医療ガバナンス学会 (2024年8月1日 09:00)
Tansaリポーター
中川七海
2024年8月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
公表翌日の2023年10月17日、町長の山本雅則ら町幹部が緊急説明会を開催した。そこで初めて、2021年からの2年間、PFOAで汚染された水道水を供給していたと町民に明かした。
ところが町の説明会には、重大な嘘があった。
子育て中の親たちが、すぐに察知する。
●どこかで聞いたフレーズ
円城地区に住む阿部順子は、夫の直樹とともに町の住民説明会に参加した。
町は、2022年の水質検査で1,400ナノグラム/LのPFOAを検出していたと述べた。2021年については、自ら公表しなかったが、住民から「いつからこの水を飲まされていたのか」と問われて、1,200ナノグラム/Lを記録していたと明かした。
両年のPFOA値は、国が定める目標値50ナノグラム/Lに対して、24〜28倍もの高濃度にあたる。
PFOAがいかに身体に毒か。順子は説明会が開かれる前から知っていた。
2023年6月下旬、雑誌『BIG ISSUE』に掲載されたTansaの記事を読んだ。発がん性や発達毒性を持つ化学物質「PFOA」の汚染が、大阪で起きていることを報じていた。その時は直樹と、「こんな化学物質汚染が起きたら怖いよね」と話した。
町が水道水のPFOA汚染を公表したのは、それから4カ月後のことだ。
「大阪で汚染を引き起こしたのと同じ物質を、私たちは飲んでいたの? 」
仕事が手につかない。順子はネットを開き、説明会の直前までPFOAについて調べ続けた。
肝臓がん、腎臓がん、甲状腺疾患、子どもへの発達毒性、高コレステロール・・・。健康への悪影響が、すでに米国や欧州の疫学調査で明らかになっていることを知った。
ところが、説明会で町長の山本は住民をなだめようとした。
「すぐに何か(健康影響)が出るわけではありません」
順子は思った。
「まるで、原発事故の時と同じじゃないか」
●原発事故後に吉備中央町へ
順子は夫の直樹と中学1年の息子と3人暮らしだ。町内にある自宅兼仕事場で、直樹とともに衣服ブランドを営んでいる。庭で飼う2頭の犬、ヤギやヒツジ、アヒルたちの世話も日課だ。
2011年3月に起きた東日本大震災をきっかけに、東京から吉備中央町へ引っ越してきた。2カ月前に生まれた息子のことを考えると、原発事故の影響が怖かった。安全と安心を求めて、自然豊かな吉備中央町への移住を決めた。
町内にある賃貸物件に住みながら、購入した土地の開拓を進めた。草刈りからはじめ、平地を作る。自宅を建てる段階にきたら、順子みずから設計に携わった。身体に悪い化学物質を使わないよう、建材にもこだわった。トイレはコンポストにし、自宅からの下水を庭の畑に活用できる設備を整えた。2016年には、自宅兼仕事場が完成した。
そこから7年。吉備中央町での生活にも慣れ、息子も中学生に成長した。2023年11月には、母屋の隣に作った離れの完成を控えていた。
「吉備中央町に来てよかった」
PFOA汚染の発覚は、その矢先に起きた。
●汚染を伏せた円城小からのメール
順子は円城地区の水道水汚染を知った時、PFOAを浄水器で除去できないかと考えた。10月17日、町内の別地区に住む友人の米沢早紀(仮名)に連絡して「良い浄水器を知らない? 」と尋ねた。早紀は理系の大学院を卒業しており、化学の基礎知識がある。
この順子からの連絡に、早紀は驚いた。水道水の汚染について知らなかったからだ。
町は、円城地区の住民にしか知らせていなかった。住民説明会の開催も知らせなかった。早紀は町に不審感を抱いた。
「同じ町内で起きていることなのに、なぜ役場は町内全域に知らせないの? 」
円城地区の水道汚染は、別の地区に住む早紀にとっても重大な問題だった。
高学年の娘が円城小学校に通っていた。円城小学校では水道水で給食を作っている。高濃度のPFOAが混入した水を使った給食を、娘は食べてきたことになる。
給食に水道水が使えないことだけは、10月16日の夕方に円城小学校から保護者にメールで知らされた。
しかし、その理由がPFOA汚染であることは伏せられていた。件名も「明日17日の対応」。水道水が使えないのは1日だけであるかのような書き方だ。
2023年10月16日午後5時47分
件名:飲料水について明日17日の対応
円城地区において
吉備中央町から連絡のとおり
水道水が飲めない状態です
円城小学校では給食は津賀小学校で作っていただき
児童に食べてもらいます
児童が飲む水、歯磨きなどの水は十分な量を
用意します ご安心ください
たいへんご心配をおかけしますが
十分な対応をします
なお、教職員の皆さんは飲み物等をご用意してください
早紀はこのメールを読んだ時、「工事途中に配管が壊れて水道水が出なくなったのかな」と思った。円城小学校では、建物の改修工事を行なっているからだ。毒性物質の混入だとは思いもよらなかった。
あまりに無責任な連絡だった。
●日本水道協会のホームページに
円城地区の順子からPFOA汚染について聞いた早紀は、夫の大地(仮名)とともに町の水道水について調べることにした。大地も理系の大学院を卒業している。2人とも調べものは得意だ。
PFOA汚染に関する記事をチェックし、公益社団法人日本水道協会が直近3年分の水質データを公表していることがわかった。全国の浄水場のPFOA値がホームページで公開されていた。その中から、吉備中央町の値を拾っていった。
10月18日朝、早紀はリサーチ結果を順子にメールで教えてあげた。順子は汚染を知って以来、仕事も手につかずネットでPFOAのことを調べている。
順子は早紀からのメールを受け、日本水道協会のホームページを確認した。
2022年 1,400ナノグラム/L
2021年 1,200ナノグラム/L
ここまでは、町が昨夜の説明会で示した通りだ。町は初めに2022年の値だけを公表し、住民から「いつからこの水を飲まされていたのか」と聞かれて2021年の値を明かした。
順子が驚いたのは、その先だ。
2020年のデータがあった。
説明会で町は、PFOA値を測定したのはこの2年だけで、2020年以前は計測していないと断言した。なぜ、2020年のデータがあるのか。
日本水道協会のホームページが間違っているのかもしれない。順子は日本水道協会に電話した。
電話口の担当者が言った。
「これは吉備中央町から提出されたデータです」
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2023年6月4日時点のものです。
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