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Vol.24199 ダム上流の黒い袋から国指針9万倍のPFOA検出/中身は町外からの活性炭(シリーズ「公害PFOA」岡山・吉備中央編-9)

医療ガバナンス学会 (2024年10月21日 09:00)


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Tansaリポーター
中川七海

2024年10月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

なぜ、PFOA工場がない岡山県吉備中央町で水道水が汚染されたのか。

2023年10月16日に町が水道水汚染を公表して以来、町民は不安に苛まれてきた。町も県も汚染原因について、一切説明しない。十分な対策も取らない。町民をなだめるような文言を繰り返すだけだ。

見かねた町民は署名活動を実施。11月10日、町民で結成した「有志の会」が1038人分の署名を携え、町長の山本雅則に対して、検査の実施や水道料金の返還を求めた。

だがその裏で、県は汚染原因に迫っていた。

●牧場主のもとを訪れた県職員

話は10月17日夜に遡る。町が汚染を公表した翌日だ。

町内で牧場を営む吉田全作は、汚染原因が何かを考えていた。牧場の牛は、汚染された円城浄水場の水で育てている。後に、牧場の牛からできた製品にPFOAは含まれていないことが分かったが、この時は牧場の経営を続けられるかの瀬戸際だった。

全作の息子が、Googleマップのストリートビュー機能で、実際の地図画像を映しながら言った。

「河平ダムの上流に、変なものがたくさん置かれている」

画像では「黒い塊」が積まれている。すぐに現場へ向かったところ、巨大な黒い袋がいくつも積み上げられていた。

翌10月18日、明るい時間帯に全作たちは再び現場に赴き、黒い袋を確認した。

袋の数は、数十、数百あるように見える。黒い砂のようなものが詰め込まれていたが、袋が破れて中身は剥き出し。そこら中に黒い物質が飛び出している。

全作たちは「これが汚染の原因ではないか」と直感した。

翌19日、県職員が全作のもとを訪れた。環境管理課・化学物質対策班の総括主幹・芝文香と、主任・小山泰典だ。

汚染原因を突き止めるため、円城浄水場の周辺にある事業者を対象に、PFOAの使用歴を調べているようだった。

全作は県職員に、黒い袋について報告した。芝と小山は15分ほどで帰って行った。

●上流へ、上流へ

後日、全作は芝に電話し、黒い袋を確認したか尋ねた。芝は「今調べていますから」と答え、それ以上は何も教えてくれなかった。

その後、県職員から全作への連絡はなかった。

だが県は、着々と調査を進めていた。

複数回にわたって町内各所で水質調査を実施。円城浄水場の取水源である河平ダムから、1,100ナノグラム/Lという高濃度のPFOAを検出した。

次は、河平ダムに流れ込む川の水質を、上流へ、上流へ進みながら調べていく。上流ほど濃度が高く、最高で6万2,000ナノグラム/Lを検出した。

ただ、水質調査は行き詰まる。6万2,000ナノグラム/Lを検出した地点よりも上流を調べることができない。地表に出ている川がなかったのだ。

そこで着目したのが、全作と息子が見つけた黒い袋だった。6万2,000ナノグラム/Lを検出した地点とも近い。

県は黒い袋を調査した。黒い物質の正体は「活性炭」だと判明した。

活性炭はしばしば水中のPFOA除去に使用される。水中でPFOAを吸収するため、浄水場やPFOAを扱う企業などで重宝されている。

この活性炭がPFOA汚染の原因である可能性が高い。県は現場の活性炭を、ランダムに30箇所で採取し、濃度を調べた。活性炭を水に入れて振り、水に溶け出す濃度を測る溶出試験を実施した。

その結果、最大で450万ナノグラム/Lを検出した。国が定める目標値は、50ナノグラム/L。その9万倍に当たる濃度だった。

●汚染原因者の名前を伏せた県

水道水汚染の公表から1カ月以上が過ぎた2023年11月22日。岡山県が緊急の記者会見を開いた。

記者会見に立ったのは、知事の伊原木隆太ではなかった。循環型社会推進課長の堂本竜也ら、PFOA汚染への対応を担う課の職員4人だ。

県は、使用済み活性炭から450万ナノグラム/LのPFOAを検出したことを報告した。活性炭が置かれていたのは、河平ダムに流れ込む川の上流に近い場所だ。循環型社会推進課長の堂本が述べた。

「活性炭から溶出したPFOAが直下の土壌に移行しているものと考えられ、使用済み活性炭が発生源である可能性がさらに高まったと考えています」

町民は、テレビや新聞でこのニュースを目にした。

汚染源が分かれば、汚染の範囲が判明したり、これ以上の汚染を食い止めたりできる。

それだけではない。町民からなる有志の会は、1038人分の署名を集め、健康調査の実施と水道料金の返還を町に求めていた。それらにかかる費用を汚染原因者に求めることも可能だ。

ところが堂本は、活性炭を置いていた汚染原因者の名前を明かさなかった。

「溶出試験と水質調査の結果を同等に扱うのが適切か不明なので、因果関係の特定はできない」

溶出試験で活性炭から高濃度のPFOAが出た。水質調査でその近くを流れる川から高濃度のPFOAを検出した。だが両者の因果関係は特定できないので汚染原因者の名前は伏せる、という珍妙な理屈だった。

●契約書には「満栄工業株式会社」

だが有志の会のメンバーは、自分たちで汚染原因者を特定していた。

黒い袋が置かれていた場所が「財産区」だったからだ。

「財産区」とは、吉備中央町が採用する、地方自治法に基づいた制度だ。住民から選ばれた財産区議たちが、行政がもつ土地や施設(=財産区)の管理をし、低価格で個人や企業・団体に貸し付ける。会計のための定例議会を年1回開く。財産区の持ち主は町で、あくまでも責任者は町長だが、区議たちが運営を行う仕組みだ。

吉備中央町ではかつて、町有地の山で松茸がたくさん穫れた。その山を区画に分けた上で、財産区として町民たちに貸し出した。町民は山で獲れた松茸を販売したり、自身で食べたりした。

現在、松茸はほとんど穫ることができないが、財産区制度は継続している。例えば、地元の森林組合が平地にある財産区を木材置き場として利用している。

有志の会のメンバーには、財産区議がいた。小倉博司だ。

博司は、活性炭が置かれていた財産区の契約書を確認した。

そこには、町内のある企業の名前が書かれていた。

「満栄工業株式会社」

●100年続く地元企業

満栄工業は、古くから続く吉備中央町の企業だ。

大正10年(1921年)創業で、もともと松根油を製造していた。戦時中は、戦闘機の燃料として期待されていた。

終戦後の昭和23年(1948年)、満栄工業は日本初となるヤシ殻活性炭の製造に成功する。ヤシ殻活性炭には、化学物質を吸着させる性能がある。水の浄化剤や脱臭剤として使われる。

その後も満栄工業は活性炭事業を推し進める。ヤシ殻以外にも様々な種類の活性炭を開発、販売し、事業を拡大していった。代替わりを繰り返し、2021年には創業100周年を迎えた。

満栄工業の主軸事業の一つが、「活性炭リサイクル」だ。

化学物質が吸着した活性炭を業者から引き取り、吉備中央町と鳥取県日野町にある自社工場で熱処理する。再び化学物質を吸着できる状態にした活性炭を、業者に引き渡すという仕組みだ。

満栄工業は、PFOAが吸着した活性炭を、町外の事業者から引き取っていた。

そのPFOAが、今回の汚染を引き起こしたのだ。

=つづく
(敬称略)

※この記事の内容は、2024年7月16日時点のものです。

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