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Vol.24171 第三次お産革命―出産費用保険適用による現物給付化とキャッシュバック

医療ガバナンス学会 (2024年9月9日 09:00)


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井上法律事務所所長、弁護士
井上清成

2024年9月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1 キャッシュバックの観測気球

2024年8月1日に厚生労働省の第2回「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」が開催され、日本産婦人科医会や日本助産師会の構成員達からのヒアリングで、「出産費用(正常分娩)等の保険適用」に対する消極的姿勢が述べられていた。要は、現在は出産育児一時金として50万円が支給されているが(実質、この出産育児一時金は直接支払制度・受取代理制度によって、事実上ほぼそのまま、産婦人科医や助産師の収入に当てられている。
つまり、出産育児一時金の引上げは、そのまま産婦人科医や助産師の増収に直結しがちであるとも言ってよい。)、それでは施設維持が大変なので、出産育児一時金を(42万円から50万円に上がったばかりではあるが)その二倍以上の100万円から140万円くらいにまで引き上げて欲しいという要望そのものであった。

そうした折の8月13日に突然、読売新聞によって、「出産診療報酬『50万円以内』、妊婦は自己負担ゼロ・現行一時金との差額支給も…政府検討」という見出しの記事がアップされたのである。その内容は、「政府は、出産費用への公的医療保険の適用を巡り、医療機関に支払われる診療報酬を原則として『50万円以内』とする方向で検討に入った。妊婦に対しては、通常の保険医療の場合にかかる3割の自己負担をゼロとすることに加え、50万円から出産費用を差し引いた額を一時金として支給することを検討している。」「出産一時金の支給も一部存続する方向だ。
現行の50万円の一時金は、出産費用が50万円を下回れば差額が妊婦の手元に残る仕組みで、家計にとっては出産だけでなく、育児費用に充てるための貴重な資金ともなっている。このため、保険適用後も、費用が50万円未満の場合は差額を一時金で支給し、制度変更の前後で不公平感が出ないよう配慮する。厚労省幹部は『保険適用はの意味合いもあり、出産を後押しする制度にしたい』としている。」などというものであった

日本産婦人科医会の内では「地方の会員から非常に心配な声が飛んで」来ているらしいし、日本産科婦人科学会の内では「あの報道が出たときは、もう学会内はもう峰の巣をつついたような騒ぎになって、もうこれ以上やっても意味がないじゃないかという意見も出」たらしい。相当にショッキングな出来事だったのであろう。

ただ、その記事は、一見して明らかなとおり、いわゆる観測気球(アドバルーン)の観測記事である。そこで、間もなく開催された第3回検討会(8月21日)の冒頭で、担当局である厚労省保険局の保険課長が、適切にその正しい部分と誤った部分とをクリアーに釈明して、一件落着となった。その釈明は、「子ども未来戦略におきましては、2026年度を目途に出産費用の保険適用の導入を含め、出産に関する支援策のさらなる導入強化について検討を進めると、こういうふうに閣議決定がされております。
それを踏まえて、この検討会において、この検討策を議論していただいているところでございますけれども、もちろん現時点において、その結論、方向性も含めてでありますけれども、決まった方針はございませんで、それはこの報道についても、こういう報道は事実ではございませんので、この点については改めて申し上げたいと思います。」というものであったのであり、正当な釈明内容であったと言ってよい。

2 現物給付化の真の意味一妊産婦の選択の自由

引き続いて行われた第3回検討会では、ひと通り、妊産婦の声を伝える者、いわゆる妊産婦の立場の構成員達から「妊産婦等の負担軽減」の観点から「自己負担無し」「費用無償化」といった趣旨の発言が繰り返された。その直後、産婦人科医側の構成員から、非常に鋭く優れた質問が、それら妊産婦らの立場の構成員ら4者に対して発せられることになる。

