医療ガバナンス学会 (2024年5月20日 09:00)
西宮市 伊賀内科
伊賀幹二
2024年5月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
メンバーが対等の関係で方針の決定のための議論では、各々が賛成・反対という立場に固執するのではなく、メンバーからの反対や賛成の根拠の情報を得ることが重要である。議論が尽きれば合意形成ができなかった部分に関すれば、持ち回りの責任者が多数決などで方針を決定する。これが民主的議論である。
国と地方の現場、経営における執行部と現場の関係では上下関係が存在する。よい組織にするためには、上意下達ではなく決定された方針の目的や方法について現場の人間を納得させる必要がある。現場からの質問・疑問に対して、執行部は明確に説明すべきであり、その方針・方法についての矛盾やダブルスタンダードを現場に指摘されてもそれを改善しないのなら、それは単なる命令にすぎない。そして、矛盾がある方針の遂行は現場の人間のmotivationを下げる。
過去10年、私は国の医療政策への方針に理解できなかった部分は多かったが、医師も医療費についても考えるべきだという思いで、抗凝固剤が必要な患者に高価なDOACより患者が了解されれば安価なワーファリンを使用してきた。
今回、最近経験した国が提供した医療情報や、医療制度においてその論理性が疑われる3つの事例を提示する。
一つ目として、2024年4月開始の医師の働き方改革において、残業は月80時間以内と設定された。しかし24時間の高度な医療を行うためにはそれでは物理的に不可能であることは誰の目にも明らかである。そのため多くの病院が80時間をこえての残業を可能にするべく宿日直許可申請を採用した。管理当直である当直の定義を、一定の患者数の診察まで含むなどとどんどん改定されてきた。当直は勤務時間に含まないのである。救急を表明すれば当直ではなく夜間診療である。抜け穴ルールを使わないと実行できない現場の状況に対して最初に議論すべきは、前提である24時間高度は医療を日本のすべての地域で可能かどうかの議論をすべきであったと思う。
2つ目には。今回の診療報酬改定時に再診料の引き下げを世間に納得させる目的か、財務省は診療所の利益率が8%と上昇しているというデータを昨年発表した。この発表では、診療所全体ではなく一部の法人医療機関のデータが用いられた。どういう理由でこれらの診療所が抽出されたかの記載がないが、年収が1億円以上というのは標準的な個人の医療機関ではない。また平均値を算出して議論されているが、平均値で議論できる前提についての記載がない。しかも、分母はコロナで収入が下降した2020年とである。
医学論文が査読される時、materials & methodsが一番重要となる。対象をどうやって集めたのか?そこにバイアスはなかったか?疾患の定義が明確でなければ、データの追試もできない。どんな方法で解析や比較をしたのか?英語圏の一流誌では、これらが明確でないなら内容に関係なく却下される。今回のデータとその解釈を医学誌に発表するなら、日本語の商業誌にも掲載は不可であろう。財務省は、明らかに作為的なデータを提示して世論を誘導しようとした。
最後は、国が拘っている「保険証を廃止してマイナ保険証への一本化」である。デジタル化の波にのって、日本がマイナ保険証となっていくことに異議はない。しかし、基金のサーバの問題などで、マイナ保険証のデータの間違いや動作しなくなることがまれに存在する。そのため、私は自分の診療所の受付でマイナ保険証以外にも保険証の提出も求めてきた。その理由は、多くの医師がこのサーバをアマゾンや楽天のサーバのように信用していないからである。
保険証が廃止される今年の年末には、義務ではないマイナンバーカードを使用したマイナ保険証を持たない人には資格確認証を発行するとのことである。
システムトラブルなどの万が一のためにマイナ保険証を持った人にも保険証を残し、マイナ保険証を希望されない人には紙の保険証で何が問題なのだろうか?保険証廃止法案が確定したためそれを撤回できなくなり、その代わりに追加コストが生じる資格確認証を発行するというなら、その法案に賛成した国会議員に責任はないのだろうか?
2024.4月下旬に河野大臣は、診療所でマイナ保険証を持参した患者に保険証提示を要求すればそれを通報するようにとの文書を発表した。この河野大臣の発言によって、私は国との信頼関係を完全に消失してしまったように思う。そして、最近では抗凝固剤としてワーファリンではなく高価なDOACを使うことが断然多くなった。マイナ保険証の使用頻度が少ないのは診療所の問題ではなく、国民がいろいろな意味で使い勝手が悪いと判断しているのである。
兵庫県の国会議員に保険証廃止の件で現場の質問や意見を伝えたが、それは国会まで届かない。その理由は、「所属政党はこの法案に賛成だから、国会で反対質問はできない」ということのようであった。我々国民は、政党も選ぶが国会議員個人を信頼して選んでいるのである。国民の過半数以上の反対があっても 所属政党が賛成しているという理由で国会議員が国会でとりあげられないならこれは民主政治ではないだろし、国会議員ではなく党のみの選挙で足りうる。保険証廃止に賛成した議員は、現場からの質問に矛盾なく答える必要がある。
間違った政策をすれば「次の選挙で国民から審判が下る」とはいえ、10年前の期待した民主党政権の悪夢を考えると、次に選挙でも自民党以外の選択は消去法でありえないないのだろうか。