには、国民一人ひとりが、この問題について理解をいた だいていることが必要です。医療をより安全で、安心して受けられるようにするため、皆さんのご理解・ご協力をお願いいたします。

初出:インフォシーク内憂外患

http://opinion.infoseek.co.jp/

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