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Vol.24069 KEEP28〜すべての歯を残すための挑戦とその障壁〜(1)

医療ガバナンス学会 (2024年4月16日 09:00)


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西郷歯科クリニック(東京都目黒区)
西 裕香

2024年4月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

はじめに
私が学部4年生のとき、予防歯科の第一人者である熊谷崇先生にお会いしました。熊谷先生が確立し長年行ってきた予防歯科診療のスタイルとその功績はthe Sakata modelと名付けられ世界に発信されています。大学では見たことも聞いたこともない「一生涯にわたって歯を残すための、記録とメインテナンスに重きを置いた歯科医療の在り方」に衝撃を受けました。そして、自分の進むべき道を見つけた瞬間でもありました。
卒業後、臨床研修を終えてからは熊谷先生が理事長を務める日吉歯科診療所にて勤務し、現在は母が院長の実家の歯科医院で働いています。ここで、熊谷先生の揺るぎない医療哲学とこれまで築いてこられた「本来あるべき歯科医療」を引き継ぎながら、患者さんにとって本当に価値ある医療を提供しようと努めていますが、実践する上で多くの困難があることも実感しています。私が目指す歯科医療の理想と現在の問題点についてお伝えできればと思います。

●日本人の口腔内の現状
人生100年時代では、健康に、楽しく生きていきたいと誰もが望んでいます。歯科の役割は、美味しく食べ、会話を楽しみ、思いっきり笑って毎日を過ごせるように、健全な歯と歯周組織を維持することです。口腔の健康が全身の健康にも良い影響を与えることも、多くの研究で明らかになっています。

通常、成人には28本の永久歯があります。しかし、昨年厚生労働省から発表された最新の調査によると、75歳以上になると93.9%の人が歯を一部失い、永久歯28本がすべて残っているのはわずか100人に6人だけです。75歳から79歳の人の平均残存歯数は18本、85歳以上では14本です。40代から歯の喪失は加速し、多くの高齢者が最終的には入れ歯を使用することになります。100年生きる人が50歳で入れ歯になれば、残りの50年はずっと入れ歯と共に生きていくことになります。

残念ながら、多くの人がむし歯や歯周病、そして歯を失うことは老化の一部とであると考えています。ある人は、どんなに歯医者に通っても歯を失うのは避けられないと感じているようです。さらに、真面目に歯医者に通っていたのに歯を失ってしまい、歯科医療従事者に対して怒りや不信感を抱く方もいます。しかし、むし歯や歯周病は予防可能な疾患であり、自分の歯をどう守るかについての、正しい知識を持つ人は意外と少ないです。

同調査の過去のデータを見ると、確かにむし歯やそれに伴う抜歯が減少していることは明らかです。これは歯科医療従事者と患者さんの努力の証です。しかし、人々の平均寿命が延びているために、6歳頃から生えてくる永久歯を90年以上使い続ける必要があります。この長い期間を考慮すると、新しい歯科医療のアプローチが必要とされています。

●あるべき歯科医療とは
歯科医療は私たちにとって非常に身近なものです。ほとんどの人が生涯に一度は歯医者に行きますが、治療、検診、クリーニングなど目的は様々です。それにもかかわらず、自分には歯が何本あって、どの歯にどんな治療がされているのか正確に知っている人、定期的にクリーニングに通っていてもその意義をきちんと理解している人はほとんどいません。多くの人にとって歯医者は嫌われがちな場所であり、「歯医者はコンビニより多い」とよく揶揄されますが、その多さをネガティブに捉える人もいます。これは、現在の歯科医療の在り方が多くの患者さんにとって価値や必要性を感じさせないことが原因かもしれません。

従来の歯科医療は「治療主体」であり、むし歯になったり歯が痛むなどの問題が起こった後に歯医者に行き治療を受けます。多くの人がこの方法で歯医者に行きますが、このスタイルでは歯を一生保つのが難しいことが調査結果からも明らかです。このため、患者さんにとって歯科医療の価値が伝わりにくくなっています。

これからの歯科医療は、予防を中心に捉えることが望まれます。その理由は、むし歯や歯周病が歯を失う主な原因であり、これらは適切なケアで予防できると科学的に証明されているからです。噛み合わせの問題や外傷、悪性腫瘍、摂食嚥下障害など他の口腔の問題もありますが、予防可能なものを放置して病気になるのを待つのは避けるべきです。まず予防を最優先にし、どうしても発症してしまった疾患にはその治療を施すスタイルへの転換が必要です。。歯科医院を利用することで、口腔の健康が維持できることを患者さんに実感してもらい、歯科医療の価値を高めることが期待されます。

●むし歯と歯周病はバイオフィルムが原因
むし歯や歯周病の原因はバイオフィルム(プラーク)にあります。これは細菌とその代謝産物の集まりで、細菌同士が相互に作用し共存しています。バイオフィルムは時間の経過とともに成熟し、含まれる細菌の種類も変わります。現在は細菌の全体的なバランスの乱れが病気を引き起こすと考えられています。

むし歯や歯周病は口腔内の細菌によって引き起こされるため、こうした細菌とどのように上手く付き合うかが重要です。バイオフィルムを定期的に破壊し除去することで、病気を引き起こすレベルを下回るようにコントロールすることが可能です。これにより、むし歯や歯周病の予防が可能になります。実際に、多くの研究や臨床データが、バイオフィルム管理の重要性を支持しています。バイオフィルムのコントロールなしに予防を行うことはできません。

●「予防主体」の歯科医療に必要な8つの要素
「予防主体」の歯科医療では、単に症状のある部分を治療するのではなく、問題の発生を未然に防ぐためのアプローチが必要です。熊谷先生が築いた歯科医療では、次の8つの要素が重要とされています。

