医療ガバナンス学会 (2011年2月18日 06:00)
去る2010 年10 月15 日、朝日新聞朝刊1面に『「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン 東大医科研、提供先に』と題する記事が掲載されました。記事は、医学的誤り・事実誤認が多数含まれたうえ、患者視点に欠け、医療不信を意図的に煽るよう読 み取れる内容でした。
私たちは、このがんワクチン報道に対し抗議し、当該記事の訂正・謝罪、朝日新聞社のガバナンス(組織統治)体制の再構築を求め、署名募集を行って参りましたが、これまでに、55,773名の賛同署名が得られました。
当会の趣旨にご賛同され、ご署名くださった皆様、誠にありがとうございます。
2011年1月28日、朝日新聞社の秋山耿太郎社長及び報道と人権委員会(社内第三者機関)宛に要望書を提出し、記者会見を厚生労働記者会にて開催致しました。
ここに報告させて頂きます。
●プロローグ:朝日新聞社に署名・要望書提出について事前連絡(1/25-)
2011年1月25日、当会事務局から朝日新聞に電話し、1/28に要望書と署名の提出を行いたいと伝えました。
朝日新聞社秋山耿太郎社長宛の文書は広報部が、報道と人権委員会宛の文書は事務局長が、窓口として対応されました。
提出前の、朝日新聞社側の返答を要約いたします。
・広報部
「署名を受け取るだけは受け取ります」
・報道と人権委員会事務局長
「受け取りますが、受理したとか、何らかのアクションにうつるとか勘違いしないでほしい」
●朝日新聞社に要望書提出、署名持参(1/28 15:00)
1月28日午後3時、私と発起人1名が、事前に指定された東京都中央区築地の朝日新聞社2階の受付に伺いました。朝日新聞社からは、広報部2名(A氏、B氏)と人権委員会事務局長(C氏)の3名が対応されました。
場所は受付の隅の、パーティションで囲われた机と椅子6つが置かれた狭い空間でした。
われわれは氏名(小松、濱木)を名乗り、先方からは名刺をいただきました。
その場で要望書を提出しました。55,773名分の署名も持参しましたが、提出はしませんでした。その際、以下のようなやりとりがありました。
事務局長:これって・・・申し上げた通りなのですが、とりあえず署名はお受けしますが、えっとまあちょっとこちらから何かどうというものでもないので・・・。
私:私たちの方もですね、「朝日新聞に適切な医療報道を求めます」という趣意書をお渡し致しまして、署名はこちらにある通りなのですけれども、電話でもお 話ししました通り、(署名を)受け取って特になんのリアクションも出せないという(朝日新聞の)お返事で、このあとプレスリリースに記載したような記者会 見もございますので、これ(署名)を(記者会見の方に)持って行き、その後(署名)現物の方がやっぱり必要だということであれば、署名した方々の住所と名 前、55773名ございますので、何らかの形で処理したものを必要であればまたお送りするように致します。
朝日側から署名を確認したいとの要望があったので、実物をめくってお見せしました。また、その日は署名提出をしていないことを記者会見で言及してほしいとの要請がありましたので、その旨は承りました、とお答えしました。
当方から写真撮影を希望しましたが、「ここでの撮影は禁止されています」とのお返事でした。
●朝日新聞社から厚生労働記者会へ移動
朝日新聞社から厚生労働省の厚生労働記者会に移動中に、朝日新聞社から私の個人携帯に2度電話がありました。
最初は広報部A氏から、「やはり署名を提出してほしい」との要請でした。私は「それでは記者会見で供覧したのち、個人情報を特定できないよう処理したうえで郵送します」と答えました。
次に広報部B氏から、「あなた(小松)のTwitterを読んだ。受け取るだけで何もしないとはいっていない。何かの誤解があるのではないか」との内容。 私は「昨日広報のA氏から “受け取るだけですよ” との電話があり、その後人権委員会のC氏から “受け取るだけで、受理したとか、何らかのアクションにうつるとか勘違いしないでほしい” と電話があったので、それをtweetしました」と返答。
するとB氏が「そんなことはないはずだ。何か誤解がある」とおっしゃられたので、「少なくとも私にはそう聞こえました。口頭ではこのような齟齬が生じるので、今後は書面でのやり取りをお願いいたします」と話しました。
問題とされたTweetは、以下のものです。(1/28 09:59:52)
「医療報道を考える臨床医の会」本日午後、朝日新聞に趣意書と署名の提出、その後厚生労働記者クラブで会見を行います。朝日から「署名は受けとるが、受け取るだけで何もしません」と事前に通告されました。何もしない抗議対象に、署名を渡すのは無意味なので見せるだけにします。それにしても・・。
— 小松恒彦 (@komatune) January 28, 2011
> 「医療報道を考える臨床医の会」本日午後、朝日新聞に趣意書と署名の
>提出、その後厚生労働記者クラブで会見を行います。朝日から「署名は
>受けとるが、受け取るだけで何もしません」と事前に通告されました。何も
>しない抗議対象に、署名を渡すのは無意味なので見せるだけにします。
