医療ガバナンス学会 (2024年4月10日 09:00)
退院すると娑婆に放り出された気分で、それからの生活は不安の連続である。
2023年4月某日、退院し1か月も経たないある日のこと、毎朝、服用している薬の一粒を床に落としてしまった。1回の投薬の数は7~8種類あるため、薬局では1度に飲めるよう小袋にまとめて処方してもらっている。その一粒が口元からこぼれてしまったのである。その一粒は見つからず、何の薬かわからない。心臓の動きに直接作用する薬だったのかと考えると1日不安に苛まれた。
あれから10か月ほどたち、2024年の元旦を迎えたその日の夕方、能登半島で地震が起きた。輪島市、珠洲市を中心に壊滅的な映像が流れた。倒壊した家屋を中心に、その地域に住んでいる人々のインタビューが続く。生活の主たるライフラインの寸断で、食料や水をはじめとした物資の搬送を呼びかける。その後、現地リポーターが高齢者、透析患者等、災害弱者支援に話を繋げていく。画面がスタジオに戻り、ニュースキャスターは誰一人取り残さないという信念のもと報道しているように見える。
だが何かが足りない…。
心筋梗塞を患う私がその場に想いを馳せた時…
今服用している薬の残りは幾日分あるのか、スマホが使えない状況の中いつ次の薬を入手できるのか、避難場所で暖が確実に取れるのか、レトルト食品で塩分を取り過ぎないのか、この状況が改善されずに死と隣り合わせで毎日を過ごすのであろうか… 不安に潰されそうになる。
心疾患患者は、健常者と見た目は何も変わらない。ビジュアルが邪魔をして本質が見えず手を差し伸べにくい状況下にある。私はその時61歳、自分でいうのもおこがましいが、人から若く見られる。50代前半にみられることもある。そのためか、退院してからも心臓を患ったようには見られない。顔が細くなり心配する者もいたが、心筋梗塞だとは誰も思わないようだ。それでも、心の内側は騒ぎ続けている。毎朝スマートウォッチを装着すると心電図の確認をし、体重計に乗る。その後血圧を測る。そのあとは、朝飲む薬の点検…今は手慣れたものだが、一つでも確認を怠ると不安がよぎる。
ましてや、震災直後の夜など、極寒の中、暗闇の中、スマホもつながらず、もしかしたら薬も見つからないかもしれない。思考停止になり、いつ死んでしまうのだろうかと漠然と考えながら時間が過ぎていくさまが容易に想像できる。患者にしか見えない恐怖である。
申し訳ないけど、ニュースキャスターは皆、見える情報とその時に感じる人間共通の感情だけをわかりやすく伝えているように思える。悲しいけど、私も心筋梗塞になるまでは、心筋梗塞の本当の痛みなどわからなかった。患者に気持ちを寄せることなど出来ないのは当然である。だからこそ、慰めの言葉に留まらず、ありふれた対策に留まらずキャスターを始めとする報道関係の皆さまに、是非とも心疾患の方々に耳を傾けてもらいたいと切に願う。そうすることで、早急に準備することや対策が必ず見えてくるはずだから。
私だったら、つぎのようなことの具現化をお願いしたい。
例えば通信手段…
災害用伝言ダイヤルに、医療専用のダイヤルを設けてほしい。そうすれば、迅速に心疾患に合った薬が調剤され、ドローンなどで2、3日待てば届くようになるから。スマホでのオンライン診療の普及も同時に実現化してもらいたい。
また、公園などにストレッチや筋トレができる健康器具を設置してもらいたい。心疾患患者のリハビリにも役立つから。特に防災公園のような広い場所には、いたる所にそのような運動器具を設置してもらいたい。
それから退院時、日常生活の注意書きをもらい説明も受けるが、災害時の応急措置や対応も追加してもらえれば、慌てず落ち着いて対処ができるはずだ。できれば、挿絵を添え分かり易くしたもので、コピー用紙ではなく紛失しないよう背表紙のついた冊子が良い。欲を言えば、暗闇でも探せるよう、蛍光塗料が塗られた冊子で、対象年齢を考えれば文字も比較的大きくしたほうが読みやすい。それを医療機関ごとではなく、国が中心となり「心疾患患者バイブル」として統一し、毎年バージョンアップしたものを望みたい。
目に見えないもの
目に見えないものは掴めない。
掴めないものは気にならない。
気にならないものが近くにある。
気にしてもらいたいものが近くにある。
気にしてもらいたいものを感じてくれ。
感じてくれれば気にしてもらえる。
感じてくれれば気になってくる。
目に見えないものに力を与えられる。