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Vol.24095 長尾能雅氏の四つの役職における解任要望書:東京都保険医協会(3)

医療ガバナンス学会 (2024年5月18日 09:00)


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この原稿は長文のため数回にわけて配信いたしますが、こちらから全文をお読みいただけます。
http://expres.umin.jp/mric/mric_24092-24095 new.pdf

先日の配信の際に記載に誤りがありましたので、修正させていただきます。
一般社団法人茨城県医師会は誤りで、正しくは一般社団法人茨城県保険医協会です。
お詫びして修正させていただきます。

一般社団法人 東京都保険医協会 代表理事
須田昭夫

2024年5月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2.高度肥満症やハイリスク患者の特性における心疾患を考慮していないこと

(1)高度肥満症の特性を無視したこと

長尾報告書によれば、当該女性の既往歴として、①うつ病 、②高血圧、③糖尿病、④高コレステロール血症、⑤睡眠時無呼吸症候群、⑤アレルギー性鼻炎、⑥2型糖尿病性腎症3期A、⑦変形性膝関節症の診断名が書かれています。

身長は157.7cmで、体重は95.0kg(約1年前のデータを記載。糖尿病患者の診療で1年間も体重が測定・記録されていないとは考え難い。)と記載さていますのでBMI(body mass index)は 38.2と計算されます。BMI 35以上は「高度肥満症」とされ臨床上、重要な事実となりますが、これを記載せず高度肥満症の臨床的問題を考慮していません。上述の「厚生科学審議会報告」でも、診断名の第一に記述されているとおり、高度肥満症は、救急救命の現場でもリスクが高く、上述の②高血圧、③糖尿病、④高コレステロール血症と喫煙歴を含めると5つの急性冠症候群の危険因子を有していたことになります。

日本において、高度肥満者は15歳以上の人口の約0.5%です。標準正規分布に従えば+3σまで標準を逸脱するような著明な高度肥満症や急性冠症候群のリスクに関する検討や考察が、医療事故調査では必要であるはずです。しかし、長尾報告書にはそれらについて一切の記載がありません。

なお、3次救急病院搬送時の所見としては、「高度肥満があり、皮膚及び粘膜病変は認めなかった。」とだけの記載があり、同院でも「厚生科学審議会報告」と同様に、高度肥満の重要性を即座に把握したと推測されます。

(2)高度肥満者のBNP値はBMIと逆相関することを検討していないこと

肥満症では、実際の心臓への負荷(心負荷)よりBNPが低めに出る病態が知られています。肥満合併心不全では、BNP値が肥満のない心不全症例に比べて低下することが報告されており、BNP値は通常BMIと逆相関します。BNPは肥満があるとBNP濃度は上昇しにくく、心不全の程度を低く評価してしまうため、慎重な考察が必要になります。

それにもかかわらず、長尾報告書では「心不全のバイオマーカーである BNP の数(123.7pg /ml)の上昇も軽微であることより、ワクチン接種後に上記の心疾患を発症し急性心不全を経て心原性肺水腫に到った可能性は低い」と記載しています。これは、極めて軽率な判断です。

仮に、肥満症がなかったとしても日本循環器学会のガイドラインでは、BNP 100pg/mL以上は潜在的な心不全高リスク群とされており、循環器専門医による診療が必要な値です。さらに、本症例のようにBMIが極めて高い場合は、上述の逆相関によって本来は心不全の状態が高度に悪化している蓋然性が高いといえます。

3.コーニス症候群・タイプIの全く検討がされていないこと

当協会の循環器専門医によれば、全国の循環器専門医や日本医療安全学会会員の間では、本症例がコーニス症候群による急変であったことが検討されています。

コーニス症候群とは、医薬品・医療機器等安全性情報 No.387(2021年11月)によれば、アレルギー反応により肥満細胞から放出される種々のメディエーターにより急性冠症候群に係る種々の病態が引き起こされる疾患とされています。コーニス症候群は3つのタイプに分類され、そのうちタイプⅠはもともと有意狭窄がない冠動脈に攣縮をきたすものとされています。冠動脈攣縮では動脈硬化病変による有意狭窄や閉塞はないため、単純CTならもちろん、造影マルチスライスCT等のAutopsy imaging (Ai)による死後診断はできません。

コーニス症候群の文献における報告数は限定的で、コーニス症候群の医療現場における認知度が高くないことも一因と考えられています。アナフィラキシーや急性冠症候群と診断されたもののコーニス症候群とは診断されなかった症例がいることが想定され、実際のコーニス症候群の患者数は報告された症例数よりも多い可能性があると考えられています。

