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Vol.24072 折れた絆-親子の闇

医療ガバナンス学会 (2024年4月18日 09:00)


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相馬中央病院内科
原田文植

2024年4月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

警察から患者が変死したと連絡が入った。最後に診療を行った3日後だ。診療ミス?見落とし?カルテを見直した。

カルテの記載にあきらかな不備はなかったように思う。しかし、前回入院時の頭部MR検査で「慢性硬膜下血腫」の所見があった。入院中経過観察していたが、症状にあまり変化はなかった。慢性硬膜下血腫は、発症数日経過した後に神経症状となって現れることもある。しかし、命に関わることは滅多にない。突然死の原因になったとは考えにくい。受診当日のことははっきり憶えている。カルテの記載内容と記憶とそれほど差はなかった。患者は非常に印象的な存在だった。正確に言えば、患者親子は・・・

亡くなった男性患者(69歳)はこれまで何度も入退院を繰り返していた。最後に受診した日は、前回入退院後2週間経過したばかりだった。患者は息子と二人暮らし。最後の受診当日は、息子が操作する車いすで来院した。退院時より明らかに痩せ、消耗した姿に

(入院させた方がいいかもしれない)

そう頭をよぎったが、躊躇した。その親子は病院内で評判が悪かったからだ。「食欲不振」が原因で入院してきたのに、入院当日からよく食べる(どこが食欲不振なの?)。急性期の高齢者が多い病棟で、この男性患者は比較的若くて軽症とみなされた。常に、スタッフからの(早く退院させてくれ)というプレッシャーがかかっていた。また経済的に困窮していたようで未払いが積み重なっていた。そして、何より問題だったのが、患者の息子だ。39歳の息子は、ナースステーションでしばしば大声を出してナースたちを威嚇した。

父親の看護や対応に納得できないのか、大声で怒鳴る「クセ」があった。いくら父親想いの表現とはいえ、40前後の男性が大声を出すのはよくない。何度か、息子と面談し、諭した。「ナースが怖がっているじゃないか!それは絶対にしてはいけない」そう伝えると、息子は理解してくれた。少なくとも私にはそう感じた。
息子は介護職員だ。以前、彼と施設で一緒に働いた経験のあるスタッフによると、独り言も多く「変わり者」だったそうだ。なんらかの発達障害があるとも噂されていた。

以上のような状況だったので、入院させるには、ナースやスタッフを説得しなければならない。最後の診療時、とにかく脱水改善目的で外来で点滴することにした。点滴後、親子はすぐに帰宅した。すんなり帰宅してくれたことに、正直ホッとした。

その3日後に警察から患者死亡の連絡が入ったのだ。
当日の事情をしっかり説明した。言い訳がましくならないよう、できるだけ客観性のある事実を伝えた。警察も「ご協力ありがとうございました」と丁寧にお礼を言ってきた。唯一の心配は、親想いの息子だ。父親の死を受け入れることはできるだろうか?父一人子一人の家庭で無二の父親が他界したのだから、ショックは大きいはずだ。サポートしてくれる友人や知人はいるのだろうか?心配しながら月日は流れた。

一か月後、福島県警から未解決事件担当の刑事が当院にやってきた。再度、最終診療時の状況をインタビューされた。少し記憶も薄れてきていたので、脚色のないよう注意深く応対した。知らないことは知らないと。
「父親の死体には無数の打撲傷と多発ろっ骨骨折がありました。診察時にそのような所見はありましたか?」と質問された。私は診療時必ず聴診器を使用する。だから必ず胸部を診る。そのようなものがあれば気づいているはずだ。そう答えた。刑事は息子のDVによる殺害を疑っているようだ。「まさか!」と思うと同時にショックだった。自分には「親想い」の息子と映っていたからだ。
刑事は既に他のナースにも聴取していたようで、息子の病院での悪態などについても情報を入手していた。「たしかに評判は良くない息子でした。スタッフは偏見が入るとその方向で受け答えするかもしれません。少なくとも私と息子との関係は悪くはなかったし、仮に彼が起こした結果であったとしても、意図的であったとは考えたくないですね」と本音だけ話しておいた。

