医療ガバナンス学会 (2024年7月29日 09:00)
この原稿はAERA dot.(2024年7月24日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/articles/-/228889?page=1
内科医
山本佳奈
2024年7月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
例えば、専門医やMRI装置、充実した品揃えの薬局までをも完備したクリニックやの設置です。なんと、1日あたり600人から700人もの患者を治療できる規模のクリニックだといいます。
また、オリンピック史上初のメンタルヘルスに特化したスペースが設置されるほか、アスリートを対象としたいじめサポートを提供する取り組みなども行われる予定となっています。パリ五輪ファーストエイドコーディネーターのダラール氏(※2) によると、「ソーシャルメディアは、選手にとって勝利の際の励みになる一方で、特に競技に負けてしまった場合、体型や体重などに関連した性差別的または人種差別的なコメントなど、残酷になりうる」とし、ネットいじめに関する啓発キャンペーンは選手を対象に行うことになるようです。
さらに、パリ五輪が行う「快楽と同意を支持する包括的な性的健康キャンペーン(※3) 」の一環として、7月と8月の五輪期間中、約1万4500人の選手とスタッフが滞在すると予想されるオリンピック村に、男性用コンドーム20万個、女性用コンドーム2万個、オーラルダム(※4)(※オーラルセックスの際に口と膣または肛門の間のバリアとして使用される、薄くて柔軟なラテックスまたはポリウレタン性の避妊具)1万個も用意される予定です。こうした性健康啓発キャンペーンに加えて、選手のために会場内に性健康検査センターを多数設置することも発表されています。
●コンドーム配布はソウル五輪から
実は、コンドームがオリンピックの選手村で配布されるようになったのは、1988年に開催されたソウル五輪に遡ります。五輪主催者側が、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)とエイズへの意識を高めるために、選手にコンドームを配布するという大々的な取り組みを行ったのが始まりだそう。それ以来、国際オリンピック委員会によって、五輪開催都市に対して、夏季および冬季のすべての大会において、コンドーム使用の取り組みを実施するよう奨励されてきました。
例えば、2016年のリオ五輪では、選手村にコンドーム自動販売機が設置されるなど、選手1人当たり42個に相当する、45万個という記録的な数のコンドームが配布されたました。2022年に開催された北京五輪でも、COVID-19による社会的距離の確保に関するルールにもかかわらず、選手村でコンドームを配布するという伝統は継承されたようです。
ちなみに、1年延期された2020年東京オリンピックでは、どうだったのでしょうか。国際オリンピック委員会による「コンドームの配布を継続するように」との要請があったこともあり、合計約15万個のコンドームが配布される予定でした。しかしながら、COVID-19パンデミック下における社会的距離の確保の必要性と新型コロナウイルス感染予防対策の結果、「選手村ではコンドームは使用せず、母国に持ち帰るように。」と選手らに指示された(※5)ことが明らかとなっています。
私自身、コンドームのことを知ったのは、中学生の保健の授業だったと記憶しています。文部科学省の「保健教育の手引き(※6)」によると、中学3年生で性感染症の予防に関して学ぶことが記載されていますが、正直、性感染症に関して習った記憶はありません。覚えていることは、モザイクがかかった中絶に関するビデオを観て、中絶はこわいものだと子どもながらに感じたことと、その後にコンドームが配布され、「きゃーきゃー」といいながら、皆で興味本位に観察したということだけです。
そのため、初めて性感染症や避妊法について学んだのは、23歳だった医学部4年生のときでした。とはいえ、これらのことが身近な問題であり、自分の身体を守るためにとても大切な知識だったのだと気がついたのはもっと後のことであり、当時は医学的な知識の一つとして得たに過ぎませんでした。
●快楽についても学ぶことなく
もちろん、セックスに関する快楽(オルガズム)についても、学校で教わることもなければ、両親から聞くこともなければ、友人と話したこともありません。自分の性欲を満たすために、自然とセルフプレジャーをするようになったのも、大学生の頃からです。セルフプレジャーをすると、性的な快感はもちろん、日常のストレスから解き放たれる快感、そして満たされた中で眠りにつくことができることを知ってしまったからです。
私が感じているこの快感は、セルフプレジャーによって得られる快感に伴うホルモンが影響しているようです。米スタンフォード大学のメディカルセンター女性性医学部長であるリア医師(※7) が、「セルフプレジャーをすると、ストレスと不安が発散される」と指摘するように、オルガズム(性的絶頂)を感じると、脳内には「オキシトシン」と「エンドルフィン」という2つのホルモンが放出されます。
「オキシトシン」というホルモンには、ストレスを軽減させ、緊張を和らげる作用があるほか、セロトニンの分泌を促す作用により、「眠りのホルモン」とも言われるメラトニンの分泌量も増えるため、心身をリラックスさせ、良質な睡眠をもたらすことにつながるのです。また、「エンドルフィン」というホルモンには、強力な鎮痛、鎮静作用があります。その効果はモルヒネの数倍とも言われるほどの作用だといいます。これら2つのホルモンの働きによって、「セルフプレジャーによって、ストレスと不安から解放され、寝つきが良くなる」というわけなのです。
こうした性的快感をも網羅した性教育は、禁欲プログラムやリスクをより重視した性教育よりも、より効果的になりうることが判明しています。オックスフォード大学のミレラ氏(※8)らによる、人々がセックスをする主な理由である性的快楽を性健康の介入(つまり性教育)に組み込むことに関連した調査の系統的レビューとメタ解析では、快楽を取り入れた介入(性教育)の方が、コンドームの使用にプラスの影響を与え、それがHIVと性感染症の減少に、直接的に影響するという証拠が得られたほか、質的には、快楽はさまざまな情報や知識に基づく態度や自尊心をも高める可能性があるという証拠が得られているのです。
パリ五輪における「快楽と同意を支持する包括的な性的健康キャンペーン(※9)」を通して、性に関する快楽をも網羅した性教育の効果が広く世間に知られるようになったとしたら、性に関すること自体がタブー視される社会も変わっていくのかもしれません。
【参照URL】
(※4)https://www.verywellhealth.com/what-are-dental-dams-906812
(※5)https://www.nikkansports.com/olympic/tokyo2020/news/202106030000164.html
(※6)https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/__icsFiles/afieldfile/2020/20200317-mxt_kensyoku-01.pdf
(※7)https://www.womenshealthmag.com/jp/wellness/a40085423/self-pleasure-20220601/#link2
(※8)https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0261034