医療ガバナンス学会 (2024年8月29日 09:00)
Tansaリポーター
中川七海
2024年8月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
それでも町は、町民に対して十分な説明をしない。町民は自ら動き、過去にも高濃度を検出していた事実を突き止めた。汚染原因と見られる「黒い塊」も見つけた。一刻も早く状況を把握し、必要な対応をとりたかったが故の行動だ。
ところが町民に知らせる4日前の10月12日の時点で、岡山県が水道水の高濃度PFOA汚染に気づいていた。翌13日朝には町に連絡。さらに14日には、町の水道課に立ち入り検査まで行っていた。Tansaが岡山県への情報公開請求で入手した文書に記録されていた。
町は汚染について、県から立ち入り検査まで受けたにもかかわらず、すぐに町民に知らせなかったのだ。高濃度のPFOAで汚染された水道水の供給を続けた。
汚染を公表する前日の10月15日には、町長の山本雅則は町内の祭りに参加していた。
●保健所職員の偶然の発見
2023年10月12日、岡山県備前保健所・生活衛生課水道班の小林隆介は、県内の浄水場の水質検査結果を見返していた。
小林が注目したのは、PFASの値だ。
人体に悪影響があるPFASが全国各地の水環境から検出されているというニュースが多くなっていた。県内の浄水場から高濃度のPFASを検出したという報告を受けたことはないが、過去の値を確認した。
すると、直近の2022年度の記録に、突出した数値があった。吉備中央町にある円城浄水場だ。PFAS濃度が、1,400ナノグラム/Lだったのだ。
国が定める目標値は50ナノグラム/L。その28倍に上る値だ。だが、吉備中央町からそのような報告は受けていない。
午後4時、小林は課内に連絡を入れた。
「吉備中央町の2022年度の水道統計調査結果の円城浄水場(水源:河平ダム)の給水栓水質で、PFASの検査結果数値が1,400ナノグラム/Lとなっており、管理目標設定項目値(50ナノグラム/L)を超過している」
備考欄には、こうも記載した。
「ダムへの流入か? 投棄? 調査要」
●県が町に知らせた岐阜県各務原市の事例
翌10月13日朝9時、備前保健所・衛生課医薬班の餅川友祐が、吉備中央町の水道課に電話した。
要件は、円城浄水場から高濃度のPFASが検出されていたことについての聞き取りだ。町水道課の参事が以下のように答えた。
「PFASは、2021年度から毎年10月頃に検査している」
「PFAS検査結果は、2021年度が1,200ナノグラム/L、2022年度が1,400ナノグラム/Lである」
「消火器等の投棄が原因だと考えているが、原因者の特定はできていない」
「今年度のPFAS検査は来週ごろに採水予定」
「PFASが検出されていることについては、現在課長までが知っている」
電話を終えて少し経った正午頃、備前保健所の餅川は、聞き取り相手の参事にメールを送った。
町が高濃度を検出していたという2021年度と2022年度の水質検査結果の写しを求める内容だった。
件名:(依頼)令和3年度、令和4年度のPFOS等水質検査書写しについて
お世話になっております。備前保健所の餅川です。
先ほどお電話致しました件について、
令和3年度、令和4年度のPFOS等水質検査書の写しを送付
いただきますようお願いいたします。
また、参考に他自治体等の事例も送付致します。
よろしくお願いいたします。
添付された参考資料は、岐阜県各務原(かかみがはら)市で起きたPFAS汚染に関する、3本の記事だった。
岐阜県各務原市では、約7万2,000人が利用する水道水の水源地から高濃度のPFASが検出されていた。2020年度の調査で99ナノグラム/L、その後の検査でも最大790ナノグラム/Lを記録していたが、市はその事実を伏せていた。2023年7月に初めて公表し、市長が謝罪。知事も市の対応を批判し、メディア各社も報じた。
吉備中央町での状況と重なる上、PFAS濃度は各務原市での数値を大きく上回る。
●県の指摘「町としての危機管理体制ができていない」
翌10月14日正午。この日は土曜だが、県備前保健所の以下3人の職員が吉備中央町を訪れた。
備前保健所衛生課 課長 中尾美江
総括副参事 山縣康弘
主任 餅川友祐
目的は、町水道課への立ち入り検査だ。町水道課長の歳原雅則と参事が応対した。主に次の点を確認した。
・2021年と2022年に円城浄水場で検出したPFOAの値
・円城浄水場の水源である河平ダムの水は、水道や農業用水などに使用されている
・円城浄水場の給水エリアには、小学校が1校ある
緊急の水質検査の実施も決まり、具体的な採水地点を擦り合わせた。
その一方で、町の危機管理体制はずさんだった。立ち入り検査を行った県は、以下の通り報告書で指摘している。
・町としての危機管理体制の構築は、この段階ではできていなかった。
・町長へは話を通しているレベルであり、この時点では、16日(月)から協議が始まる様子であった。
・水道事業者としての具体的な緊急措置を検討するよう助言した。
(例)飲み水を配る、浄水器を配る、住民への説明、相談窓口の設置、など
●祭りに参加した町長
県による立ち入り検査があった翌日の10月15日。町内では「加茂大祭(かもたいさい)」が開かれた。
この祭りに、町長の山本は参加した。
加茂大祭とは、岡山三大祭りの一つだ。今から約970年前、平安時代の1050年代に、悪病を払い除けた神威に感謝するために催されたのが始まりだ。
「寄宮祭」と呼ばれ、町内8箇所の神社が総社に集まる。早朝から昼にかけて、各神社から神輿を担ぎ、太鼓や笛を鳴らしながら町内を練り歩く。集結した8つの神輿を高く掲げ、総社に差し出す「御神幸(ごじんこう)」が、最大の見せ場だ。
1959年には岡山県指定重要無形民俗文化財に指定されている。観光客も多く集い、路面には屋台が並ぶ、賑やかな祭りだ。
2023年は、4年ぶりの開催だった。新型コロナウイルスの流行によって3年間中止していたからだ。
町長の山本はこの時すでに、円城浄水場での高濃度PFOA検出により、水道課が県から立ち入り検査を受けたことを把握している。
しかし、町が水道水の汚染を町民に公表したのは、10月16日午後5時。祭りの翌日の日没前だ。
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2024年6月25日時点のものです。
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