医療ガバナンス学会 (2024年12月17日 09:00)
ZOOMを用いた遠隔論文指導
医療ガバナンス研究所
上昌広
2024年12月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
私は、1996~1999年にかけて、東大第三内科で大学院生をやった。小川誠司医師(現京都大学教授)、神田善伸医師(現自治医科大学教授)、半下石明医師(現国立国際医療研究センター血液内科診療科長)など諸先輩に御指導いただいた。学位論文は『造血器悪性腫瘍患者におけるアスペルギルス感染症の検討』だ。
このような従来型の臨床研究のトレーニング方法が通用しなくなりつつある。それは、若手医師の労働環境が変わったからだ。
高齢化に伴い、大学病院が得意とする高度医療の需要は減り、高齢者を対象としたプライマリケアの必要性が高まった。若手医師の研修病院は、大学病院や基幹病院から、地域医療機関へとシフトした。
診療報酬の抑制が続き、東京をはじめ、固定費が高い都市部の医療機関は経営難に陥りつつある。専門医制度などで縛り付けなければ、若手医師は地方の経営状態が良好な病院で働くようになる。
医療ガバナンス研究所で学ぶ若手医師も例外ではない。卒後3年目の若手医師は3人いるが、兵庫県、秋田県、福井県で診療している。
問題は、彼らにどのようにして、臨床研究の力をつけさせるかだ。地方の病院には、大学病院ほど研究の専門家はいない。
ところが、最新のテクノロジーを使えば、地方にいながら、臨床研究のトレーニングができる。私が注目するのはZOOMの活用だ。
遠藤通意君という3年目の医師がいる。茨城県牛久出身。学生時代から医療ガバナンス研究所で「修業」した。初期研修は香川県の三豊総合病院で終え、今春から兵庫県立淡路医療センターで外科医として後期研修を始めた。現在、私がZOOMを用いて、遠隔で臨床研究を指導している。
若手医師を指導する際、臨床研究の最初の課題とするのは、症例報告と、主要医学誌に掲載された論文に対するレターを書くことだ。適切なテーマを選ぶことで、自分が担当している患者の診療に役立つからだ。モチベーションが高まる。
遠藤君とは、毎週一回一時間程度、ZOOM を介して議論する。最近はGoogle Meetを使うこともある。テーマは遠藤君が決め、予習する。予習内容は、Google Docsに書き込み、私とシェアする。当日は、一緒に論文を読みながら、論文の中身は勿論、研究テーマの歴史的背景、関係する製薬企業の特色、出版社や研究グループの特徴などを説明する。
そして、課題図書を与える。JAMAの編集長だったレスター・キング医師が書いた歴史的名著『なぜ明快に書けないのか』など、この世界で生きていくために読んでおくべき本は多い。
別の専門家に参加してもらうこともある。福島県いわき市の常磐病院の外科医である尾崎章彦医師や、南相馬市の精神科医である堀有伸医師などだ。二人とも東大医学部の後輩で、経験豊富な医師だ。彼らのコメントは、遠藤君はもちろん、私にとっても大いに勉強になった。こういう形でのMTGは、コロナパンデミックでZOOM が普及するまでは考えられなかった。
本稿では詳述しないが、ChatGPTや自動翻訳ツールを活用することで、論文作成の効率は飛躍的に向上する。近年、論文の書き方は大きく変わった。
大体、2-4週間程度で一つのレターや症例報告がまとまり、投稿する。数週間で採否の連絡がくる。
このような形で指導を始めて約2年になる。30報程度のレターや症例報告を投稿した。これまでに、症例報告1報、ランセット2報、JAMA1報、JAMA Oncology 1報が掲載された。世界の一流誌に自分の論考が掲載されると、遠藤君にとって大きな張り合いになる。
ただ、ここまで続けてくるには、様々な苦労があっただろう。若手医師は、当直や休日勤務、さらに急患対応などに当たらねばならないし、医療チームで最も若輩のため、仕事は自らの都合で調整できない。ZOOM MTGの直前に「すみません、緊急オペで今日厳しそうです」、「大変申し訳ありませんが、体力的に限界なので、延期していただかないでしょうか」などの連絡が入ることも珍しくない。
それでも遠藤君はZOOM での勉強を続けた。その粘り強さに敬意を表したい。実力は着実についている。継続は力なり。彼の益々の成長を期待している。
写真
遠藤通意君 兵庫県立淡路医療センターにて
http://expres.umin.jp/mric/mric_24235.pdf