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Vol.49 冤罪被害の経験からみた院内事故調査委員会と報告書の問題点(その1/3)

医療ガバナンス学会 (2011年2月27日 06:00)


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冤罪被害の経験からみた院内事故調査委員会と報告書の問題点(その1/3)

綾瀬ハートクリニック
(東京女子医科大学付属日本心臓血圧研究所 循環器小児外科元助手)
佐藤一樹
2011年2月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


第1 序-偽りの院内事故調査報告書と冤罪

「衷心から謝罪する」-東京女子医大名誉棄損不当解雇事件の和解

「1 被控訴人(学校法人 東京女子醫科大学と東間 紘)は、控訴人(佐藤一樹)に対し、被控訴人らが作成した平成13年10月3日付「故平柳明香殿死亡 原因調査委員会調査報告」に、控訴人による人工心肺の操作が患者の死亡原因であるかのような誤った記載内容があったことを認め、そのことを契機として、控 訴人が7年間に及ぶ刑事裁判で刑事被告人の地位に置かれ、心臓外科医としてのキャリアを失うなど重大な苦痛を受けるに至ったことについて衷心から謝罪す る。

2 被控訴人らは、前項の趣旨を踏まえ、本件紛争を話合いにより円満に解決するための金員として、控訴人に対し、連帯して200万円の支払義務のあることを認める。」

2011年1月6日付けの和解条項。条項に守秘義務はなく、公開する権利が有ります。この条項は、東京女子医大の東間紘元泌尿器科教授(当時副院長)が 作成した上記、院内事故調査報告書(以下「内部報告書」)の誤った記載により名誉を棄損され、逮捕・勾留・起訴されて刑事被告人となった上に、不当解雇 (諭旨退職)されたことに対して、2007年2月に私が提訴した民事訴訟の終焉です。

「衷心から謝罪する」を一般用語でいいかえれば、「土下座してお詫びします」に当たると私は思っています。名誉棄損裁判の和解条項の常套文句は「遺憾の意 を表す」で平たくいえば「あやまる姿勢をみせる」。東京高等裁判所の深山卓也判事も「このような文言の和解は初めて」とのこと。名誉棄損裁判で東の横綱と 法曹界から称賛される主任弁護士の喜田村洋一先生も「記憶にない」。

「衷心」=まこと、誠心。私がこだわって和解案に盛り込みました。めったに使用されないこの文言は東京女子医大と患者家族の間でかわされた示談書からの 引用です。東京女子医大と東間医師が、早期にこの報告書の誤りを認めていれば、患者家族も、私も、長期に渡り苦しむことはなかったはずです。報告書作成か ら9年3月3日目。改めて、両者に対し「衷心から謝罪」させました。

なお、本件訴訟の控訴審開始以前には、「内部報告書」の誤りを認めようとせず、謝罪する姿勢を全く見せなかった被告(被控訴人)らは、「時効で切った一 審の扱いは、本事件の対応としては適切ではない」旨を裁判長が第一回期日で表明し、結審に向かうにつれ一転して態度を改め、今回の「衷心から謝罪」に至っ た経緯があります。

冤罪とは

「『割り箸事件』や『福島大野病院事件』は無罪事件。佐藤先生の『東京女子医大事件』は冤罪事件です。」と複数の法律家や医療ジャーナリストから指摘を うけました。改めて、法律用語辞典をひも解いても、項目に「冤罪」はありません。「冤罪」は、国語辞典に掲載される一般用語で、有罪判決が確定した後に再 審を求めている者が「無実の罪」と主張しているような場合を指します。厳密な法律用語ではありませんので、結局無罪であっても、起訴により刑事被告人にな り、社会的に甚大な被害を受けた者は「冤罪の被害者」です。

