医療ガバナンス学会 (2024年6月17日 09:00)
この原稿は2024年5月29日に医療タイムスに掲載された文章を加筆修正したものです
公益財団法人ときわ会常磐病院
乳腺甲状腺センター長・臨床研修センター長
尾崎章彦
2024年6月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
5月12日に、東京大学医学部アメフト部「情報系のつどい」が、東京都上野で開催されました。
幹事は、2019年卒の西川秀明医師です。西川医師は、灘高校から東京大学理科三類・医学部医学科に進学しました。初期研修修了後は臨床を離れ、現在は京都大学理学研究科物理学専攻の博士後期課程に在籍、非平衡統計物理学という分野の研究に従事しています。聞けば、「元々数学や物理が非常に得意だった」と言うことです。
生成AIを中心に機械学習やデータサイエンスの発展が著しい昨今、医師や医学生もこのような動きに無縁でいられるはずはありません。臨床・基礎を問わず、情報科学の理解と応用が大変重要になってきています。
卑近な例ではありますが、私もChat GPTに課金し、GPT4を毎日のように活用しています。ブレストや英文作成・校正などに非常に便利であり、おかげで仕事を格段に効率化できました。
さらには東京大学医学部アメフト部OBでも、若手を中心に、情報系のキャリアに携わる者が増えています。例えば、筆者の3学年下の二宮英樹医師は、「株式会社データック」というベンチャーを立ち上げ、リアルワールドエビデンス事業(製薬企業を顧客としたデータベース研究受託・支援事業)を展開しています。
冒頭の集いはこうした動きを踏まえ、西川医師が情報系に携わる、あるいは興味のあるOB・現役生の情報交換の場として、広く声をかけ実現してくれたものです。
■自由度が増してきた医者のキャリア
私自身は「情報系のキャリア」を志向しているわけではありませんが、若手教育に携わる者として最先端の動きを把握することは必須と考え、参加しました。
当日は、OB 8名、現役生 5名の計13名が集まりました。各OBの専門トピックは、放射線科での機械学習、病理でのバイオインフォマティクス、抗体薬の創薬、カルテ情報の自然言語処理など多岐にわたっており、非常に興味深いものでした。
それと同時に、私自身はまさに隔世の感を禁じ得ませんでした。筆者の現役時代、医者のキャリアは今よりずっと画一的で、このような学際的な集いはそもそも考えにくかったものです。
少なくとも東京大学医学部に関しては、大学を卒業した後はほとんどの者が研修医を経て医局に所属し、博士号を取り、海外に留学する、というのが王道でした。その後、ある者は教授になり、ある者は市中病院の部長になり、稀に基礎研究者になったり、アメリカで臨床を行う者がいたり、といった具合でした。
現在は、医者のキャリアもずいぶんと自由度が増し、臨床以外の選択肢も増えています。だからこそ、学生にとって、自分と同じような医学部生活を送った先輩から、「キャリアの実際」を聞く価値が高まっていると感じます。
■感動した後輩の頑張り
さて、実はもう一つ、私がつどいでOBの活躍以上に改めて感銘を受けたのは、現役部員たちの頑張りでした。
現在、東京大学医学部アメフト部には21人の部員(1名の分析スタッフを含む)が在籍しているそうです。この数は我々が学生だった頃と概ね変わりありません。
私は、その人数を維持しているという事実だけでも、すごいと感じています。東大医学部アメフト部が所属する医科歯科リーグ内には、人数が減り、活動存続が困難になったチームも少なくありません。
最大の理由はコロナ禍です。コロナ禍で学生活動は著しく制限されました。医学部アメフト部も例外ではなく、2020年から2022年までほとんど試合が実施できない状況が続きました。
「辞めてしまおうか?」そんな思いがよぎった部員も少なくなかったのではと感じます。正直、コロナ禍とは全く関係ない時期にプレイしていた私でさえも当時、「自分は東大まで来て、なぜアメフトをしているのだろうか」という思いが1度や2度ではなくよぎったものです。
しかし後輩たちは、コロナ禍でもモチベーションを維持し、新入生をリクルートし続けました。そしてコロナが明けた2023年には、リーグ優勝を果たします。実に13年ぶりの快挙でした。
■ベクトルをそろえる重要性
そんな後輩たちを応援するためにはどうしたらいいか? もちろん金銭面での支援はOBとして大事な役割です。
もう一つ筆者が考えているのが、彼らのアメフトへの頑張りのベクトルのその先にあるものを、医師として、社会人として見せてあげることです。
彼らは数年後には医者として、もしくはいずれにせよ社会人として、一般社会に出て行きます。アメフトプレイヤーになる人はまず皆無でしょう。であれば、彼らの今の頑張りのベクトルを、「良い医者・研究者になる」あるいは「良い社会人になる」といったベクトルとできる限り揃えてあげられるよう、手伝えないだろうかと思うのです。
なぜ自分はアメフトを今プレイしているのか、あるいは、いつも控えに回っている選手がなぜアメフトを続けるのか。アメフトとどう向き合い、チームにどう貢献していくのか。そのことが、その先の人生にどう生きるのか。
答えは一人ひとり違い、最終的には自分が納得するしかありません。でも、OBとして何か手伝えることがある気がしています。
そうして、彼ら自身がアメフトをプレイすることの意味を少しでも強く信じながら現役生活を全うできるなら、これに勝る喜びはありません。
http://expres.umin.jp/mric/mric_24117.pdf