コーニス症候群の治療はアレルギー反応に対する治療と急性冠症候群に対する治療を同時に行う必要があります。治療内容によってはアレルギー反応に対する治療が急性冠症候群を増悪させる場合や、急性冠症候群に対する治療がアレルギー反応を増悪させる場合がありますので、薬剤の選択には注意が必要とされています。(本項の記述内容は、アドレナリン投与を否定するということではありません。)

なお、長尾報告書の41頁「(別紙)調査に用いた資料等の一覧」には32の資料内容をリストアップし、No24に「SARS-CoV-2 ワクチン接種によるKounis 症候群の1 例」を掲載していますが、本当にこれを検討したのかという疑念が拭えません。

4.長尾報告書の心疾患に対する認識不足

長尾報告書では、「患者が胸痛を訴えておらず、AED 上のモニター波形で断定は困難であるが、心筋虚血等を示唆する明らかな心電図モニター異常は認めていない。さらに搬送先医療機関における血清生化学検査結果においても心筋逸脱酵素であるトロポニンT の数値(11.2PG/ml)は上昇しておらず心不全のバイオマーカーである BNP の数値(123.7PG/ml)の上昇も軽微であることより、ワクチン接種後に上記の心疾患を発症し急性心不全を経て心原性肺水腫に到った可能性は低いと考えられる」としています。

しかし、この記載は上述のBNP同様、心疾患の臨床に対する認識不足です。すなわち、糖尿病患者の急性冠症候群では胸痛を訴えないことも多く、特に急性心不全症状の呼吸困難が主症状である場合は、なおさらです。また、AEDのモニター心電図(通常のAEDにはモニターはないので集団接種会場のAEDではない。救急隊がきてから装着したAEDのモニターのことで時間も経過している。)は通常第II誘導だけで、冠動脈の責任病変によって心電図異常が出現しない場合もあり、同心電図所見のみで急性冠症候群を否定することはできません。急性冠症候群だとしても、心筋ダメージがない不安定狭心症や冠攣縮性狭心症の段階では心筋細胞は可逆的であり、トロポニンTが陽性にならず、特に、早期の場合には陽性にはならない蓋然性が高いのです。

いずれにしても、長尾報告書が断定的に否定した心原性肺水腫の可能性は高く、詳細な検討が不十分でした。

5.高度肥満者の心停止切迫時におけるアドレナリン筋注の有効性を検討していないこと

(1)根拠のない長尾報告書の記載

長尾報告書では、「本事例は、短時間で進行した重症例であることから、アドレナリンが投与されたとしても救命できなかった可能性もあるが、特に早期にアドレナリンが投与された場合、症状の増悪を緩徐にさせ、高次医療機関での治療につなげ、救命できた可能性を否定できない。本事例において迅速にアドレナリンの投与(筋肉内注射)がされなかったことの予後に与えた影響は大きいと判断される。」と記載していますが、科学的根拠がありません。また、実際の分単位の時系列に照らすと矛盾があります。

(2)医師Bが初診から5分間でアドレナリン筋注をしなかった理由

医師Bは接種前の診察は担当しておらず、接種後約10分後に初めて患者を診察と問診情報収集を開始しています。現場が混乱している状況の中、ワクチン接種から何分経過しているかの情報もない初診から0~約4分間 [1]では、一目で高度肥満を認識したはずであり、顔面蒼白、呼吸苦あり、粘膜所見・皮膚所見・掻痒感・消化器症状いずれもなし、聴診にて喘鳴なし。他者の問診による情報は、接種前問診を担当した看護師Eによる「A氏は打つ前から体調が悪かったようだ」「(「接種前から呼吸苦があったということか」の尋ねに対する答えとして)「そうみたいですよ」のみ。お薬手帳で既往から精神病の既往、急性冠症候群や心疾患のリスクが高いこと、酸素飽和度は接種後の最初の測定から50~60%程度に低下していたことを把握しました。さらにこの短期間(約4分以内)で、口腔及び鼻腔から溢れるほどの泡沫状血性の液体を確認し、接種前より持続する体調不良の原因が進行し心不全、肺水腫等、心原性疾患の進行の可能性を第一に考えたことは十分理解できます。

この医師Bの診断は、厚生科学審議会報告の「ブライトン分類に照らし基準に合致するのは呼吸器症状しか認められないことから、アナフィラキシーであったと言えず」との記載と一致した判断です。