①標準化された患者記録の維持
②個々の患者のリスク評価
③患者の現在の状態と病因、リスクの詳細な説明
④自宅での口腔ケアの徹底
⑤高品質の定期的な口腔メインテナンス
⑥エビデンスに基づいた検査・診断・治療の提供
⑦予後の評価と将来の健康状態の予測
⑧視覚的な情報を用いた患者との情報共有
①標準化された患者記録は、単に現状を正しく把握するためだけではなく、さらに多くの利点を提供します。この記録方法により、どの医療従事者が資料を見ても、一貫性のある情報が得られるために、患者さんの経年変化も客観的に追跡できます。これは、同年代の他の患者さんとの比較や、家族間でのリスク分析にも役立ちます。さらに、歯科医師は時間が経過した後でも、自分の診断や治療が適切であったかを振り返ることが可能になります。これにより、質の高い連続的なケアを提供し、治療の効果を時間をかけて評価することができます。

②個々の患者のリスク評価を行うことは、将来的に問題を引き起こす可能性がある領域に早期から適切な対応ができるようにするために重要です。同じ診断でも、患者さんごとにリスクが異なるため、治療介入の必要性やタイミングもそれに応じて変わります。リスク評価は、単一の検査で全てを決定できるわけではなく、多様な評価方法や項目があります。これには、歯科医療従事者の意識、知識、臨床経験が大きく影響します。

③患者さんが自分の現在の口腔の状態、病気の原因、そして、リスクを理解することは滅多にありません。しかし、この情報を患者さんと共有することで、彼らはむし歯や歯周病をどのように防げるか、自分自身で何をすべきかを理解することができるようになります。

④自宅での口腔ケアの徹底は、バイオフィルム(プラーク)の管理に直接関連し、むし歯や歯周病の予防に欠かせません。日々のセルフケアが適切に行われているかを定期的に確認し、使用している歯ブラシなどの道具や使い方を見直す必要があります。適切な手入れが行われていないと、不十分なケアに陥り、結果として口腔内は清潔に保たれない可能性があります。定期的に染出し液を使用して残った汚れを可視化し、ホームケアの質を向上させてくれる歯科医院を選ぶことをお勧めします。

⑤質の高い口腔メインテナンスによって、自宅でのケアだけでは取り除けない部分やハイリスク部位のバイオフィルムの破壊と除去が可能になります。プロフェッショナルなメインテナンスにおいては、検査をして汚れを染出し、ホームケアの評価をすること、また、現在のリスクや状況に適した材料や器具を選んでケアを実施することが可能です。さらに、フッ化物を塗布して歯質を強化することも含まれます。これらを行うには十分な時間が必要です。15分や30分の短時間では、患者さんとコミュニケーションをとりながら高い質のケアを提供することは大変難しいです。

⑥エビデンスに基づいた適切な検査・診断・治療は、歯科医療における基本的な要素です。検査が無ければ診断はできず、診断が無ければ治療方針を決定できません。1つの診断に対して治療法が複数ある場合もありますが、患者さんは治療方法だけではなく、その過程に至るまでのすべての情報について知る権利があります。
治療を受けるか否かの最終的な決定は患者さん自身が行います。多くの方が「歯を削られた、抜かれた」と表現するのは、十分な説明がなされていなかったか、説明を受けても治療が始まる前に理解と納得が得られなかったからかもしれません。歯科医師側が一方的に治療を決定するというスタイルは一昔前の医療です。歯科医師は常に自身の知識、技術の向上に努めながら、行った治療を経年的に評価していく姿勢が必要です。

⑦予後の評価と将来の健康状態の予測とは、治療前後の状態だけではなく、そこから10年後、20年後、最期のときまでを予測し、将来にわたる口腔の健康を見通すことを意味します。私の歯科医院ではまず10年間を目安として1本ずつの歯を「Good(予後良好)」、「Hopeless(予後不良)」、「Questionable(どちらともいえない)」の3段階で評価しています。Hopelessは抜歯が必要な状態、Questionableは将来的に治療や抜歯が必要になる可能性の高い状態を指します。Goodであっても、適切なケアが行われなければ状態が悪化する可能性があります。評価は修復物の状態、歯の神経の状態、歯周病の状態、咬合の問題など、複数の要素を考慮して総合的に判断をします。
「ちゃんと歯医者に通っていたのに治療が必要な状態になってしまった」と訴える患者さんがいますが、それは元々Questionableな状態の歯であった可能性があります。将来的な問題に備えて、可能な限り予測を共有し、患者さんが心理的、経済的に準備できるようにすることが大切です。完璧な予測は難しいですが、将来を見据えた視点を持つことで、治療の計画性を高め、「予防」に対する意識を患者さんに育てることができます。「予防歯科」は「予測歯科」といっても良いかもしれません。

⑧視覚的な情報共有は、歯科医療従事者と患者間の迅速で正確な相互理解を促進する有効な手段です。私の医院では、検査結果や疾患の仕組を写真やアニメーショで示し、情報を視覚的に捉えやすくしています。さらに、検査結果は紙で提供するか、ウェブ診察券を通じて、患者さんがいつでもどこでもこれら自分の情報にアクセスできるようにしています。

完璧な実践は難しいかもしれませんが、予防歯科を実現するためにはこれらの手法が不可欠です。私自身も、私の歯科医院も、日々悩みながらトライアンドエラーを繰り返し、改善を試みています。「予防主体」の歯科医院を探している方は、このような取り組みが行われているかどうかをぜひ検討してみていただければと思います。

 

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