医療ガバナンス学会 (2024年8月23日 09:00)
Tansaリポーター
中川七海
2024年8月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
しかも町は当初、「2020年度は測っていないから分からない」と町民に説明した。だが、実際には「800ナノグラム/L」を検出。「1ナノグラム/L」と日本水道協会に嘘の報告をし、必要な対応をとらず放置していた。
町民たちは、町への不信感を募らせていく。2020年度分のデータがあることや、その値を虚偽報告していたことが明らかになったのは、町民たちが自ら動いたからだ。
上原京子(仮名)
2023年10月16日午後5時半。2歳と6歳の息子にカレーライスを食べさせていたところに、水道水の飲用禁止を友人宅で知った義母が帰宅。京子は町の水道課に電話。化学物質が混入し始めた時期を尋ねても教えてはくれず、「すぐに身体に影響が出るものではないので大丈夫です」と言われる。給水所の開設時間の延長を訴えたが、聞き入れてはくれなかった。
小倉博司
10月16日午後5時の水道水の飲用禁止を町内放送で聞いてすぐ、町の総務課に電話。電話口の担当者は事態を知らず、話にならない。代わりに出てきた総務課長・片岡昭彦も詳細は説明せず、「身体に悪い」の一点張り。町の悠長な態度に、翌17日の住民説明会で「町の危機管理はどうなっているのか! 命を守る意識はあるのか」と追及。
米沢早紀(仮名)・米沢大地(仮名)
小学校高学年の娘を円城小学校に通わせている。高濃度のPFOAが入った水道水で作られた給食を何年も食べてきたことを思うと心配に。ともに理系の大学院を卒業しており、リサーチが得意。町が「測っていない」と町民に説明した過去の水質検査結果があることを突き止めた。
阿部順子・阿部直樹
中学1年の息子と3人暮らし。2011年の原発事故を機に、安心安全を求めて東京から移住。化学物質を使わない資材で家を建て、下水を畑に循環させられるコンポストを設置。友人の米沢早紀から、町が「測っていない」と説明した過去の水質検査結果が存在するという事実を聞く。その情報をもとに数値の出所が町自身であることを突き止め、町の水道課に伝えた。
では、汚染の原因は何なのか。その真相に近づいたのも、町民だった。
●「水がダメなら、移住しよう」
吉田全作が、円城浄水場の水道水が飲用禁止になったと知ったのは、2023年10月16日夜8時のことだった。吉備中央町にある自宅兼職場に届いた回覧で知った。
しかし、詳しい原因は書いていなかった。
全作の頭を真っ先によぎったのは、飼っている牛たちと、家族の生活だった。
全作はこの土地で「吉田牧場」を営む。長閑な高原で牛を育て、チーズや肉などの製品を全国に販売している。
吉備中央にやってきたのは、40年も前のことだ。北海道大学農学部を卒業後、東京にある会社で5年間勤めた。だが、一念発起。生まれ育った岡山に戻り、高原都市の吉備中央に辿り着いた。
新たな拠点を構えるのは大変だった。最も苦労したのが飲み水の確保だ。水道が通っていなかった。
1.5キロメートル先の沢から水を引くことにした。妻と一緒に、100メートルごとにパイプを繋ぎ、やっとのことで水が自宅兼牧場に届いた。
だが苦労は絶えない。浄水器を入れても細菌でお腹を壊したり、冬はパイプの中の水が凍ったりした。
「水がダメなら、移住しよう」
その後、水道がひかれた。2005年からは、河平ダムを水源に、円城浄水場の水が供給されるようになった。
50頭の牛たちも、全作や妻、一緒に牧場を営む息子家族も皆、この水で暮らしている。
●「牛、やめないとダメかも」
翌17日、全作は家族を工房に集めた。普段はここで、チーズなどの製品の加工をしている。
集まったのは、全作、妻、息子夫妻の4人。
牧場経営のこれからを話し合うにあたり、全作は回覧に記載のあったPFAS(PFOA、PFOS)について事前に調べていた。
摂取をやめたとしても、体内から半減するのに人体だと2〜4年、牛だと半年かかるという。
吉田牧場の牛は、円城浄水場の水で育ててきた。長年の摂取で、体内にPFASが蓄積している可能性がある。熟成タイプのチーズも販売している。今から水源を変えたとしても、今ある製品は販売できなくなるかもしれない。
後に全作は、PFAS研究で先駆的な京都大学の研究チームに、チーズなど全製品の検査を依頼。全て問題ないことがわかる。だがこの時は、先が見えない状況だった。
全作は言った。
「今後、風評被害も出ると思う。牛、やめないとダメかも」
誰も一言も発さなかった。全作は、家族を励ます意味を込めてこうも伝えた。
「創業以来、皆でここまでやってきた。また一から、立て直せるはずだ」
それでも、工房内は静まり返っていた。
●「これが汚染の原因なんじゃないの? 」
その日の夜、全作が汚染の原因を考えていると、息子がやってきた。
「ちょっと、これ見て」
Googleマップだった。「ストリートビュー」という機能を使って実際の地図画像を映しながら、息子が言った。
「河平ダムの上流に、変なものがたくさん置かれている」
確かにそこには、「黒い塊」が積まれていた。
全作は息子と共に、すぐに現地へ車を走らせた。牧場から車で2分ほどの距離だった。
「黒い塊」は巨大な黒い袋だった。いくつも積み上げられていた。
だが、暗くてよく見えない。
翌18日、明るい時間帯に、全作たちは再び黒い塊を見に行った。
昨夜はわからなかったが、袋の数は何十、何百個とあるように見えた。
黒い砂のようなものが詰め込まれていたが、袋が破れて中身は剥き出し。そこら中に黒い何かが飛び出している。木の枝や雑草が袋を突き破って出てきているものもあった。
息子は、Google ストリートビューの機能を使って過去の画像を調べた。中には、袋の下にシートが敷かれているものもあった。
「シートを敷いてるのは、袋から漏れたらヤバいものだからなんじゃない? 」
「これが汚染の原因なんじゃないの? 」
全作たちは、手に持っていたスマートフォンで写真を撮った。
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2024年6月18日時点のものです。
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