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Vol.50 冤罪被害の経験からみた院内事故調査委員会と報告書の問題点(その2/3)

医療ガバナンス学会 (2011年2月28日 06:00)


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冤罪被害の経験からみた院内事故調査委員会と報告書の問題点(その2/3)

綾瀬ハートクリニック
(東京女子医科大学付属日本心臓血圧研究所 循環器小児外科元助手)
佐藤一樹
2011年2月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2.東京女子医大院内事故調査委員会:「設置の問題点」

(1) 院内事故防止委員会の形骸化と”濱野委員会”

2000年4月から特定機能病院では、安全管理委員会の設置が義務づけられました(2002年10月からは全病院、有床診療所が対象)。女子医大では、 「安全管理委員会」の下部組織として「院内事故防止委員会」が存在し、医師、看護師、栄養士、薬剤師、病院管理者など10数名からなる組織として、紙上で はなっていました。しかし、実際には形骸化していたため、本件以前に開催回数は0。その代わりに開催されていた会議は、当時の専務理事故濱野恭一が主催す る臨時役員会で「濱野委員会」と呼ばれるものだとわかりました。この紛争発生時のみの臨時役員会は、事故訴訟問題、賠償問題の対応を協議する最高機関で、 安全管理を検討するものではありません。機能は訴訟問題対応の決定や賠償額の決定です。

役員会メンバーは、理事長、専務理事、病院長、副院長等の大学病院幹部、組織の上位者のみで、現場医師は会の存在自体を知らされていませんので基本的に不参加となっていました。

(2) ”濱野委員会”の開催まで

2001年3月2日に手術が施行され、3月5日に患者さんは死亡。その直後に、内部告発文書が患者側に送付されました。3月31日、循環器外科と本邦に 唯一存在していた循環器小児外科の双方の教授の退官とともに両医局が消滅。4月1日に統合され心臓血管外科が設立されました。しかし、主任教授選挙は行わ れず、日本一の心臓手術症例数があった私の所属する医局は、責任者が存在しないことになりました。

日本心臓血圧研究所(心研)の所長には、循環器内科笠貫宏主任教授が就任しました。笠貫教授は、「千葉大採血ミス死亡事件」[2]で業務上過失致死罪に 問われて点検確認義務違反で有罪となり、千葉大を追われ女子医大に移籍した経緯があり、医療関連の法律には詳しい医師です。5月9日、患者家族が証拠保 全。5月26日、患者家族が『死因究明調査』を笠貫所長に要請。6月9日、要望書を承諾。

6月20日、濱野委員会開催。出席者は、吉岡理事長・濱野専務理事・林病院長・東間副院長・笠貫心研所長(役職は全て当時)。「現場医師は不参加」の基 本に反し瀬尾医師が加わり、医師でもある児玉安司顧問弁護士も出席しました。児玉弁護士は、翌年2月15日に、刑事事件の被害届取り下げ等の代理人らしい 仕事をほとんど何もしないまま、患者側の言い値のまま約7146万円の支払い義務を認め「衷心より謝罪」の示談書に署名した人物です。

濱野委員会の決定事項は以下の3つ。「1.院内事故調査委員会を女子医大として初めて発足する。2.事故調査委員長は、副院長の東間紘泌尿器科教授とする。3.事故調査委員は委員長に一任する。」

(3) 院内事故調査委員会―委員選択の問題点と自己矛盾

1. 心研所属医師の排除と公正な視線の欠如

委員選出の専権を持つ東間医師は、自称「学内第三者」=「心臓血圧研究所(心研)の部外者」から委員を選任する方針を立てました。翌年2月28日、社会 保障審議会「医療分科会」では「それが第三者といえますか。」と激しく叱責されています。外部の人からみれば、「心研以外といっても女子医大の内部なんだ から第三者のはずがないでしょ。」

