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臨時vol 26 「患者さんの納得感を取り戻したい」

医療ガバナンス学会 (2006年9月8日 01:45)


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2006年9月7日発行
小林一彦 臨床医ネット(患者とともに納得の医療をめざす臨床医の会)代表
MRICインタビュー vol 15
聞き手・ロハスメディア 川口恭

http://www.lohasmedia.co.jp

~ 患者さんの納得感を取り戻したい ~

 

――臨床医ネットとは何ですか。

病院の勤務医同士がゆるやかに連携するネットワークです。若手勤務医は病棟を離れられないことが多いので、以前は現場で疑問を感じても、それを発信する術がなく非常に孤独な存在でした。しかし近年ネットが普及したことで、広く情報や意見を交換することが可能になりました。
――自然発生的に生まれたのですか?

勤務医同士で横の連携を取りたいと多くの人が潜在的に思っていたところに、昨年それを顕在化させるできごとがあり、誕生しました。
――と、言いますと?

昨年のゴールデンウイークに、NHKが2夜連続で「日本のがん医療を問う」という特番を放送しました。日本のがん医療が様々な問題を抱えていることは事実です。その意味で非常に有意義な番組でしたが、しかし、その論点設定がわれわれ勤務医の日々現場で感じている問題意識と若干異なると言いますか、かえって問題解決を遠ざけるように感じたのです。これは私の個人的意見ではなく、医師たちが参加する複数のメーリングリスト上で同時多発的に同じ声が出てきました。

勤務医は普段忙しいし、マスコミの論調にも余り期待をしていないので、これだけ多くの声が集まってくることは珍しいことでした。それだけNHKの番組が良くできていたし、それがゆえに勤務医の危機感も高まったということなんだろうと思います。

で、内輪だけで文句を言っていても仕方ないから、我々の意見をNHKに届けようということで立ち上げたのが臨床医ネットです。最終的に405人の署名を添えて、7月に意見書(<a href=”http://literacy.umin.jp/frame2.htm”>http://literacy.umin.jp/frame2.htm</a>)を提出しました。
――詳しくは意見書を読むべきなのでしょうが、どのような提言ですか。

大きく分けて4つありました。まず、番組の中で日本のがん死亡率が突出して高いような紹介をされましたが、社会の高齢化の影響を排除した年齢調整死亡率で見れば、必ずしもそんなことはないこと。次に、日本で新薬承認が遅いのは承認体制に原因があると論じていましたが、むしろ製薬会社の承認申請が遅いこと、その背景に薬価算定の仕組みがあること。3点目として、米国の医療が充実していると盛んに紹介されましたが、それを可能にするだけの潤沢な資金が投下されていること、日本でそれができないのは医療従事者の努力不足に原因があるのではないこと。最後に、オキサリプラチンなど未承認の抗がん剤が「治す」特効薬として報じられていましたが、延命薬に過ぎない現状を誤認させ、患者の選択を誤らせる危険のあること、です。
――最後の項目だけが、いやに具体的ですね。

我々は単なる勤務医の集まりですから、本当ならNHKに物申すような過激なアクションは取りたくなかったのです。そんなことをしたら叩かれるのでないかと不安でした。一方で誰かが言わなければならないとも思っていました。番組放映以来、全国でオキサリプラチンの投与量が異常に増え、同時に治療関連死も増えているのを知り、このまま放置しておいてはいけないと、決意が固まりました。最後に背中を押したのが、この項目だったのです。
――清水の舞台から飛び降りたわけですね。それで、意見書を出してどうなりましたか。

NHK側から意見交換したいとの申し出がありました。現場の実情を知って良い番組を作ってもらいたい、と、テーマを紹介したり、医師を紹介したり、全面的に協力しました。そんな中で第2弾の番組を制作するので出演してほしいとの依頼がありました。

元より勤務医は、現場ではどうにもならない制度の矛盾を色々感じているわけです。制度や仕組みに対する問題提起をしたいという思いもあり、また意見書を提出した責任もあるので、翌年1月7日、8日の番組に出演を承諾しました。
――拝見しました。何だか患者さんに責められていましたよね。

実際の収録場面では、そんなことはなかったのですよ。詳しくは臨床医ネットの第2弾の意見書(<a href=”http://literacy.umin.jp/document2.pdf”>http://literacy.umin.jp/document2.pdf</a>)を読んでいただきたいのですが、前回の番組と同じように、我々と製作者とで問題意識がずれていました。

私たち臨床医は、進行がんの場合どんな治療にも反応しなくなる時が来ること、そうなってなお治療を続けるのは患者さんを苦しめるだけになるかもしれないこと、これをイヤというほど経験しています。進行がんの医療に意味がないと言うんじゃありません。進行がんは治らないということを患者さんや家族が直視してくれないと、患者さんの苦痛を取り除けないのです。

しかし番組は「がんは必ず治るものなのに、医療側の不備で満足な治療が受けられない」という誤ったメッセージが受け取られかねない内容でした。収録前日に初めて進行予定表を見せられて強く懸念を感じ、持ち帰って仲間たちと相談しました。そして、袋叩きに遭うかもしれないけれど現場から見た事実を言い続けよう、こう決めて収録に臨みました。

