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Vol.24229 「事実誤認を重ねた国立環境研の科学者」(シリーズ「公害PFOA」岡山・吉備中央編-12)

医療ガバナンス学会 (2024年12月9日 09:06)


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Tansaリポーター
中川七海

2024年12月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

岡山県吉備中央町では、京都大研究チームの血液検査を受けた27人全員から高濃度のPFOAが検出された。2歳児も含まれていた。

町民らでつくる「有志の会」は、血液検査の結果を町長の山本雅則に提出。全町民が検査を受けられるよう要望した。

1カ月後の2024年1月20日、町は健康影響についての住民説明会を開催する。ところが、説明に立った科学者は事実と異なる情報を伝え、町民は不安になった。

●「より正しい、より確かな情報」のために町長が呼んだのは

住民説明会には、約150人が参加した。会場の広さの関係で2回に分けて実施された。

町長の山本は、冒頭の挨拶でこう述べた。

「課題に向けて町一丸となって取り組んでいるわけではございますが、多くの情報が錯綜しております。より正しい、より確かな情報を皆様方と共有することが、今後いろんな課題を克服する上で大切だと考えております」

では、その「正しい情報」を教えてくれるのは誰なのか。

登壇したのは、医師で国立環境研究所所属の科学者、中山祥嗣だ。

国立研究開発法人国立環境研究所で、環境リスク・健康領域エコチル調査コアセンター次長と曝露動態研究室室長を務める。

中山は、「国立環境研究所」のロゴが入った資料を配布し、同じスライドを投影して説明を始めた。

●「シートベルトをしなかった場合の事故リスク」を例えに

中山はまず、PFASそのものについての説明をした。物質の特徴や使いみち、国内外の規制についてだ。

だが、吉備中央町で検出されたのが、PFASの中でも特に毒性の強いPFOAであることは言わない。WHO(世界保健機関)のがん専門機関「IARC(国際がん研究機関)」は、PFOAについて「発がん性がある」と断定。最もランクの高い「グループ1」に分類している。米軍基地の周辺などを汚染しているPFOSは「発がん性の可能性がある(グループ2B)」で、PFOAより2段階低い。

町民が心配している健康への影響はどうか。

「出生体重と免疫への影響は否定できないが、その他の影響に関する証拠は不十分」

「分からないことが多い」

さらに中山は、PFOAを摂取したからといって必ず発症するわけではないと言い、こう説明した。

「今日みなさんがお帰りになるときに、シートベルトをしなかった場合、事故に遭った時に亡くなる可能性・リスクは高まりますが、すぐに事故に遭うというわけではない。それと同様に、健康影響のリスクは上がりますが、すぐに何か起こるわけではない」

PFOA製造工場の労働者については、多くの人が「健康に影響をきたしているわけではない」などと説明した。

中山は、PFOA工場で起きた凄惨な歴史を知らないのだろうか。

米国のPFOA工場では、PFOA製造ラインにいた多くの従業員たちが体調を壊した。だが、会社からはPFOAの危険性を知らされておらず、原因がわからない。従業員たちは、「テフロン熱」と呼んでいた。

1993年、米ミネソタ大学の研究者は3MのPFOA工場の従業員を調べ、PFOAの曝露と前立腺がんとの因果関係を指摘した。

デュポンの工場では1981年、PFOAの廃棄物を扱う仕事をしていた女性従業員から、右目が歪み、鼻の穴が1つの子どもが生まれた。PFOAの動物実験でみられていた症状と同じ、先天性欠損症だった。その一人だけではない。同じ工場では女性従業員7人中2人から、同じような症状の子どもが生まれた。

●「プールにインクを一滴落とした程度」

中山は、先行して検査を受けた「有志の会」の血液検査結果についてはこう説明した。

「検査の結果を分かりやすく言うと、小学校のプールにインクを一滴落とした、それぐらいしかないんです。今はすごく感度良く測れるんですけれども、あの濃度でもプールに1滴インクを落とした程度。混ざったら何色かもわからないですよね。それぐらいしかありませんので、血液の検査値に直接的に影響するということはありません」

しかし、検査を受けた27人全員が高濃度だった。平均値は171.2ナノグラム/mL。国が出した全国平均値の78倍だ。

中山は何を言っているのか。そう思っていると、別の町民からの質問に対しては異なる回答をした。

「一部の方の血液検査の結果は、一般の方よりも高い。この水を飲んだ結果だろうということは明らかだと思います」

「一方で、米国デュポン工場の周辺で飲料水のPFOAが高かった。住民たちが訴訟を起こしたが、その時の濃度と中央値で比べると、半分ぐらい」

米国では、デュポンのPFOA工場の周辺住民約7万人を対象にした調査が行われた。独立科学調査会が実施した、世界最大のPFOA疫学調査だ。その結果2012年に、PFOA曝露は妊娠高血圧症、妊娠高血圧腎症、精巣がん、腎細胞がん、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎、高コレステロールへの影響があることが証明されている。