東間医師はなぜ心研という枠組みにこだわるのか? 心研に長年勤務され時代を知るある教授の話では、私情があると推測されます。東間医師は大学の人工腎 臓センターに昭和47年から所属していました。当時女子医大といえば「榊原仟の心研」と「中山恒明の消化器病センター」が二大看板。「東間さんが助手や講 師の頃は、腎臓センターは心研に間借りするような形で机を置かせてもらっていて、特に心研外科のスタッフからはさげすんだ扱いを受けていた。心研外科には やっかみを超えた恨みがあるのだろう。」この推論の真偽は不明ですが、東間医師が心研の医師を特別な存在として扱っていたことは間違えないようです。

東間医師なりの主張としては、「委員には、心研に所属する医師らを委員として活動して貰うことは絶対に控えなければならないと思っていました。その理由 は、今回の事故は心研循環器小児外科の医師らによる手術中に発生しており、手術の適否や手順等を手術を担当した医師から聴取することになれば、互いに異論 を述べて真実の究明が難しくなり、委員会の調査が長期化して委員会としての結論を出すことが困難となることが充分考えられたからです。」しかし、この考え 方は根本的に誤っています。

医療事故の事実把握・真実究明を目指す態度こそが何より優先されるべきです。手術の適否や手順の正否を評価することは全く別の話です。「真実究明」とは もともと難しいものです。複数の見解や意見があってもそれは当然でしょう。東間医師は「不正確でも何でも、とにかく短期間で結論を出す」ことを前提に、困 難な「真実追究」を軽視したと告白しているようなものです。

安全文化構築への画期的な提言となった書籍「ヒューマンエラーは裁けるか―安全で公正な文化を築くには」[3]では、東間医師のような考え方を道徳的に も批判しています。「単一の説明では、複雑な事象を公正に取り扱うのは無理である。真実に迫るには多層的な説明が必要である。説明同士、一部は重複し、一 部は矛盾するだろうがそれでよい。」「公正な文化は、多層的な説明のうち、『下からの視点』に注意を払う。その説明は,一番説得力がなく,却下するのが一 番簡単である。それを口封じすることは、組織的に、あるいは政治的に見れば都合がよい。それは必要悪と見なされるかもしれない。他の目標を達成する過程で は、本人には気の毒だが誰かが踏み台にされる必要があると考える人もいるだろう。しかし、そのようなことであればなおさら、下からの視点に発言権を与える ことは、道徳的に見て極めて重要なことである。」「公正な文化は、システムの欠陥から注意をそらすために他者を利用して権力の目標を達成しようとするもの ではない。仮にそのようなことをすれば、利用されている人達の人間性を否定し、既存の構造や取り決めなど、権力を保護するための単なる道具にしてしまうこ とになる。多くの人々は、これを倫理的でないとみなすだろうし、私たちの社会が今もなお生活の指針としているアリストテレスの正義感に反することとな る。」

2. 専門家の排除と実際に選任された委員

瀬尾医師は自ら進んで、笠貫所長に出向き「人工心肺装置作動中に脳障害が出現」「事故の原因はフィルターの閉塞」と伝え濱野委員会でも認識されました。

仮に心研を排除して委員を選任するとします。専門知識、学術的正確性を求めるのであれば、「人工心肺装置」と「脳障害」の専門家である心臓外科医と脳神 経内科医か脳神経外科医を選ぶべきでしょう。女子医大には、心研以外にも旧第一外科の呼吸器科に心臓外科医は多く所属し、第二病院(現・東医療センター) にも心臓外科のチームがありました。もちろん、脳神経内科も脳神経外科も多数いました。しかし、東間医師は、そのような専門家を除外し、麻酔科の尾崎眞教 授と循環器内科の楠元雅子教授を選任しました。

当時女子医大には、日本心臓麻酔学会理事の野村実教授が所属したいました。日本体外循環技術研究会でもシンポジストをつとめるほど人工心肺装置について も詳しかったのです。また、日本では数少ない小児心臓麻酔の専門医の高田勝美助教授は本件手術のラウンド医としてリアルタイムで現場を見ていました。しか し、委員に選任されたのは、PI(麻酔科医が呼ぶ循環器小児外科教授の通称)の使用する「10番手術室」を避けていた医師、統計学を得意とする 「Macintoshコンピューターの伝道師」と呼ばれていた「Mac.尾崎」でした。

