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Vol.24111 ポジティヴヘルス研修体験記② -医療費削減に向けたオランダの本気の取り組み-

医療ガバナンス学会 (2024年6月10日 09:00)


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医療法人社団オレンジ
オレンジホームケアクリニック
小坂真琴

2024年6月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は初期研修を終え、在宅診療専門のオレンジホームケアクリニック(医療法人社団オレンジ)で勤務している。今回は、「ポジティヴヘルス」を学ぶ目的で、オランダ研修に参加した。ポジティヴヘルスについては前編をお読み頂きたい。( http://medg.jp/mt/?p=12406

研修の2日目に訪れたのが、ZOZヘルスケア事業団が運営している介護施設を備えた複合施設「スネンツ(Snentz)」だ。オランダのドラクテン(Drachten)という街にある。
「新たな出会いを生むことを何よりも大事にしている」とルフィン医師が語りながら案内してくれたスネンツは、一歩入るとショッピングセンターのような雰囲気だ。中心に位置するジムと集会スペースは、吹き抜けの天井に採光窓がついており、とても明るい。すぐ隣にはレストランがあり、合計100ベッドを有する介護施設に入居している高齢者と、地域の高齢者が入り混じって食事をとっているという。他にも主に男性向けの料理教室が開かれる料理スタジオや、認知症カフェを開くためのスペースなどが並んでいる。近くの美術館の厚意で、ほぼ常に美術展も開かれているという。

事業内容の紹介プレゼンの冒頭では、「これから今までのようなケアを提供できるとは到底考えられない」と危機感を露わにしていた。理由は高齢化に伴う介護需要の増加だ。14箇所の拠点に2000人超の医療専門職(医師、看護師、理学療法士等)が働いているが、ボランティアも800人以上いると説明した上で、「これからもっとボランティアの役割は大きくなるだろう」と話した。
オランダにおいても、かつてはどんどん施設に入るのが主流であったが、約10年前に政府が在宅に移行する方針を打ち出した。理由は日本と同じく、医療費・介護削減のためだ。一方で、市民の意識としては在宅での最期を希望しているという点も日本と同じだ。私たちが訪れたスネンツでも、介護施設だった1階部分を地域に開放し、上述のような出会いのための場づくりを行う形に変更したという。

介護人材不足に対する解決策として、テクノロジーの導入にも積極的だ。ルフィン医師は、服薬管理のための専用の時計の開発を行っていると紹介した上で、「介護者は服薬管理ではなく本人のケアに集中できるようになった」と話した。また、シャワーを浴びた後に自動で体を乾燥させる機械も開発中とのことだ。
いずれも介護負担を減らすことに着目した新たなテクノロジーだ。「日本はオランダより圧倒的に高齢化が進んでいるがどう対応しているのか」と質問されたが、この2ヶ月間在宅診療を通じて見てきた日本の介護施設の現場では、記録の電子管理の他には特にテクノロジーが導入されていると感じる場所もなく、オランダと比べて遅れをとっているように感じた。

日蘭に共通しているのは医療の財政的負担・人的負担が限界を迎えていることだ。オランダはテクノロジーとボランティアの力、在宅への移行で課題を解決しようとしているが、さらにこのヘルスケア事業団では本気で医療費の削減に取り組んだ。

オランダの医療は家庭医によって行われる1次ケアと、その後専門医に紹介されて行われる2次ケアにはっきりと分かれている。国民は民間の健康保険に入ることが義務付けられており、(これが概ね200ユーロ/月)であり、これを支払ってさえいれば家庭医の診察には追加の費用負担は生じない。働く家庭医側からすると、「往診などは割に合わないと感じるほど安い(現地の家庭医)」というが、国民が健康でいる方が主治医にとってもメリットが大きいシステムとも言える。2次ケア(専門医の診察,入院)に関しては家庭医の判断となるが、350ユーロ以上に関しては免責される。

その中でZOZヘルスケア事業団が率先して導入したのが1.5次ケアと呼ばれるものだ。病院に勤務する専門医が、地域に外来を持って定期的に診察に来るシステムで、あくまで患者の主治医は家庭医のままである。地域外来で専門医の診察を受けるが、保険上の取り扱いとしては一次ケアの一部にカウントされるため、患者の追加負担は一切発生しない。また、介護施設の一部を「家庭医ベッド」として家庭医が主治医で入院に近い診療をできるようなシステムも作り出している。これも同様に1次ケアの範囲内だ。このシステムは保険会社との交渉によって成立したという。
1.5次ケアでは、専門医は病院と同じ処置をすれば基本的に同じだけの費用をもらえるとのことで、デメリットはない。むしろ病院とは異なる地域外来での勤務は「堅苦しくなく、気分転換になる」と話す。このシステム、患者は追加負担なしで専門医の診察まで受けられ、保険会社としては支払いを節約することができて、家庭医にとっても負担の減少につながるという。損をするのは病院だけである。ZOZヘルスケア事業団の地域外来は2023年には2000件を超えるまでに増加し、病院への紹介率は26%減少し、医療費は30%削減されたという。「しかし、なぜか病院は黒字を維持している」(ロバート医師・ZOZヘルスケア事業団)と不思議そうに語る。

オランダの事例は日本の過疎地域を考える上で参照しうると考える。人手・財源不足の中でテクノロジーやボランティアの力に頼るべきところが多く出てくる。日本は皆保険制度であるため、保険の契約を個別にしているオランダとは異なり、ZOZヘルスケア事業団のように直接契約内容にアプローチするのは難しいだろうが、医療の効率化につながる新たな仕組みも生まれるかもしれない。
一方で、過疎地域ではいかに病院を存続させるかも議論になっている。病院が入院患者数を維持することによって黒字化され、存続の可能性が高まると非常に好意的に報道がなされる。しかし、人口減少する中で入院患者数が維持されるということは、入院している「病人」の割合が増えることに他ならない。オランダでも解決していないようだったが、これから取り組むべきジレンマだ。

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