医療ガバナンス学会 (2024年10月8日 09:00)
Tansaリポーター
中川七海
2024年10月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
吉備中央町長の山本雅則は、一刻も早く水の供給を止めなければならない状況下で、対応を差し置き、祭りに参加した。
岡山県知事の伊原木隆太は、県庁で開かれた緊急会議に不参加。記者会見に出ても、PFOA汚染について自らは触れなかった。記者から質問されて回答したものの、あくまでも県は町をサポートする立場であることを強調した。
行政が当てにならない現実に、町民たちは自ら動くしかなかった。
●汚染を知らずに一晩
その一人が、我妻瑛子だ。
瑛子が水道水の飲用禁止を知ったのは、2023年10月17日の日中だ。近所に住む友人の上原京子(仮名)から連絡を受けた。17日の夜に町による説明会が開かれるという。
町が町内放送で飲用禁止を知らせたのは、16日の夕方。京子は自宅にいて2歳と6歳の息子に、水道水を使った夕食のカレーライスを食べさせていた。同居の義母が放送を耳にし、京子に知らせた。
だがその時間、瑛子は岡山市内に働きに出ていた。そのため、飲用禁止を知らせる町内放送を聞いていない。帰宅後も、回覧は回ってきておらず、汚染が起きていることすら知らずに一晩を越した。
京子から連絡を受けて、瑛子は説明会場に向かった。何が起きているのかを把握するためだ。
ところが、町長の山本以下、町幹部たちの説明は釈然としなかった。
「確定的な知見はありません」
「すぐに何か(健康影響)が出るわけではありません」
PFOAの危険性を伏せた。過去の汚染については町民から質問が上がるまで説明しなかった。瑛子は、町が事態をごまかそうとしているように感じた。
町民からは、質問の手が挙がり続ける。皆怒っているが、ただ感情を爆発させているだけではない。事実を明らかにするための論理的な質問が多い。それでも町はまともに答えない。
町長に至っては、「全国には、吉備中央町よりももっと高い数値が出ている地域もあります」と嘘までついた。
瑛子は「煙に巻かれたな」と感じた。
町民からの質問は止まないが、町は時間を理由に説明会を打ち切り、帰宅を促す。
瑛子は、隣に座る京子に言った。
「納得いかないね」
京子も同じ気持ちだった。
「そうだね、許せないね」
●すぐに作った署名用紙
翌18日、瑛子のもとに、京子からのLINEが届いた。
「このまま放っておいたらダメだね。作戦会議しよう」
瑛子も京子も、一晩おいて冷静になっていた。それでも町の対応が許せない気持ちは消えない。
二人が考えたのが、署名活動だ。町にきちんとした対応を求めるため、署名を集めて提出することを思いついた。瑛子は仕事の合間を縫い、ワードで署名用紙を作った。
京子からは「小倉さんに声をかけてもいいかな? 」と連絡が来た。
近所に住む、小倉博司のことだ。町が飲用禁止をアナウンスしてすぐ、町総務課長の片岡昭彦に電話で問い質した人物である。片岡は、水道水の飲用を禁止する理由を「身体に悪い」としか答えなかった。住民説明会でも、町は町民をなだめるような対応しか取らない。博司が説明会で、鋭い質問を投げかけていたのが印象的だった。
瑛子は、「立ち上がるなら、形にしないといけない」と感じていた。自分ももちろん不安だが、京子のように幼い子どもを抱え、一層不安な町民がたくさんいるはずだ。杜撰な町政を正すには、町民の団結が必要だ。瑛子は博司の参加を快諾した。
「●役場に楯突くようなことをするな! 」
瑛子も京子も、普段は働きに出ている。平日の帰宅後や土日を使って、署名用紙をポスティングしたり、インターホンを鳴らして説明に回ったりした。
「これはなんとかしなきゃね」。危機感をもち署名してくれる町民がいる一方で、活動をよく思わない町民もいた。
「誰の許可を取ってやってるんだ! 」
「私はもう高齢だから、病気になってもいいんだよ」
「こんなもの、持ってくるな! 」
ある日、署名用紙を受け取ったという町民から、京子に電話がかかってきた。署名用紙には、京子と瑛子の携帯番号を記載している。
電話は、何十年もこの町に住んでいるという町民からだった。
「役場が大丈夫って言っているんだから、楯突くようなことをするな! 」
電話を置いた後、京子は頭を抱えた。
自分たちの行動は、間違っているのだろうか。幼い子どもたちはもちろん、この町で生活してきた人たちのために、杜撰な管理をしてきた町を変えたいだけだ。
京子は結婚を機に、この町に越してきた。長くこの町に住む町民にとっては、役場に何かを訴えて事を荒立てるようなことはしたくないのかもしれない。
京子は、吉備中央町で生まれ育った博司に相談することにした。
電話をかけ事情を話すと、博司が穏やかな声で言った。
「上原さんは正しいことをやっている。たとえ反対の声があっても、動きを止めてはいけないよ」
博司は京子のことを、「幼い子どものためを思って行動を起こしている」と尊敬していた。
●山本雅則町長に1038人分の署名を提出
11月10日、瑛子と博司は役場を訪れた。この3週間で、町民たちは「円城浄水場PFAS問題有志の会」を結成。1038人分の署名を集めた。
署名提出に際し、町に対して次の2点を求めた。
・PFOA、PFOSの血液検査と健康診断を継続的に公費で行うこと
・円城地区の町民に対して、過去3年分の水道料金を返還すること
2人は町長の山本に署名を手渡し、署名を集める際に町民から聞いた話を、瑛子が伝えた。
「印象的だったのは、年配の方が、『健康のために、熱中症予防のために、水をたくさん飲んだ方がいいとお医者さんに言われて、この夏も飲んできた・・・』」
ここで瑛子は言葉を詰まらせた。なんとか声を振り絞り、続けた。
「『なのに、こんなことになってしまった』と」
取材に来ていた報道陣には、博司が町民の声を伝えた。
「『町の姿勢に怒りを覚えるし、改善してもらわねばならない』という声がありました」
そして、こう訴えた。
「町には、本当の意味で、町民に寄り添える行政体制を取ってほしい」
●「寄り添う」の裏で
博司がこう訴えたのには訳がある。
町長の山本は、これまでの住民説明会やメディアの前で、何度も「住民に寄り添う」と述べてきた。もはや、口癖のように繰り返している。だが、言葉と行動が一致していないのだ。
それどころか、町には町民に隠していることがあった。
備前保健所からPFOAの高濃度検出を指摘されて以降、町は対策本部を立ち上げ、対策本部会議を実施してきた。町長や副町長、課長クラス以上の町職員が参加し、県の職員らもオブザーバーとしてやってくるものだ。
だが会議の内容については、町長や副町長が職員らに念押ししていた。
「この会議の内容は、一切口外しないように」
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2024年7月9日時点のものです。
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