3. 心研所属医師を選任した矛盾

もう一人の委員楠元教授は心研に所属です。東間医師の「心研に所属する医師の活動は絶対に控える」という方針と相反します。惨敗した北京オリンピック日 本代表野球チームの星野仙一監督は、敢えて指導者としては実績も評価も低い斜陽の山本浩司元広島監督と田淵幸一元ダイエー監督をコーチと迎えてスタッフを 形成しました。古い野球ファンならご存知のように、東京六大学野球時代以来の「仲良し三人組」だからです。昔から同じ境遇にある者同士は徒党を組みやす い。女子医大内にいた私には、「東間・尾崎・楠元体制」は「星野・山本・田淵体制」と同様に、心研の循環器小児外科に対して「ある共通点」があったと睨ん でいます。

3.院内事故調査委員会:「調査・報告書作成の問題点」

(1) 御座なりの関係者事情聴取

医療事故原因の真相追究は困難なものです。徹底的な調査がなければ、システムや周囲環境や複数の医療者同士の複雑な関係を充分に把握し分析、検討しなく ては判断できません。特に本件は、陰圧吸引補助脱血(VAVR)の人工心肺装置を使用したばかりでなく、小皮膚切開による低侵襲心臓手術の小児例で極めて 専門性が高い症例です。

私に対する事情聴取は数十分で一回だけで、形ばかりのものでした。「調査する側」がVAVR式人工心肺装置を見たこともない素人さんの集まりです。「調 査される側」私は後輩医師に装置操作方法を教えていた立場の人間です。元々の知識や経験の次元がまるっきり違うためどこから話をすればよいのかも分りませ ん。数カ月前の出来事であるのに、事前に資料を見る機会もなく、当日も手元に渡された資料もないため、記憶の喚起が不充分であるままに終了してしまいまし た。

(2) 無計画の人工心肺装置実地検分と非科学的判断と杜撰な記録

医療事故の調査検証のために実験が行われることもあり得ます。あらためて言及するまでもなく、科学的手法の実験は仮説を立て、その証明のために適切な方 法を設定します。方法には再現性を求められ、結果は客観的な数値で表現されます。結果の解釈は厳格に検討され、仮説の真偽を論証するのが通常です。
本件報告書作成までには、二回の人工心肺装置の実地検分実験が行われました。といっても、バケツに汲んだ水を生体に見立てた「水回路回し(まわし)」で、 実験の計画書も手順書もない子供のお遊びのようなものです。一回目は、VAVR式人工心肺装置の作動を産まれて初めて見学、二回目は、「静脈貯血槽の陽圧 化」をテーマにして、その場で思いついたことを行き当たりばったりにやってみただけです。「陽圧化」をテーマしたとはいえ、静脈血槽の「圧力測定」は行っ ていません。実地検分の記録は医事課事務員に検証の様子を録音させただけのものでした。

東京地裁での尋問。原告代理人「実地検分というのは、事前にこういう実験を行おうということで計画を立てて、陰圧の強さをこのぐらいにしようとか、吸引 ポンプの回転数を、液面の高さをどういうふうにするとか、時系列でどういうふうに変化していくのかということを、実験の手順書を作ってやったんですか。」
東間「そういうことをきちんとやればよかったと今非常に後悔していますが、そういうことはやりませんでした。」

内部報告書は、死亡原因として、「術野からの吸引ポンプの回転数を上げたままで人工心肺が作動していたことによる脱血回路内の圧上昇」が基本で「陰圧吸引補助脱血回路のフィルターの目詰まり」は促進因子と結論づけています。

人工心肺装置の静脈血槽にたまった血液の液面の上下への変化は、「送血量と脱血量の差」があると生じます。「量の引き算」の答えが0か否かですから小学 生でもわかります。ところが、作為的に一部だけを裁判に提出してきた実地検分中の録音をおこした文書を読むと、東間医師は全く分かっていません。
東間「じゃあ、こんだけ下がったね。相当、要するに間違えなく陽圧になってくるのわかりますね。」と興奮している様子。その直後の会話のやりとりで、技士は東間の意見を否定しています。
技士「(静脈貯血槽にはレギュレータにより)でも、マイナスかかってたんで」東間「うん。で、ずーとマイナスだった?動かしていない?」
技士「ずーっとマイナスだったから。おれたちはそれは動かしてないんですよ。」

