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Vol.24068 階層型ネットワークを用いた感染拡大シミュレーション

医療ガバナンス学会 (2024年4月15日 09:00)


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(株)トラストアーキテクチャ代表取締役社長、よこはま共創コンソーシアム代表
前川知英

2024年4月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

初めに自己紹介させて頂きますと、東京大学工学系研究科の大澤幸生教授がまだ助教授(「准教授」という名称さえなかったころ)だった頃に大澤研究室の一期生として2008年に修士号(工学)取得後、東京海上日動で金融数理やファンド投資等を経験した後、数社のスタートアップでの修行を経て2018年に起業し、学生のころからかかわっていたデータサイエンスを用いる現在のビジネスを推進しています。

指導教員時代を含め、大澤教授は、地震や感染症のように社会にとって大きなリスクが起きようとしていると思うと、ご自身の研究領域と一見無関係でもチャレンジされ、そしてやり遂げてしまう方です。またとても面倒見の良い方で、学生や秘書を含む研究室メンバーに対しても、ケアマネジャーのように体調管理まで親身に相談に乗り、体調不調を訴えると名医までご紹介されるほど健康への関心の高い方です。

今回のテーマである「階層型ネットワークを用いた感染拡大シミュレーション」は、内閣官房の新型コロナ感染拡大防止AIシミュレーション事業で、以前も幾度かMRICのレポートにて大澤教授ご自身が研究成果をご紹介(093号, 111号,23041号等)されていますが、今回は当社が大澤教授よりモデル実装・機能拡張の部分のパートナーとしてお声がけ頂き実装した「階層型社会ネットワーク」によるシミュレーション結果のご紹介となります。

そもそも感染拡大は、社会における人々の繋がりによってウィルスが伝搬することで引き起こされます。その繋がりは、「家庭」「教育の場」「友人関係」「ビジネス」「会食」「遊興の交わり」など、様々な文脈における接触から構成されています。
地図を開くと、小学校や住宅のある地域とビジネスオフィスが集まるエリアは適当に分かれていますし、飲食店や遊興の場は少し離れたところにある繁華街に集まっています。この地図で表された社会全体の上に人々が乗っていることになります。それぞれの人を点で表し、人々を結ぶ繋がりを線で表した広大な社会のネットワークを考えると、その線を伝って感染が拡大してゆく様子をシミュレーションすることができます。
地図を見ていると、一部が住宅地、別の一部がスクールゾーン、そしてまた別の一部がオフィス街になっているような、ごちゃまぜの社会ネットワークで感染拡大のシミュレーションをしそうになります。実際、大澤教授のステイ・ウィズ・ユア・コミュニティ(SWYC:できるだけいつもの人とだけ接するようにすれば感染拡大が劇的に抑えられるという理論)も、社会全体をひとつのネットワークとしたシミュレーションから発見されたものでした。
しかし、実際には、どの人も様々な文脈で他の人と接触します。小学生もビジネスマンも朝晩は大抵は家庭に帰りますし、主婦は買い物にもよく行きます。さらに、これらの誰もが、友人に会いに行ったりもするでしょう。だから、これらの文脈を、それぞれひとつのネットワーク(ネットスライスとも言います)で表し、スライスを階層的に重ねて、スライス間でも人が行き来するようなモデルで表したのが、大澤教授の最近提唱した階層型社会ネットワークです。

実装した機能を3つだけ挙げると、短期間のプロジェクトごとに
①コロナのみならずインフルエンザについても、感染拡大の予測精度を向上させた
②コロナ感染拡大について、文脈ごとの抑制による感染拡大のコントロールを可能にした
③感染経路を説明できるような仕組みを実現した
を行いました。

成果の例として、例えば①②の機能により、娯楽系の活動で様々な見知らぬ人と接触しやすく、これが2022年の年末から翌年初頭までの感染拡大を招くとの予測を2022年12月2日には内閣官房から発表し、一方で旅行などのリスクはむしろ抑えられることを示しました(見知らぬ多くの人の集まる場所には要注意(covid19-ai.jp) ( https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2022_rq1_simulations_for_infection_situations/articles/article406/ )。果たして、2022年末から「第8波」が日本を襲い未曽有の死者数をもたらしました。
一方、大澤教授は別のシミュレーション結果から、ワクチン接種スピードが上がると旅行が逆に感染を抑える可能性があることを論文として発表し、IEEEのビッグデータ国際会議という大規模な学会を大阪に誘致する上でプログラム委員長という大役を果たしています。
また、②について言えば、コロナ感染者の予測のみならずインフルエンザについても、まだ明確な拡大終結を迎える直前だった2024年2月15日に「基本的には感染者は収束の方向か 」( https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2023_rq1_analysis_and_simulation_for_infection_situation/articles/article502/ )という予測を出したところ、まさしくその週から東京都ではインフルエンザ感染者数が減少し始めました。
さらに、このシミュレーションでは③の観点から見ても、子供とビジネスマンなど日中に多様な文脈で生活を送る人たちが朝晩に接触する場所となる「家庭」が感染の火付け役となる影響を改めて指摘する結果となっています。過度な行動緩和は、ワクチン効果とハイブリッド免疫効果の低下による若干の感染者増を招く可能性 ( https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2023_rq1_analysis_and_simulation_for_infection_situation/articles/article499/ )むしろステイ・ウィズ・コミュニティを守るだけの穏やかな緩和が公的であることも示すことができました。

以上の成果例は、当社が大澤グループに関わって生み出した成果のうちわずかな部分にすぎませんが、とても重要なメッセージを孕んでいます。
それは、昨今注目されているAI技術は未来の「予測」や(戦略の)「生成」を自動化するものだという先入観に囚われるのは大損の元だということです。上の①は、予測をしてほしいという内閣官房側の期待に応えるためのアウトプットでしたし、このように正しく予測する力を示すことは、腕っぷしを示し信頼を得るためにある程度は必要かも知れません。しかしながら、予測というものは僅かな事態の変化で大きく間違ってしまうものです。

特に、感染症拡大には非線形性があることから、この種の予測外れは覚悟すべきであり、間違いをシミュレーション技術のせいにするのは適切ではありません。それよりも、シミュレーションというのは実際の現象ではないおかげで、人間が好きなような設定した条件の下で結果を観測できるメリットが重要です。
上記の②③も、このシミュレーションのおかげで設定条件や前提条件を替え、結果としてどのような事態を招くかという仮想的な未来を把握できるようにした成果です。AIは、相当に複雑な因果関係や実験すると危険なシナリオについても、「条件」から「結果」に至る道筋を瞬時に計算して求めることができます。
「人にできない未来の説明者」として、今後もAIと人との伴走を読者の皆様にはご期待頂ければと思います。

 

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