医療ガバナンス学会 (2024年10月4日 09:00)
福島県立医科大学放射線健康管理学講座
趙天辰
2024年10月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
そこで学んだことは、島根県でも多くの対策を行っていることでした。
例えば、災害時の情報伝達を迅速かつ正確に行うため、防災無線や緊急速報メール、地域ラジオ局を活用し、避難指示や災害情報をリアルタイムで提供する体制を整えていること。SNSの活用も進められ、県や市の公式アカウントからの情報発信が住民に広く受け入れられていることなどです。
また、島根県では、原子力災害に特化した対応マニュアルを地域別に作成していたことも驚きました。住民向けの防災教育プログラムも実施されており、住民が災害時に適切な行動を取れるよう、日頃からの意識啓発が図られていました。
●積極的なリーダー
調査の一環で、境港市にある竹内町で自治会長を務める伊佐治敏さんにお話を伺いました。伊佐治さんは、これまで出会ったどの地域のリーダーよりも積極的に活動されており、その情熱と責任感に深く感銘を受けました。彼の言葉の中で特に印象に残ったのは、「誰かがやらなければいけない、その使命感を持ってやっている」という言葉でした。
伊佐治さんは、地域の安全と安心を守るため、様々な活動をリードされています。竹内町では、地域住民が自らの手で安全な町づくりを進める「安全・安心ネットワーク」を設立し、このネットワークのもと、防犯、交通安全、環境美化、健康づくり、社会福祉といった幅広い分野で活動を展開しています。その中でも特に力を入れているのが防災・減災活動です。
例えば、伊佐治さんのリーダーシップのもと、竹内町では定期的にDIG(災害時図上訓練)やHUG(避難所運営訓練)といった実践的な防災訓練が行われています。これらの訓練は、住民が災害時の行動をシミュレーションし、避難経路の確認や避難所での対応を学ぶ機会を楽しく提供しています。
また、地域の要配慮者を対象にした「支え愛マップ」も積極的に推進しており、誰がどこに住んでいるかを詳細に示した地図を基に、住民同士が助け合える体制を整えています。マップには、75歳以上の高齢者が住む場所や、防災役員の住む場所が視覚的に示されており、緊急時にすぐ対応できるようになっています。
さらに、防災資材や災害用食糧の備蓄、消火栓の設置・点検、安心カプセルの配布といった実践的な防災対策も進められています。
伊佐治さんは特に「安心カプセル」を紹介してくれました。このカプセルには、緊急時に必要な医療情報を入れておき、冷蔵庫に保管することで、救急隊員が即座に活用できる仕組みです。伊佐治さんは、「先々週も認知症の方が怪我をされ、このカプセルのおかげで救急隊員に必要な情報をすぐに渡せた」と、実際の活用事例を話してくださいました。
一方で、自治会の活動は、給料や報酬が発生するものではなく、活動に必要な資金も限られているため、すべてが個人の責任感とやる気に依存しています。たとえば、毎月発行している会報「じげだより」の印刷代も、自治会や個人の負担で賄われています。伊佐治さんは、「町内610戸に配っていて、コピー代だけでも知れているが、それでもやる価値がある」と笑顔で話してくださいましたが、このような状況では、活動を続ける難しさがあると感じました。
「なぜこれほどまでに尽力できるのか」と尋ねたところ、伊佐治さんは「誰かがやらなければいけない。その使命感を持ってやっている」と繰りかえされました。こうした強い意志と行動力を持つリーダーがいるからこそ、周りの人々も共に動かされているのだと納得しました。
今回の話を通して、現在の自治会の活動が、個々のリーダーの熱意と努力に大きく依存しているという現実が浮き彫りになりました。制度的な支援が不足している中、こうした活動を継続するためには、地域全体での理解と協力、そして行政からのさらなる支援が不可欠だと強く感じています。
●個別避難対策の現状と課題と我々の役割
竹内町の防災活動の背景には、境港市特有の文化圏が関わっている部分もあります。
境港市は、松江市と比較するとより地域コミュニティが密接であり、住民同士の繋がりが強いことで知られています。この特性が防災活動においても大きな役割を果たしており、伊佐治さんがリードする防災活動では、住民同士の助け合いが重要視されています。一方で、松江市は行政の中心であり、住民が個別の役割を担うことが少なく、行政主導の活動が強調される傾向にあります。
伊佐治さんのような熱心なリーダーがいる地域では、「支え愛マップ」を作成し、地域の要支援者が災害時に適切な支援を受けられるよう、住民同士で助け合う体制が整えられています。このような取り組みは、地域の絆を深め、災害時に互いに助け合う基盤を築く上で重要です。
しかし、全国的に見ると、日本の災害対策基本法に基づく個別避難計画の作成は、制度的な支援が不足しており、非常に遅れています。特に、要配慮者に対する具体的な個別避難計画の策定が進んでいない地域が多く見られ、新聞でも度々報道されています。この問題は、単に計画の策定だけでなく、実際に避難が必要になった際の支援体制や、それを実行する人員の不足という課題とも密接に関係しています。
現在の制度では、個々のリーダーのやる気と責任感に依存している部分が大きく、これでは持続的な防災活動が難しいと言わざるをえません。たとえやる気があっても、資金や人的リソースが不足している中で、活動を続けるのは容易なことではありません。
私たちは、東日本大震災後の約13年間、放射線による健康影響や、災害後の二次的健康影響に関する研究を行ってきました。この経験から、災害時における地域の健康と安全を守るための具体的な対策を考えることができます。特に、要配慮者の避難支援において、我々が持つ専門的な知識と経験が役立つと確信しています。私たちのチームは、行政や地域コミュニティと協力し、個別避難計画の策定やその実施を支援することで、地域全体の災害対策を強化するお手伝いをしていきたいと考えています。