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Vol.26 イレッサ訴訟を検証して無過失補償を

医療ガバナンス学会 (2011年2月3日 06:00)


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井上清成(井上法律事務所 弁護士)
2011年2月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1 「イレッサ」の薬事承認

2002年7月、手術不能又は再発非小細胞肺癌の治療薬として、イレッサ錠250(ゲフィチニブ錠)が薬事法上の承認を得た。その添付文書には、「重大 な副作用」として、「間質性肺炎(頻度不明):間質性肺炎があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には、投与を中止し、適切 な処置を行うこと」との記載がなされる。

ところが、約3ヶ月のうちに、イレッサ錠との関連性を否定できない間質性肺炎を含む肺障害で11名が死亡してしまう。そこで、製薬会社は、2002年 10月には緊急安全性情報を発し、添付文書を改訂した。「警告」として、「本剤の投与により急性肺障害、間質性肺炎があらわれることがあるので、胸部X線 検査等を行うなど観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと」との記載を加え、「重要な基本的注意」にも、「急性肺 障害、間質性肺炎等の重篤な副作用が起こることがあり、致命的な経過をたどることがある」などの記載も追加する。

2 イレッサ訴訟での和解勧告

イレッサ訴訟とは、「イレッサ」の副作用で家族を亡くしたとして、その遺族が製薬会社と国の責任を問うべく、2004年に提訴した訴訟をいう。いわゆる被害者の数は、2010年9月時点で800名を超えているとも言われている。
訴訟を受けて立った国は、今までは勝訴確実と自信満々だったらしい。ところが、本年1月7日、イレッサ訴訟を担当している東京地裁と大阪地裁は共に、製薬会社のみならず国に対しても和解を勧告した。国の敗訴確実と言わんばかりの勧告内容だった模様である。

国は薬事法上の承認に際し、個人輸入などによる副作用の情報も慎重に検討して、致死の危険性に気付くべきであったことを理由とし、承認時の添付文書の記載内容を強く行政指導すべきだったなどという趣旨の勧告を、裁判所は行ったらしい。
国は突然の事に困惑、反発した。「副作用が全てわかるまで承認できないとすれば、抗がん剤が承認されなくなる。承認当時の情報で判断した結果が違法となれば、薬事行政の根幹にかかわる」などの趣旨のコメントをしているらしい。

3 和解受諾は不当

国は裁判所の和解勧告とはいえども、この件では和解受諾をしてはならないと思う。もちろん、製薬会社は和解勧告をするもしないも自由であり、むしろ被害者救済のためだけには和解受諾の方が望ましい。
今まで国は自信満々だったためか、イレッサ訴訟に関して、国としての説明責任を国民に対して果たしていなかった。国民が理解し納得するに足るだけの説明 を、国は怠ってきたように思う。このような現状では、仮りに和解受諾が妥当なことだったとしても、和解受諾は許されない。国民の税金を使う以上、予想外の 出来事に対しては、まず国民への説明が不可欠なのである。

そして、国民への説明が間に合わないのであるならば、たとえ敗訴判決確実だとしても、まず判決をもらわねばならない。その上で、判決を十分に検証し、控 訴するなり控訴を断念するなりすべきである。いずれにしても、薬事法上の承認制度を検証し直すきっかけになるであろう。そもそも薬事法上の承認制度には多 々問題があるとはいえども、被害者救済を優先する司法の中で、それも当事者間の和解の中で安易に承認制度をいじり回すべきではない。国会や政府の公の議論 の中で、きちんと薬事法上の承認制度を検証すべきである。

4 被害者救済は早急に

国は早急な和解をすべきではないとは言っても、国は早急に被害者救済をしなければならない。「被害者」と言うと、違法に被害を受けた者ととられるかもし れないが、ここで言う「被害者」とは、もっと広く「不公平な損失を受けた者」という意味で用いている。客観的に見て十分な情報を提供されずに「イレッサ」 を使用して死亡した者は、最低、「不公平な損失を受けた者」という意味で「被害者」であることに疑いはないであろう。少なくとも、この意味で、国は早急に 被害者救済をしなければならないと考えられる。
遅きに失するとはいえども、今からでも早急に、かつ、広く被害者を救済する手立てを講じるべきであろう。

5 早急かつ広い無過失補償を

司法は、どうしても違法とか過失とかにこだわらざるをえない。早急かつ広く、不公平な損失を救済するには、司法の介在を一切排除するのが合理的である。司法の介在をすべて排除して、救済に徹するのが「無過失補償制度」にほかならない。
実際のところ、東京地裁や大阪地裁の国への和解勧告は、限りなく「無過失補償制度」的な運用に近いように感じる。それならば、いっその事、国会や政府で 至急に議論をスタートさせて、複雑な諸事情(もちろん、財源も含む。)を調整し、真の無過失補償制度を立ち上げてはどうであろうか。

なお、ここでいう「無過失補償制度」とは、中途半端な補償しかなく、司法の介在を排除しえてない「医薬品副作用被害救済制度」のことではない。訴訟によ る上乗せ賠償の余地をなくした、真の「無過失補償制度」のことである。それも、できれば一気に、健康保険の枠内での補償制度(裏の国民皆保険制度)をつく るのが望ましい。
いずれにしても、イレッサ訴訟を早急に検証し、真の無過失補償制度の議論をスタートさせ、広く公平に被害者救済を進めていくべきだと思う。

(月刊『集中』2011年2月号所載「経営に活かす法律の知恵袋」第18回を転載)

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