>それにしても・・。
●厚生労働記者会にて記者会見
1月28日16時から、厚生労働省9階の厚生労働記者会にて、記者会見を行いました。会見者は発起人代表の私(小松恒彦帝京ちば総合医療センター教授)、 鈴木ゆめ横浜市立大学附属病院神経内科教授、濱木珠恵都立墨東病院内科医長、の3名です。そして私がプレスリリースを読み上げました。
署名については、朝日新聞社側から、事前に受け取るけれども何もしない、という通告があったため、われわれに賛同する方々の個人情報をお渡しするのは意味 が無い上に万が一の危険性を考え、まず記者会の皆さんにお見せしようということで記者会に持参したこと、さらに先ほど朝日新聞社から電話があり、何もしな いとは言っていない、受け取る、とのことだったので、今後個人情報を再利用されないよう加工をした上で、提出する予定であると述べました。
記者の方たちからは、現場への影響、署名の内訳、署名に協力した病院数、実際の臨床研究の中止例、報道と人権委員会は裁判開始された案件については開催されないことが内規になっているが知らなかったのか、などの質問がありました。
それに対して、55,773名の署名のうち96%を医療従事者が占め、20-30の医療機関から署名が送られてきたこと、報道後1例の臨床試験が影響を受けたことをお答え致しました。
(注:記者会見後再度事実を確認したところ、関東圏で1例の臨床試験審査が中断し、現在に至っても開始されていないそうです)
公式会見終了後も、多数の記者の方から質問を頂きました。記者会見翌日以降、MEDIFAX, MTProで、記者会見の模様を報道していただきました。御礼申し上げます。
MEDIFAX WEB (2011/1/31)
記事への抗議で5万人以上の署名 がんワクチン報道
http://medifax.jp/MemberPages/Article.aspx?id=6047&number=1&page=7#2
MTPro (2011/1/31)
朝日新聞,5万5,000人超の抗議署名に「対応しないとは言っていない」
http://mtpromedical-tribune.co.jp/mtpronews/1101/1101066.html
●エピローグ:記者会見後に朝日新聞社から
なお、記者会見終了後、朝日新聞広報部から電話が再度ありました。
「医療ガバナンス学会のメールマガジンで、プレスリリースが送られてきた。署名を朝日新聞社に提出したことになっているが、実際は提出していない。訂正記事を配信してくれ」との依頼で、これを承りました。
ここに、署名を1月28日15時には提出していないことを訂正申し上げます。
私の感想では、朝日新聞社としては予想以上に署名数が多く、また「何もしない」ことを広く流布されることがかえってよろしくないと考えられたような印象を 受けました(あくまで想像ですが)。また、少なくとも直前まで、当会が記者会見することをご存じなかったようです。あれだけ「受け取るだけですよ」「受理 したと勘違いしないでほしい」と仰っていたのが、「記者会見するんですか」と軽い(?)驚きを表明された後に、「何もしないとは言っていない」「署名はや はり提出してほしい」にかわっています。
ここに朝日新聞社の綱領を引用致します。
http://www.asahi.com/shimbun/platform.html
一、不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄与す。
一、正義人道に基いて国民の幸福に献身し、一切の不法と暴力を排して腐敗と闘う。
一、真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す。
一、常に寛容の心を忘れず、品位と責任を重んじ、清新にして重厚の風をたっとぶ。
1952年制定
今回の朝日新聞社の対応は上記綱領に沿った対応といえるでしょうか?
私たちのような市井の医療者が発した事実誤認・医学的誤りの指摘、抗議に対し、真摯に返答することなく、逆に一個人の私に、名誉毀損行為に対する訂正と謝 罪を法的措置をちらつかせ要求し、さらに署名や要望書に対しては「何かアクションがあるとは思わないでほしい」と答える。
これが日本を代表する大新聞社のひとつであられる朝日新聞のやり方なのでしょうか。
また、当会は第三者で今回の裁判には関与しておらず、報道と人権委員会の内規に抵触する対象ではありません。
今回の朝日新聞がんワクチン報道、それによる報道被害、そして中村教授らが提起された訴訟がどうなるかは私にもわかりません。私は本来、事を荒立てること を好まず、また、細かいことにはこだわらない質であり、何もすべての医療報道をチェックしたいなどとは毛頭考えていません。(むしろそんな大変なことはし たくないのです)
しかし、坐視できないことがおきたときには、きちんと「それは違う」ということは必要と思います。今回の騒動を契機に、医療者とメディアの互いの理解が深 まり、多くの人に知ってほしいことに関してはメディアを通じて医療者と国民に広く双方向の関係が成り立つことを望んでおります。
ただただ、「災い転じて福となす」ことを祈念している次第です。