冤罪の研究書や冤罪事件例を扱った書籍、冤罪事件専門雑誌も多数読みました。冤罪の原因は、「権力者」や「別の当事者」による作為的な力の作用によると 説明されます。権力につられて、様々なベクトルが私に向いてきました。東京女子医科大学、事故調査委員長 東間医師、黒澤博身元心臓血管外科 主任教授、 警察、検察、新聞記者、雑誌記者、テレビ局員、自称医療ジャーナリスト。そして執刀医岡徳彦医師と担当責任者の瀬尾和宏医師、「瑕疵のある人工心肺装置」 を設置した技士達。究極の状況の中、信頼できる人間と偽善的な人間を見極める能力が備わってきました。

第2 院内事故調査委員会と報告書の問題点―東京女子医大事件の経験より

2002年10月から全病院、有床診療所には、安全管理委員会の設置が義務づけられています。多くの病院では、安全管理委員会の下に院内事故調査委員会 が開かれているはずです。しかし、性質上秘密保持の必要があり、存在自体を含めて実態は明らかではありません。本稿では東京女子医大事件の内部調査委員会 と報告書の問題点を浮き彫りにし、内部報告書が引き起こす二次的災害防止の参考にしていただくことを目的といたします。

1.院内事故調査委員会・報告書:「目的の問題点」

(1) 院内事故調査委員会:原理的目的・理念

「院内事故調査委員会」の本来の原理的目的とは何でしょうか。以前からこの問題に明確に解答されている小松秀樹先生に賛同して、院内事故調査委員会の目 的を医学的観点「事実経過把握」と「原因分析」とし、自律性のある事故の科学的認識、機能向上、医療の質・安全性の向上を、「理念」として活動すべきと考 えます[1]。「原因究明」の姿勢は不可欠です。しかし、医療事故の「原因確定」や「過失認定」をするのは困難で、明確な結論を断定できない場合がありま す。法律知識に乏しい医師だけで構成される委員会が「事実認定」から「過失認定」までを行うことは危険です。事故原因は医療者一個人だけの問題ではないこ とがほとんどで、システムエラーが絡んだ問題の真相は、複数の医療者や周囲の状況が複雑に関わるのが通常で、徹底的な調査をしないかぎり判明しません。

「真実・事実とは微妙で複雑なものです。」本件女子医大事件、帝京大学エイズ非加熱製剤事件、小沢一郎議員強制起訴事件、在外邦人選挙権裁判、ロス疑惑 事件、レペタ裁判等、数々の難事件の裁判に関わってきた喜田村洋一先生が繰り返しおっしゃることです。科学的知識や科学的手法によって万物が解明できるも のでないことは自明です。「原因分析」や「原因究明」は、かならずしも「原因確定」や「過失認定」と直結するものではありません。

(2) 院内事故調査委員会:隠れた機能的目的と利益相反

しかし実際の院内事故調査委員会とは、そのような理想的な理念の綺麗事で済むようなものではありません。「隠れた機能的目的」が存在します。それは、紛 争対策であったり、患者側や社会からの攻撃をかわすためであったり、保険会社から賠償保険金を得るためであったり、諸々です。多くは、病院開設者側の都合 によるものです。

ところで、記憶に新しい「郵便不正押収資料改ざん事件」の検察組織内の利害関係をめぐるドタバタ劇。事故や不祥事を廻る「原因究明」「責任追及」の場で は、第一線の現場で働く者と組織中枢幹部との間に、利益相反が生じます。当初、現場捜査官の前田主任検事は、自らが所属する検察組織に逮捕され、責任は、 前田検事個人のみにあるとされました。「早い逮捕で一番危惧するのは、捜査手法など組織の問題が忘れ去られ、個人犯罪と認定されること」と弘中惇一郎弁護 士 (不当逮捕された厚生労働省 村木厚子氏の弁護人)はコメントしています。