後に、東間医師は、「報告書の結論には根拠はない」「『科学的ではない』といわれれば、その通りだ」[4]と開きなおっています。科学論文で、実験結果 に反する根拠のない事柄を書いた事が発覚すれば、社会問題となり学会を追放されます。一編でもそのような論文があれば、その筆者が以前に書いた論文の全て が虚偽とされてもしかたないでしょう。東間医師は大学教授でしたが、それに見合った科学的能力と知的誠実性のどちらか、または両方が欠如していたといえま す。

(3) 薬事法違反行為を無視した病院側の問題点

内部報告書の結論の「術野からの吸引ポンプの回転数を上げたままで人工心肺が作動していたことによる脱血回路内の圧上昇」という記述の誤りは、VAVR を一回でも操作したことがある医師や臨床工学技士であれば容易に分かることです。促進因子とした「陰圧吸引回路のフィルターの目詰まり」による完全閉塞が ない限り、吸引ポンプの回転数を上昇させても、圧力の異常が発生しないことは、人工心肺を回すものなら肌で感じることです。

人工心肺の事故自体の原因となったこのフィルターは、レギュレータ純正のものではありません。薬事法上適応外のガスフィルターを必要がないところに設置 していました。もともとは、別の用途で数秒間のみ使用するために購入されているものでした。しかし、事故以前に退職した技士長が人工心肺室の箱にフィル ターを保管してVAVRに使い回し再利用していたのです。さらに、取り扱い説明書を無視して一回限りの使用であるところ繰り返し使用し、これが閉塞したの です。

委員会はこの事実を知ってか、知らずか報告書には言及していません。薬事法に違反する使用が発覚すれば、病院側の管理責任が強く問われたはずです。「根拠のない」結論を出した裏にはこのような事情が強く作用したと推測されます。

(4) 医学的事実論証の問題点-結論の入れ替え

患者さんの死因は、先に示した高裁判決の「死亡原因の脳障害は、上大静脈の脱血管位置異常が原因」です。手術中に顔面、頚、肩などの上半身のみに浮腫が 現出し、脳に致命的鬱血が生じました。委員会は上半身のみに、欝血症状があらわれていたことは把握していました。「脳循環障害は人工心肺への脱血不良、と りわけ上大静脈からの脱血不良により異常な脳鬱血=脳浮腫が生じて起こったものであろうと推測される。」と記載があります。

さらに、瀬尾医師が脳障害出現を知り、上大静脈の脱血管の位置異常によることを認識したことも把握して「最終的には上大静脈からの脱血管を抜去とし、下 大静脈からのみの脱血に変更している。」と記載されています。このため、「人工心肺操作中に発生した脱血不良による脳循環不全が直接の死因と考えられるこ とから、特に上大静脈カニュレーションについて十分注意して調査した。」と記載はあります。しかし、説明がないまま「少なくとも人工心肺運転開始時には異 常なく、カニュレーション上の問題はなかったものと考えてよい。」という結論になりました。人工心肺時間は2時間30分です。

何故「上大静脈カニュレーション説」が「吸引ポンプ上昇説」に入れ替わったか。それには「根拠」以上の恣意的な力が働いたとしか推測できません。

(参考文献)
[2] 東京高等裁判所昭和48年5月30日判決 昭和47年(う)第3004号業務上過失致死被告事件.「信頼の原則」が採用されない判例のリーディングケースとして有名。
[3] シドニー・デッカー著芳賀繁監訳:第2章 失敗をとがめるべきか許すべきか.「ヒューマンエラーは裁けるか―安全で公正な文化を築くには―」64-65.東京大学出版会,2009.
[4] 出河雅彦:第4章 否定された内部調査報告書―東京女子医科大学病院心臓手術事故:専門家を排除した原因調査.ルポ 医療事故, 237-242, 朝日新書,2009

「診療研究」2011年3月号掲載

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