(3)長尾報告書の線形的な断定と実際の医療現場の相違

長尾報告書が頑迷固陋に依拠するアナフィラキシーショックの古い診断基準などを詳細に読んだとしても、「高度肥満、心疾患のハイリスク、泡沫状の血性液体が口腔内と鼻腔内に溢れ出て、心不全が強く疑われたとしても、それらの所見を一切無視して、初診数分以内で「顔面蒼白」、「呼吸苦」の二つがあればそれだけで即アナフィラキシーショックと診断してアドレナリンを筋注すべき」と理解される記載はありません。

急変患者の医療現場では、時間的にも量的にも、完全な情報を知って意志決定しているのではありません。限られた時間と情報に基づいてしか意志決定できない状況で病態の把握や処置を行わなくてはなりません。複雑適応系の医療では、時々刻々と変化する患者の状態変化に合わせて臨機応変な対応やさまざまな調整を行い、適応して診断や処置を決定させたり、その決定を変化させたりして時間が進みます。設計した通りいつも同じように動く精密機械やベルトコンベアー上の自動車製造とは違います。顔面蒼白と呼吸苦ならば即アドレナリン筋注といった線形的な判断や行動は、むしろ医療安全学的にみて問題があります。

(4)高度肥満者に対する心肺蘇生とアドレナリン筋注の有効性のエビデンス

本件では、医師B の初診から約5分後に心肺停止したことに対して、アドレナリン(心停止時は静脈内への1mg投与が基本)の静脈注射の判断を行っています。(実際には、高度肥満のために最終的に静脈ラインの確保はできませんでした。)これに対し、長尾報告書は実質上、「医師Bの初診から約5分までの間にアドレナリンを0.3mg筋注投与された場合、症状の増悪を緩徐にさせ、高次医療機関での治療につなげ、救命できた。本事例において迅速にアドレナリンの投与(筋肉内注射)がされなかったことの予後に与えた影響は大きい」旨の判断がされていますが、酸素飽和度60%で心停止が切迫している低心拍出量の状態の高度肥満者に対する少量のアドレナリンの0.3mg筋注投与が効果的であると断定する根拠はありません。

心肺蘇生時において高度肥満は極めて不利な状態です。一般に心臓マッサージは、日本のガイドラインの胸骨圧迫の深さは「6cmを超える過剰な圧迫を避け、約5cmの深さで行う」となっています。一方、米国AHAのガイドラインでは胸骨圧迫の深さを少なくとも5cm(5cm以上)としており、日米の相違は、有害事象の報告例や体格の違いを考えてのことと推測されます。このことから、標準を大きく逸脱したBMI38.2の高度肥満者は、皮下脂肪や内臓脂肪の影響も存在するはずであり、一般的な胸骨圧迫の有効性は不明です。

さらに、心停止時は静脈内へのアドレナリン1mgの投与が基本とされていますが、正中皮静脈から静脈内投与でも投与したアドレナリンが心臓に達するのは、約1-2分後と言われています。また、静脈内投与でも心停止に対して社会復帰に寄与したエビデンスは少ないのが現状であり、0.3mgの筋注では明確なエビデンスはありません。

心停止が切迫していない通常であったとしても、アドレナリン筋注後の最高血中濃度は8分±2分(医薬品インビューフォームによる)であり、効果が出るまで数分かかると言われています。これに対し、心停止が切迫した状態での筋注によるアドレナリンの血中薬物動態は不明であり、効果があるのかどうかもわかりません。

以上、アドレナリン筋注での最高血中濃度時間や有効量に達する時間、アナフィラキシーショック時と心停止時の投与量の相違等を考慮すれば、仮に医師が所見から1分以内で筋注しても心停止は回避できない蓋然性が極めて高く、血管確保困難であった事、高度肥満における心臓マッサージの有効性のなども勘案すれば、救命確率はゼロに近いと考えます。

医師Bが初診から約5分以内の、酸素飽和度60%低酸素血症状態で、心停止に切迫した病態、なおかつ、挿管困難で呼吸管理が不十分な悪条件で、「早期にアドレナリンを0.3mg筋注投与された場合、症状の増悪を緩徐にさせる」と主張できるエビデンスは存在せず、当然、長尾報告書はエビデンスを何も示していません。

つづく

アナフィラキシーガイドライン http://expres.umin.jp/mric/mric_24092-24095-2.pdf

 

[1]長尾報告書による

MRIC Global

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