それは、「結局、皆さんの費用負担を少しでも安くして、安心して安全に産める環境を整えてあげるということが、保険化というもの以外の方法で達成されるならば、それでもよろしいのかどうか、あるいは保険化というものにこだわりたいのかということが一つです。この質問をちょっと是非、皆さんにお答えしていただきたい」という質問であった。非常に良質の質問であり、妊産婦の立場の構成員らの見識を試すのに手頃なレベルである。同時に、保険化の本質を顕在化させるもので、賞賛に値する質問だと評しえよう。

さて、その質問に対する回答であるが、うち3者は甚だ落胆させる程度のものに過ぎなかった。費用負担を軽減あるいは無償化すればよい、というものに過ぎなかったのである。無償化すればよい、という程度であるのならば、それは実質は、保険適用反対・現物給付化反対というに等しい。現にそのような意見の妊産婦グループも他にあるようである。

しかしながら、佐藤拓代構成員(全国妊娠SOSネットワーク)の回答だけは、グレードが異なっていた。
それは、「保険化になりますと、医療の内容の標準化ができるかというふうに思っているんですね。」「今のままだと幾らと出ても、その中にエステが含まれているのかなんとかというのも経験してみないとわからないということよりは、保険診療化していって最低限、最低限って言ったらあれですけど、ここら辺のところはレベルが一致して、それでプラスアルファ、ここのところは持ち出しで、これはサービスとして受けることができるとかいうように選ぶ選択のこのメニューといいますか、内容として、そのお産が保険診療化されていると考えやすくなるのではないかなというふうに思ったところです。」 というものである。
この回答だけは、他の3者と異なって、「現物給付化の真の意味」に言及していると評してよい。それは、複数の現物給付に「類型化」(標準化)し、妊産婦に多様な「選肢肢」を提示して、「多様なニーズ」に応じられるようにし、「妊産婦の選択の自由」に資するようにしようと意図したものだったのである。

3 パターナリズムからの脱却

現在の産科医療は、残念ながら、今もってパターナリズムが濃厚に残っているように思う。産科と美容以外の他の診療科は、すでに保険化の中で揉まれて、パターナリズムから真のインフォームドコンセントに移行して来ている。ところが、産科は今もって、昔のパターナリズムの域に止まっているように思う。 今回、保険化で問題にしているのは、「異常分娩」ではなく、「正常分娩」である。「異常分娩」ならばある程度のパターナリズムも理解しうるが、特に「正常分娩」は 「普通の、日常的な、かつ生理的な生活場面(ノーマル・ライフ・ステージ)」の典型であるので、特にパタ―ナリズムにはなじまない。

この点、妊産婦中心の市民団体である「出産ケア政策会議」では、2024年7月24日にすでに「正常分娩を保険適用の対象とする妊産婦中心の『出産保 険』制度の創設を求める提言(第2弾)」で、「現物給付化」における「標準化」(類型化)の意義を提唱していた。その第5項(「標準的な現物給付」の類型化)では、次のとおりに説明されている。
「現物給付化する趣旨には、国民の経済的負担の軽減 、給付の安全性の確保、給付の標準化(複数の類型化)という要請が込められている。適正な評価額相当での給付、第三者の専門家達が安全性を検討した上での類型化、などが行われるので、一般国民は安心して標準的な現物給付を複数の選択肢の中から選択できるのである。なお、ここで言う標準化は、画一化ではない。同様の疾病や負傷(や出産)に対して、複数の『標準的な現物給付』を設定して、むしろ『多様なニーズ』に応じるものなのである。」

さらに詳しくは、筆者の「出産費用の保険適用に関する法的論点の整理」(2024年7月9日付け、MRIC・Vol.24131)で、「そもそも公的医療保険の給付、さらに一歩進めて、 それを『現物給付化』する趣旨には、国民の経済的負担の軽減や給付の安全の確保と共に、『給付の標準化』という要請もある。安全性の確保を 第三者の専門家達が検討した上で厚労省が『標準化』を行うので、一般国民は安心して給付を受けることができよう。
なお、ここで言う『標準化』は、『画一化』ということではない 。同様の疾病や負傷(や出産)に対して複数の『標準的な現物給付』を設定して、『多様化のニーズ』に応じるものである。むしろ、往々にして自由診療の名の下に押し付けられることのある『画一的な給付』『危険な給付』『高額な給付』とは、正反対である。