だが、中山の説明は事実と異なる。

中山は、吉備中央町民27人の濃度はデュポン工場の周辺住民よりも低いと言ったが、実際には吉備中央町民の方が何倍も高い。

私はカバンから米国独立科学調査会の調査結果を取り出した。PFOA取材をするときはいつも持ち歩いている。その場で数値を確認した。

米国デュポン工場の周辺住民(6万9030人)
平均値:82.9ナノグラム/mL
中央値:28.2ナノグラム/mL

吉備中央町「有志の会」(27人)
平均値:171.2ナノグラム/mL
中央値:162.6ナノグラム/mL

中山の説明に対して、ある町民が疑問を呈す。

「今おっしゃった、デュポンの周りで測った血中濃度が、吉備中央町民よりも数値が倍だというのは本当ですか? 」

「有志の会」メンバーの阿部順子だった。順子は2023年10月に水道水汚染が発覚して以来、国内外の情報を集めていた。中山の事実誤認に気がついたのだ。

順子が質問していると、司会を務める町保健課長の塚田恵子が「あとから・・・」と遮ろうとする。

町長の山本も「途中なので。あとから質問の時間を取りますので」と質問を止めさせた。

だが、この点は重要だ。吉備中央町民の濃度はPFOAによる健康影響が証明された米国住民の濃度よりも低いという、事実と異なる情報を伝えたまま話を進めてはいけない。

私は「すみません、報道の者ですが」と断った上で、「事実と異なるので、今きちんと訂正した方がよいのではないでしょうか。質問ではなく、事実誤認なので」と伝えた。

すると中山は「私の言い方が間違っているのかもしれません」。

「独立科学調査会がやられたデュポン工場周辺の中央値と比べると、同じぐらいだと言えると思います」

だが、これも違う。「同じぐらい」ではなく、吉備中央町民が5.8倍高い。

中山は続ける。

「飲料水の濃度が非常に高かったリトルホッキングという地域と比べると半分」

これも違う。それに気づいた順子が「リトルホッキングでの中央値は227ナノグラム/mLだったと思うんですけど」と指摘すると、中山は言う。

「同じくらいか半分ぐらいじゃないですか」

先行して検査を受けた吉備中央町民27人の中央値は、162.6ナノグラム/mLだ。227ナノグラム/mLの半分ではない。

順子が「明らかに半分ではないですよね」と言うと、中山は「明らかに半分ではないですけど、まああの・・・」と言葉に詰まり、「約半分ですよね」と繰り返した。

会場からは苦笑いが起きる。

もう話にならない。順子は「科学者に期待する数値の表現の仕方としては納得がいかないので、言わせていただきました」と引き下がった。

●「健康影響の結果は出ないと言わざるを得ない」
住民からの挙手は止まない。

「日本の水道水の指針は50ナノグラム/L、米国の血中濃度の指針は20ナノグラム/mL。でも私たちは、1,400ナノグラム/Lを超える水道水を飲まされて、血中濃度も3桁なんです。そういう場合にどういう影響が出るのかをお尋ねしている。一般的な話ではなく、『有志の会』で測った血中濃度を見て、どういう影響が出るかを教えてください」

中山が答える。

「(飲用期間が)3年だとしたら、ほとんど影響はないだろうと考えています。10年であれば、今すぐにはわからないので計算をしたりだとか、検討が必要になると思います」

「血中濃度については、20ナノグラム/mLというのは一生この値であるということ、それから、100倍ぐらいの余裕が設けられているので、過去の濃度にもよるが、今200〜300ナノグラム/mLという場合にすぐに何か影響が出る可能性は低い」

だが町民は安心できない。説明会の前月、WHOが「PFOAの発がん性は確実」とし、発がん性のランクを最高位の「グループ1」に位置付けたのだ。中山に対して、同じ町民がこう訴えた。

「PFOAがグループ1に上がって、各国で製造や使用を禁止するということは、明らかに害がある証拠。普通に生活していたら摂取しない量を体内に取り込んでしまって不安です。何十年も調査して、影響があるのは1人だけと言われても、私たちはその1人にはなりたくない。現状を把握して今後どう影響するかの調査は絶対に必要だと思う」

中山は言う。

「皆さんのご不安はよく分かります。可能性やリスクはすごく低い、だけど自分ががんになったらそれは『0』か『1』かということもよく分かります。ですが医者として皆さんの目を見てお話しするんだったら、『心配しないで良い』と言います」

理由についてはこう述べた。

「心配すると、その他の影響が出てくる。たとえば、お母さんやお父さんが心配していると子どもに影響が出る可能性もある。お腹の中の赤ちゃんにお母さんの不安が伝わると言われてきています。そういうことも全て考えて、医者として発言するなら、ぜひもう心配せずに過ごしていただきたい。科学者としては、リスクは上がります、可能性は否定できません、としか言えません」

町民が血液検査の実施について、「円城地区住⺠1000人では足りないのか」と尋ねたときにも、中山はこう言った。

「100人〜200人程度で中央値の把握は可能である。ただし、健康影響が出るかどうかの調査をしても、結果が出ないと言わざるを得ない」

町民が「それならば、調査をやらない方がよいと先生は思うのか」と食い下がると、中山は「血中濃度と飲み水の関連については重要な研究になると考える」と述べた上で、こう続けた。

「私たちの立場は、絶対に火事場泥棒はやらない。東日本大震災の時に、研究者がいっぱい現場に入ったが、被災者に負担をかけた。結果的に、そんなに何もわかっていない。私たちは研究を始める前に、何が分かりそうかを計算するんです。たとえば、全員を採血するお金を僕が研究費として取ってきたら喜んでご協力いただけるかもしれませんが、普通は採血や調査は負担になる。ものすごく長いアンケートに答えてもらうことになる。結果の出そうにない研究は倫理的に推奨されるものではない。それでも協力していただける方が100人、200人いれば、貴重なデータは何点か取れると思う。ただし健康影響についての結果は出ないだろうと、初めから申し上げさせていただきたい」

血液検査の実施も、これまでの説明会で表明した町のスタンスと同様、否定的だった。

町民は呆れた。

「先生方はやる気がないような気がして、しょうがない。可能性が少ない、リスクがない、何もないからやっても無駄だと言って、血液検査さえもされていない」

=つづく
(敬称略)

※この記事の内容は、2024年8月6日時点のものです。

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