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Vol.24057 医師の過重労働を固定化し国民の受診権を脅かす医師養成数の削減に反対する声明

医療ガバナンス学会 (2024年3月28日 09:00)


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全国医師ユニオン代表
植山直人

2024年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1,はじめに

4月より医師の働き方改革が本格的に実施されるが、例外として医師のみに過労死ラインの約2倍の時間外労働が認められている。日本の医師不足はそれほど深刻であり、政府が行ってきた医師数抑制政策の責任は極めて重い。このような異常事態を1日も早くなくすためには医師の早急な増員が必要である。厚労省はこの間の必要医師数の将来推計が誤りであったことを認めると同時に長期的な推計は科学的に不可能であることを認識する必要がある。

厚労省は、1月28日に「第1回医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会」を開催したが、ここでは「地域枠をはじめとした医師養成課程を通じた医師の地域偏在・診療科偏在について検討する」とともに「医学部臨時定員の在り方についても一体的に検討する」とされている。この会議では参考資料として経済財政運営と改革の基本方針2019(抄)が示されているが、そこでは「医学部定員の減員に向け、医師養成数について検討する」とされており、この点が強調されている。報道によれば、この会議で医学部定員を増やすべきとの発言はなく、減らすことを前提に、医師の地域・診療科偏在の実効性ある解決策を求める声が相次いだとされている。

現状の医師不足の解決が何も示されていない中で、到底受け入れがたい議論が行われていると言わざるを得ない。絶対的な医師不足を背景とした全ての都道府県での医師不足をはじめ各地域での医師不足、さらに大学や高度医療機関での医師不足の実態を明らかにし、これを解消するために医師を増員し適切な医師配置を行い国民と医師を守る具体的方策こそが議論されるべきである。
まずは以下の点を明確にすることが必要である

2,将来の必要医師数を議論する上での前提 ~成長産業としての医療と必要医師数の増加~

厚労省は将来の人口減少を理由に医師数削減を進めようとしているが、これが大きな過ちである。EU諸国なども出生率は2を切っており、人口は減少傾向にあるが、医師数の増員を行っている。必要医師数は医療産業や健康産業の発展と国民の要求によって決まるものであり、人口によって決まるのもではない。人口によって決まるとすれば、それは医療レベルが現状のままで進歩しないと仮定した場合である。
実際に日本において1980年から2020年までの40年間に医師は2.17倍増えているが、それでも深刻な医師不足となっている。なお、その間に人口は1億1706万人から1億2410万人とわずか1.06倍しか増えていない。人口と医師数の関連性がほとんどないことは明らかである。この医師増加の主因は医療の高度化等による需要の増大である。具体的には東京都では50年間で救急出場件数が8倍となっている。また、日本の癌の罹患数は1975年には20万6702件であったが、2015年には90万3914件と40年間で4.4倍に増えている。

医療は第3次産業であり、第3次産業は成長産業であるためにその従事者はこれからも増加し続けるであろう。日経BPの資料によれば、世界的な医療・健康産業は急激に成長しており2020年か2032年までの12年間で約1.5倍の成長が見込まれている(1)。当然、高度な医学知識を持つ医師の需要は増えるために世界各国は医師の養成数を大幅に増やしており日本の医師養成数はOECD最低となっている。このためOECD諸国と日本の人口当たりの医師数の差は広がる一方である。例えば第3次産業である航空産業を見ればその成長は著しく、パイロット不足が問題となっているが、必要なパイロット数は2010年から2030年の20年間で2倍以上に増えるとされている。IT産業も同様に専門技術者の必要数の増加が求められている。

日本の経済は停滞し国際競争力を低下させているが、これは成長産業において適切な人材育成を行っていないことも要因の一つであるが、医師数不足はその最たるものと言える。国が医師数を非科学的な推計で抑制しているために、医療・健康産業における医師不足がその成長にブレーキかけていると言える。
また、医療を産業として考えれば医師数に関する国際比較は極めて大きな意味を持つと言える。これは、医師数が国際的な医療レベルや医師労働、また安全性の問題とリンクしているためである。国民は常に高いレベルの医療を求め、新しい治療法や新薬が海外で開発され使用されれば、当然国内での使用が進められることになるが、これは国民の権利や要求に基づくものであり、この医療の需要は政府が勝手にコントロールできるものではない。
将来的な医学・医療の発展は推計できるものではないため、長期的な必要医師数の推計事態が不可能であり有害と言える。推計は10年程度にとどめ、2~3年毎に実態に応じた医師養成数を策定とすることが現実的である。