そして、『多様化のニーズ』によって、複数の『標準的な現物給付』だけでなく、選定療養(たとえば、差額ベッドなど)のような『上乗せ給付』、さらには、『自由診療』(たとえば、希望による無痛分娩)を利用して対応できるようにもなっていく。
つまり、現在の『自由診療』だけの場合よりも遙かに選択肢が増えて急拡大していくのである。」 「往々にして、自由診療一辺倒は、産科医療機関が現代女性に多くの選択肢を提供することを怠り、結果としてパターナリズムに陥りやすい弊害を有している。現代女性 (妊産婦) としては、 実際にはむしろ不自由さを感じがちである。法的にも、産科の自由診療一辺倒は出産(正常分娩)が疾病でも負傷でもないことと相まって実際上、医師法に定める応招義務の対象から外れた取扱いになってしまっている。

しかし、出産の保険化によって、健康保険法の定める『標準化された現物給付』となり、 妊婦の保険証等の提示があれば産科医療機関にとってその給付が義務となる。このようにして、実際上、応招義務の対象としてしまうことが望ましいであろう。そうすれば、産科医療機関は、妊婦のインフォームドコンセントの前提として、複数の『標準化された現物給付』の多様な選択肢をあらかじめ提示しなければならなくなって来るのである。」「妊産婦の多様なニーズに対しては、今までは、ともすれば、提供者側はパターナリズムに陥りがちであった。
今後は、出産の保険化を契機に、提供者(病院、診療所のみならず、助産所も。)についても、出産場所(医療機関のみならず、助産所も自宅も。)についても、継続性(出産時のみならず、妊娠時も産後も継続的に。)についても、健康・生活相談(医療的な観点のみならず、健康・生活全般に渡って、ワンストップないし司令塔的に。)についても、産み方(帝王切開や無痛分娩のみならず、自然分娩やフリースタイルも。)についても、妊産婦の多様なニーズに対応して行くようにすべきであろう。」と解説しているので、興味のある方は参照されたい。

4 キャッシュバックの意味するところ

前述の「出産ケア政策会議」の提言第2弾の第6項「出産育児一時金の残額相当分の現金給付(キャッシュバック)」では、キャッシュバックについて、「現物給付のレセプトで出産育児一時金の残額が出てきたら、差額分については、保険組合が妊産婦に振り込む。出産育児一時金制度は存続させ、現物給付分を差し引いた残額の現金給付を行うシステムを構築すべきである。」と説明されている。これは、妊産婦の「多様なニーズ」に応じるべく、その選択肢として「キャッシュバック」を1つ増やしたものではあるが、実はそれだけに止まらない。

往々にして、医療提供者側は、産婦人科医も助産師も同一歩調で、価格を引き上げたがるものである。それは立場上、いわば当然のことでもあるので特段に非難すべきことではない。しかしながら、デマンドサイド( 需要者側)である妊産婦の側からすれば、価格が安い方が望ましいのも、当然である。ただ、保険制度においては、国・自治体または保険者の負担において「費用無償化」をしてしまうと、デマンドサイド(需要者側)からの誘引力(引力)が無くなりがちである(需要の価格弾力性が小さい)。そこで、その価格引下げへの誘引力(引力)を再生すべく、キャッシュバックを導入することが望ましい。

5 第三次お産革命

このように、妊産婦達の「多様なニーズ」に、「分娩介助」等の行為類型の面においても、自己負担無償化やキャッシュバック等の費用負担の面においても、両面で対応していくことこそが、真の「妊産婦等の支援策」と成るのである。
そして、正常分娩の保険化が真の「妊産婦等の支援策」となるのであれば、それは第一次お産革命(20世紀初頭、新産婆の登場)、第二次お産革命(1960年代、正常分娩への医師の立会い)に引き続き、第三次お産革命(正常分娩の保険適用。妊産婦中心のお産の普及)とでも称すべきものとなることであろう。

 

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