粘り強く言い続けたことで、最初は拒否感を示していた患者さんの代表たちにも最後は分かっていただけたと感じました。しかし実際に放映された番組では、こちらの真意を反映しない引用をツギハギで編集され、我々臨床医ネットの意見はまったく伝えられませんでした。マスコミはマスコミの都合でしか、問題点を捕らえられないのですね。マスメディアは怖い、と、しみじみ思いました。
――番組は、未承認薬バンザイといった趣でしたね。

世界標準の治療を早く受けたいという患者さんの気持ちを大切にしたいのはもちろんですし、我々医師だって選択肢が広がりますから未承認薬を早く使いたいと思っているのです。ただし、未承認薬が承認されさえすればがん医療の問題が解決するなんてことは、決してありません。

高齢になるに従ってがんの発症率は上がりますので、高齢社会でがん患者さんが急増しています。一方で1990年代から分子標的約に代表されるような新しくて高価ながん治療薬が次々に登場して、がん医療が大きな変革期を迎えていることは間違いありません。しかも、すべてのがんに治癒を約束できるわけでもないのに、告知した後どうケアするのか、とか、患者家族をどうケアするかというグリーフケアの問題とかをなおざりにして、社会が現実を直視せずに過ごしてきた結果、がん医療の現場では大混乱が生じています。
――大混乱と言いますと?

今のがん医療の現場には納得感が決定的に不足しています。患者さんに納得してもらえなければ医師だって納得できません。患者さんが納得しない原因になっているのが、がん医療に対する過剰な期待のような気がします。20年前は「がんは治らないのが当たり前。治ったら奇跡」だったのに、最近はメディアが幻想を振りまくので「がんは治って当たり前」と勘違いしている人が多いのです。

メディアを含め世間では、がんを一つの切り口で論じる傾向があると思うのですが、我々は治癒の可能性のあるがんと、進行再発期や終末期の治らないがんとは分けて論じるべきだと思うのです。がんは、そのステージや部位によって必要とされる医療の質がまったく異なります。また、がんの最大の原因が加齢であり、望むと望まざるとにかかわらず老後の最後には死があるわけです。完治しないがんがある、人間は必ず死ぬ、という現実を無視して議論しているから、患者さんが納得できなくなるのだと思います。

私の専門である抗がん剤に関しても、治癒だけでなく疼痛緩和やQOL(生活の質)改善など様々な効果があるのに、社会が治癒しか評価しないので、正当に評価されなかったりバッシングを受けたりしています。現実を直視し問題の背景を認識したうえで、がん医療をどうしていくかという議論になってほしいのです。そのあたりをNHKの番組収録現場では繰り返し訴え、一部の参加者から猛反発を受けましたが、最終的には分かっていただけたと思っています。放映された番組では編集されて、こちらの真意がまったく伝わらなかったのは残念でした。
――ほろ苦いTVデビューだったようですが、その後は何をされているんですか。

福島県立大野病院の産婦人科医師が、帝王切開の際の手術ミスで女性を死亡させたとして、業務上過失致死と医師法違反で逮捕・起訴されるという事件がありましたよね。このハイリスク医療の問題は、NHKの番組以上に、勤務医の琴線に触れました。「あんなことで逮捕されるなら自分も逮捕されるかもしれない」と背筋がゾーっとした医師は多いはずです。事件に関して、臨床医ネットで知り合った医師から協力要請があり、逮捕に抗議するようネット上で賛同を呼びかけたところ、3日で5千人、最終的には1万人を超える署名が集まりました。その事務局的な立場を担ったのが、我々の仲間です。

集めた署名は厚生労働大臣まで届けることができました。今まで医師が社会に何かを訴えようとする場合、医師会を通じてか、学会を通じてかしか方策がなかったと思うのです。ネットを通じた横のつながりで勤務医が直接社会を動かしたというのは画期的なことだと感じています。
――一連の活動を通じて見えてきたもの、変わったことはありますか。

とにかく世論の風向きがだいぶ変わったと感じます。それまでは、とにかく医師バッシングしておけばOKみたいな風潮があったと思うのです。そういう論調がメディアから減ったと思いませんか。

それから、我々は意外にパワーがあるんだなというのも実感したところです。少なくとも医局単位でしか発言できないと思っていたけれど、たとえ個人のつながりであっても発言すれば、社会は受け止めてくれるものですね。

医療が変革期を迎えているのは間違いありません。そして、医療が将来どうあるべきかというのは、一握りの人間が意思決定するのでなく、国民全体で議論する必要があると思っています。その準備が整いつつあるのでないでしょうか。
――今後、臨床医ネットとして何をするつもりですか。

メンバーの総意で動くのが臨床医ネットで、私が意思決定するのではないので、ああしたい・こうしたいと言うのは不適当だと思いますが、現場で孤独な勤務医が疑問や問題意識を持ち込んで共有できる場として存続していければいいなあと思っています。

医療現場で最も労働強度の高い勤務医がどうコミュニケーションするのがベストなのか、どう連帯するのがベストなのかは、今のところ全く分かりませんので、模索を続けていくしかないんだろうと考えているところです。

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