3,求められる医師養成数の検討について

(1)過去の過ちの反省の上に立つこと

これまでに1982と1997年の2度にわたって医師数抑制の閣議決定が行われてきたことが現状の医師不足を招いている。この過去の過ちをしっかりと認識し、これまでの医師数抑制政策と決別することが必要である。特に1997年の医師数抑制に関しては、医療費の将来推計が大きな影響を与えたと考えられるが、1995年の推計では2025年には日本の医療費が141兆円(令和3年度の国民医療費は45兆359億円)になるとされていた。このようなデタラメな推計が行われこれを前提とした医師数抑制が進められてきたことを反省することから議論を始める必要があり、未来に関する長期的な推計は意味をなさないどころか極めて危険であることを理解する必要がある。
現状の深刻な医師不足により地域医療が守れないために、政府は医師のみに過労死ラインの約2倍の時間外労働が認めているが、これは憲法第十四条法の下に平等、さらに第25条の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利等(2)を侵害する可能性があり、このような医師数抑制の過去の過ちが招いた非常事態を一刻も早く解決することが最優先の課題である。

(2)必要医師数の定義を明確にすること

厚労省の医療従事者の需給に関する検討会における令和2年の8月31日資料では、2029年に医師の需給は均衡するとされている。これは医師の労働時間を週60時間(月の時間外労働を80時間、年間で960時間とした過労死ライン)とした場合であるが、全く実態を反映していない。

ここで明確にしておかなければならないことは医師が充足している状態の定義である。本来の医師が充足している状態は以下の3点が必須である。それは1)国民の医療を受ける権利が守られること、2)全ての労働者と同様に労基法等により医師の人権が守られていること、3)さらには、医師の研究者が十分な研究時間を確保できることである。これは医学・医療の発展にとって欠かすことのできない条件であり、医療レベルの担保に不可欠である。これら3つの点が満たされない必要医師数の充足など何の意味もないどころか国民を惑わせる机上の空論でしかない。

(3)現在の医師不足の数を明確にすること

現在、日本の医師不足は深刻であるが、具体的にどれだけ医師が不足しているか明確にされていない。
厚労省は医師不足ではなく医師の偏在の問題であるとしているが、過疎地のみでなく全ての都道府県で医師は不足しており医師の過重労働問題は都市の大小にかかわらず深刻である。コロナ禍では、東京をはじめとする大都市においても医師や看護師不足からベッドを稼働させることができずに、自宅療養を余儀なくされ死亡した患者も少なくなかった。大学病院や高度医療機関での医師不足も深刻であり研究者が十分な研究時間を確保できていない実態がある。

以下の点が守られる必要医師数を明確にする必要がある。

1)医師労働の正常化に必要な事項。
・医師の長時間労働の例外規定がなくなること。
・労基法遵守が徹底されること。
・適正な宿日直許可の認定が行われること(急性期病院の宿日直許可をなくすこと)。
・急性期病院での完全交代制勤務が実施されること。
・適正な自己研鑽と労働時間の管理が行われること。

2)女性医師の増加の反映と女性医師が不利益を与えられることなくワーク・ライフ・バランスを守れる働き方が担保されること。
日本のジェンダーの平等性が世界的に極めて低いこと、特に医療界においてはこれが顕著である点を考慮し、ジェンダーギャップが大幅に改善する医師数とすること。

3)大学の研修者が十分な研究時間を確保できる体制が構築されること。
若手研究者の中核を担う医学部の助教の1週間の研究時間が0時間が15%、1~5時間が49%という深刻なデータがある。大学病院は医師の過重労働が多い医療機関であり、劣悪な労働条件が、研究者から研究時間を奪っており、これを全面的に改める必要がある。

4)国民の適正な医療アクセスに必要な医師数であること。
これは医師不足を理由とした受診抑制が起きないことを意味する。日弁連は昨年10月に「人権としての『医療へのアクセス』が保障される社会の実現を目指す決議」(3)を発表している。国民の医療を受ける権利を守るには、この決議を尊重した必要医師数とすることが必要である。

(4)医療安全の確保を重視すること

1)長時間労働と医療の安全性について
現在の医師の労働時間規制は医師の健康確保を目的としたものになっている。それも科学的に健康を確保できるものではないが、医療安全からの労働時間規制は行われていない。一方、運輸業における労働時間規制は安全確保の視点から行われている。このためトラック等の運転業務については拘束時間が原則13時間(例外でも16時間)となっている。
医師の場合は28時間の連続労働が認められているが、これは安全性の視点が全く考慮されていないためである。EUでは医師に関しても週の労働時間は48時間以内とされており、安全性の確保は当然とされている。日本においても安全性の視点からの上限規制を設けるべきである。安全性の視点からは長時間労働は美徳ではなく有害な働き方であることを明確にすべきである。

