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臨時 vol 107 「新型インフルエンザパンデミックの脅威と輸血の安全性」

医療ガバナンス学会 (2009年5月14日 08:45)


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                   信州大学先端細胞治療センター
                   下平滋隆

 国民や医療者は、新型インフルエンザ(インフルエンザA型H1N1)の警戒水準が
短期間に「フェーズ5」に引き上げられ、温暖化とグローバル化による新興感染
症の脅威が急速に拡大することを強く認識したのではないでしょうか。医療現場
はただでさえ人手不足で、限界の状態にあるのに、ゴールデンウィーク期間にお
いても、その行動計画に則った水際阻止と封じ込めの対策に追われています。
 こと血液事業において、パンデミックの脅威と輸血の安全性について考えてみ
ましょう。頻度としては少数であっても輸血を受ける患者にとって重篤な合併症
となるHIV、HBV、HCV、梅毒、ヒト白血病ウイルス(HTLV1)などの感染症は、リス
クゼロにはならなくても、日赤血液センターの検査精度を高めることで除外する
システムが構築されています。しかし、新型インフルエンザをはじめとする新興
感染症のパンデミックの脅威に対しては、献血ドナーである健常な国民の多くが
リスクに曝されても、献血ドナーの問診以外に病原のスクリーニング検査系がな
いのが実際です。海外渡航4週以内の方、インフルエンザ症状のある方、感冒や
腸炎の症状のある方の献血をご遠慮頂くような日本赤十字社からの公示がやっと
です。感染が拡大した地域の献血ドナー数が減少するだけではなく、医療者や血
液センター職員にとってもインフルエンザ罹患によるリスクの影響が危惧されま
す。リスクのある献血集団を承知の上で血液事業を継続するか、その地域の拠点
センターの業務を停止するか、難しい判断を迫られることになります。
 輸血を必要とする患者にとって、輸血によるインフルエンザA型H1N1感染のリ
スクは明らかではありませんが、事例が起こった結果として遡及調査による因果
関係の証明は世界的に必要となっています。現在、日赤血液センターでは国内10
拠点に集約化が進行しており、もし感染拡大している地域のセンターがあれば、
その分もカバーして供給を強いられる他の拠点センターには大きな負荷が掛かる
ことが想像されます。即ち新型インフルエンザのパンデミックの影響は、血液製
剤の安定供給にとって大きな脅威となり、集約化や合理化でサービスが低下して
いる地域では、供給遅延の問題が益々危惧されることになります。特に使用期限
が4日間と短い血小板は、骨髄移植をはじめとして継続的に必要とする血液疾患
治療や大量輸血を必要とする心血管系大手術や危機的出血の対応を要する高度救
命救急においては、深刻な事態になると考えます。バクスター社製の骨髄採取キッ
トの供給が突然停止した時のような国内の混乱は避けなければなりません。
 昨年、2008年1月、フィブリノゲン製剤等による薬害C型肝炎救済制度が施行さ
れ、参議院予算委員会における田中康夫参議院議員の質問に対する舛添厚生労働
相、当時の福田総理の回答から、安全対策の推進および督促が出されて不活化導
入に向けて急展開をみせていました。2008年7月、厚生労働省 薬事・食品衛生審
議会 血液事業部会運営委員会・安全技術調査合同委員会において、日本赤十字
社からは、血小板の細菌汚染を排除しえないこと、ウインドウ期の献血血液によ
るウイルス感染リスク、新興・再興感染症の対策を理由に「血小板製剤に対する
不活化の段階的(地域限定で)導入の準備」という方向が示されました
(http://www-bm.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/s0723-4.html)。厚生労働省の審議
会と日本赤十字社が不活化血小板や血漿製剤に関するプロセスの結論を先送りし
ていた矢先に、新型インフルエンザの問題が起こってきました。
 2005年、フランス領インド洋沖のレユニオン(La Reunion)島で蚊を媒介とする
チクングニャ感染症が、半年の間に3分の1の住民に拡大しました。仏血液公社
(EFS:Etablissment Francais du Sang)は、本土から移送時間を掛けても供給が
可能な赤血球と血漿の献血を停止しました。しかし、EFSは有効期限の短い血小
板について、地域限定で不活化血小板製剤の導入を迅速に決定し、製造プロセス
の修得が容易でしかも有効期限が7~10日間と長い病原体不活化血小板製剤の供
給により、島内の医療機関への影響を最小限に食い止めました。こうした経験は
現在のフランス全土の血液事業に活かされています。日本でも全国一律導入とい
う発想に拘るのではなく、フランスの事例からもパンデミックが迫る日本の血液
事業の在り方にも参考になるのではないでしょうか。
 かつて医療機関内でドナーを募って採血をして輸血をしていた時代がありまし
たが、こうした院内採血輸血が衰退した原因は、輸血後肝炎や2000年以降に日赤
血では撲滅したと宣言している致死的な輸血後GVHD(移植片対宿主病)でした。過
去の有害事象を解決するために、欧州の不活化技術を用いて院内調製することの
許認可を迅速にすすめ、それこそ地域限定でパンデミックによる輸血医療の不足
を補い、地域間の医療格差の是正に貢献できるのではないでしょうか。
 新型インフルエンザがあっという間に広がることを想定して、医療現場はその
準備に追われていますが、新型インフルエンザ陽性となった妊婦やがん患者は、
一体どこで医療を受けられるのか、厚労省はひとつでも発表したでしょうか。医
療現場はその準備に専念できるようにすべきでしょう。血液事業に関わる審議会
や血液事業者である日本赤十字社は問題が起こってからではなく、今後の対応策
を迅速に示すべきであり、医療現場はその準備に専念できるようにすべきでしょ
う。
著者ご略歴
2008年信州大学医学部附属病院輸血部准教授、先端細胞治療センター副センター
長、2009年分子細胞診療室長。1990年信州大学医学部医学科卒業。1997年信州大
学大学院医学研究科修了、医学博士。1999年~2001年米国南カリフォルニア大学
分子微生物・免疫学教室においてHCVの基礎研究に取り組む。輸血・細胞治療、
再生療法の開発研究に携わり、輸血副作用対策およびがんの樹状細胞療法を専門
とする。

 

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