同様に、診療事故現場の医療者と病院開設者側との間には、利益相反が生じます。訴訟問題対応や、賠償額が意識される場合は、顕著に表れるでしょう。病院 組織の中枢が実権を握るような院内事故調査委員会であれば、現場の責任づくり、責任追求が前提となり、真実の解明よりも組織の保護や遁辞重視の結論に向か う危険があります。医療事故の直接の引き金となった医療従事者が「だれ(Who?)」であるかを問う議論の場になり、内部調査が、しばしば責任の所在を調 査するものになって、その根本原因を「なぜ(Why?)」と問うことがおろそかになるのです。

(3) 院内事故調査報告書の作成:患者側の「願い」を意識した目的

内部調査委員会がまとめる報告書の第一次的、実務的な目的は患者側への説明です。患者側が閲覧したときの反応を想像しない報告書はあり得ません。
「医療事故に対する患者・家族の願い」と何でしょうか。生存科学研究所 医療政策研究会の神谷惠子弁護士は「(1)現状回復」「(2)真相究明」 「(3)反省謝罪」「(4)損害賠償」「(5)再発防止」の5つ上げます。「誠実な対応」と「報復的制裁復讐感情の実現」を私は追加します。

「フィルターの閉塞が原因」とした刑事事件一審無罪判決直後、NHKのテレビインタビューを受けた患者家族は、「うちの娘はどこでどういうことが起こって死んだのだろう、誰に責任があったのか」と答えました。

医療行為で患者さんに不利益が生じた場合、それが事故であってもなくても、医療側からの誠実な対応がなかったために、紛争や訴訟に発展する場合が多くあ ります。そうなると、真相が究明された結果が、「死亡原因は不可抗力」であり、「医療機器の不具合」や「システム・管理の問題」と判断されても、患者側は 納得しません。「何故事故が起きたか」より「死因は誰に責任があるのか」を明らかにして欲しいのです。「真実」よりも「納得」。誰に責任があるのかを示さ ない真実は究明されたと評価されません。”Why”より”who”、「システムエラー」より「ヒューマンエラー」を問いたいのです。「個人の責任」となれ ば、反省謝罪も実現させやすく、刑事告訴によって報復的制裁復讐感情の実現も可能です。

医療政策研究会の提言には「再発防止のための医療システムの改善策の提示により遺族にも『無駄死にではなかった』という感情が生まれ、紛争の解決にもつながる可能性がある。」とありますが、「個人の責任」の前提がない限り、現実離れした可能性です。

結局、「システムの欠陥」より「個人の責任」とする報告書は患者側の願いでもあり、現場医療者のみに責任転嫁したい病院開設側の機能的目的とも一致するのです。

(4) 院内事故調査報告書作成と発表:病院組織の”道義上の責任”アピール目的

報告書作成および公表には、病院組織の”道義上の責任”を積極的に認めるとう目的もあり得ます。

病院開設者や院内事故調査委員が組織責任を認めずに言い訳したり、現場関係者を擁護したりすれば、患者側からの峻烈な反発が予想されます。これが、メ ディアに暴露されれば、病院組織に対する社会的制裁必至です。そこで、責任者にとっては、自らを守るためにとりあえず謝罪することが合理的な態度です。 翻って、この非を認める「真摯な公表態度」を利用し、社会から「情報公開に積極的な進歩的な委員長」との評価を得ることもできます。

私が起訴され刑事公判が開始された2002年9月の後、東京女子医科大学はNHKの番組制作スタッフを医療現場に駐在させ、2003年6月7日「東京女 子医科大学病院~医療現場で何が起きているか~」という番組を放送させました。内部調査委員長を務めた東間医師は副院長から院長に昇格しています。内部報 告書の誤りを認識しながら、これを否定する私や医局員にパワーハラスメントをかけてきた黒澤医師と東間医師が番組の主役で、伴に「医療事故に対する院内意 識改革の旗手」としてスポットを当て、権力欲が全くない門間和夫元循環器小児科主任教授を吊るし上げるような番組でした。

(参考文献)
[1] 小松秀樹, 井上清成:「院内事故調査委員会」についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.

「診療研究」2011年3月号掲載

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