数日後、逮捕され連行される息子の姿がテレビや新聞に出た。病院内でもショックは広がり、一部のスタッフは「怖いね。私たちが殺されなくてよかったね」などと言う人もいた。だが、自分の心中は複雑だった。

以前息子の同僚だったスタッフによると、仕事ぶりは真面目だったそうだ。独り言が多かったが、大声を出すようなことは記憶にないと。悪態をつくのは父親絡みのときだけだったのかもしれない。
息子は複雑な背景を持っていた。警察の調査で父親からのDVが浮かび上がった。狭い地域社会なので、そのような噂は以前同僚だったスタッフも耳にしていたようだ。幼少時に父親からDVを受けていたと。発達障害気味な息子に苛立った父親がDVをしたのか、DVが原因で発達障害になったのかは不明だ。因果は常に逆転するし、他にも様々な要因が重なり事件を引き起こしたのだろう。幼少時にDVを受けていた子供は成人後も通常の社会生活を送ることが困難になるという報告はある[1]。

またDVにさらされている子供の多くに攻撃性、行動障害、衝動性などの外在化行動が増加することも知られている[2]。息子はナースステーションで異常なほど激高していた。経済的困窮も背景にはあったのだろう。介護職の給与は少ない[3]。米国の論文で所得格差、信頼(対人関係)、殺人には相関関係があるとの報告がある[4]。また経済的困窮は社会的孤立を生み出しやすい。社会的孤立が犯罪につながるケースは日本においても昨今事件化されている[5]。
患者の多発ろっ骨骨折も、その背後に隠された苦悩や葛藤を感じさせた。前回入院時の慢性硬膜下血腫もDVが原因かもしれない。

最近、介護職員による高齢者虐待のニュースを目にすることが多い。令和3年の厚生労働省の報告によると、介護施設従事者等による虐待判断件数は739件で、令和2年度の595件から144件(24.2%)も増加している。一概には言えないかもしれないが、高齢者と関わりたくない人が介護職に就くとは考えにくい。労働環境のストレスや経済的困窮とそれらの事件に関連はないだろうか?今回の息子と同様の背景を抱えた職員がいるのかもしれない。

月並みな言い方になるが、今回の事件を通じて、DV被害者へのサポートや発達障害を抱える人々への理解が一層必要であると感じた。もう少し早く徴候に気づくことはできなかったか?後から考えると、入院する度に父親の活気がなくなっていたような気がする。親子の問題に立ち入るのは非常に難しい。医療従事者がどこまで介入するのか議論が分かれるところだろう。
しかし、人の命が失われたのである。介護者の職業も含めた社会的背景を知っておくことの重要性を再認識した。今回の悲劇は、社会的な取り組みなしでは予防できない。でなければ、この親子の終着点はこれしかなかったということになってしまう。父親を乗せた車椅子を操作する息子の姿は、少なくとも自分には「親想い」に映っていた。

1 “The impact of exposure to domestic violence on children and young people: a review of the literature” Child Abuse Negl. 2008 Aug;32(8):797-810.
doi: 10.1016/j.chiabu.2008.02.004. Epub 2008 Aug 26.
2 “Behaviors of children who are exposed and not exposed to intimate partner violence: an analysis of 330 black, white, and Hispanic children” Pediatrics. 2003 Sep;112(3 Pt 1):e202-7. doi: 10.1542/peds.112.3.e202.
3 “全産業平均賃金と介護職との賃金格差は約4万円に/NCCUアンケート調査” 独立行政法人 労働政策研究・研修機構 2022年3月30日 調査部
4 “Income inequality, trust and homicide in 33 countries” Eur J Public Health. 2011 Apr;21(2):241-6. doi: 10.1093/eurpub/ckq068. Epub 2010 Jun 4.
5 “無敵の人”はなぜ生まれるか【時流◆コロナと精神疾患の今】斎藤環2022年5月28日 時流

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