2)医師の高齢化と安全の確保について
高齢者白書によれば65歳以上の高齢者の認知症患者数は2025年には約700万人、5人に1人になると見込まれている。高齢者ドライバーによる交通事故が問題となる中で、高齢者の自動車免許の更新は厳しくなり、少なくない高齢者のドライバーが免許の返納を行っている。
一方、厚労省の資料によれば76歳の医師の就業率は50%となっている。日本ではこれまで医師の認知症問題に関する調査や議論はほとんど行われていないが、医師の認知症等による医療トラブルは少なくないと考えられる。高齢の医師が医療を担い社会に貢献することは良いことであるが、医療安全の点からしっかりとした診療が担保されることが前提である。医師も人間であり加齢とともに一定の割合で認知症となることや医師としての能力が低下することは避けられない。このことから目をそらさずに患者と本人の名誉を守るためにもしっかりとした対策を立てる必要がある。当然、必要医師数の議論においてもこの点を考慮する必要がある。

4,医師の偏在対策について

(1)基本的な偏在対策について
偏在の定義を明確にすることが必要である。特に相対的に医師が多いとされる地域や医療機関においても医師不足が深刻であることから、全ての地域や医療機関で十分な医師が確保される偏在対策が求められる。少なくとも以下の点を守る必要がある。
・都道府県や地域別の医師数の比較による対策としないこと。
・診療科の偏在の原因を明らかにして対策を進めること
・医師の人権侵害となるような政策を行わないこと
・開業医の偏在問題に正面から取り組むこと

(2)地域枠問題について
この間、地域枠制度において医師・医学生の人権を無視するような一方的な奨学金制度や強制的な拘束、専門医資格取得に関して不適切な制度の運用が横行している。地域偏在問題の解決において人権侵害を行うような強制的な手段を取らないことが必要である。

5,少子化問題について

検討会では人口減少の推計を傍観者的に受け入れている議論があるがこれを変える必要がある。内閣府の「選択する未来」委員会報告では「現状のまま何もしない場合、人口急減・超高齢化が招来し、経済社会全体が負の連鎖に陥り、地域社会が衰退していくことは避けられない。人口急減超高齢化を克服し、人口が50年後においても1億人程度の規模を有し、将来的に安定した人口構造を保持することを目指すべきである」とされており、これが政府の見解と言える。

医療界に求められることは医療の面から少子化対策にいかに貢献するという課題である。政府が異次元の少子化対策を進めると言っても、それを担保する医療体制がなければ少子化対策は進まない。現状では産科や小児科の撤退により少子化対策が進まない地域がある。可能な限り多くの地域で安心して子供を産み育てられる医療体制をつくることが必要であり、そのための産科や小児科医師の養成など少子化対策に資する立場での議論が求められている。

6,検討会構成の適正化について

すでに述べたように、必要医師数は産業構造の変化により規定されるため、医療・健康産業の成長に関する知識を持った委員を配置することは必須である。また、人権侵害が起こることがないように人権問題に精通した法律家の参加も不可欠である。そして医師の過重労度が深刻でありその原因が医師不足であることから医師の労働組合の代表が参加することは当然であろう。現在の委員会構成を大きく変える必要がある。

7,終わりに

最後に、全国医師ユニオンは長時間労働に苦しむ全ての勤務医に、後続の医師のためにも違法な労働や医師の健康や生活を脅かす労働の強要に対して抗議の声を上げることを呼びかけてきた。
さらに国が医師の人権や健康・命を守ることを軽視し、医師不足を放置して医師養成数を減らすとすれば、現場の医師には過重労働を負う責任はなく、医師不足により適切な医療が受けられない責任はすべて国にあると言える。医師としての人権が奪われていると感ずる場合や健康を失うと感じる場合には、過酷な労働を強制するような医療機関から離れ、自らを守る道を選択することを呼びかけるものである。

(1)日経BP
医療・健康ビジネスの未来2023-2032
https://project.nikkeibp.co.jp/mirai/mhbiz/

(2)憲法
・第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
・第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

(3)日弁連
人権としての「医療へのアクセス」が保障される社会の実現を目指す決議
https://www.nichibenren.or.jp/document/civil_liberties/year/2023/2023_1.html
図・表入りの原文は全国医師ユニオンHPの下記からダウンロード可能。
http://union.or.jp/wordpress/wp/wp-content/uploads/2024/03/%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E6%95%B0%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%B3%E5%A3%B0%E6%98%8E%EF%BC%88%E6%9C%80%E7%B5%82%E7%89%88%EF%BC%89%E5%9B%B3%E8%BF%BD%E5%8A%A0-.pdf

 

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