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臨時 vol 105 「検討される専門家としての「家庭医」養成」

医療ガバナンス学会 (2009年5月12日 08:55)


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医師不足と医師偏在を一気に解決する切り札「家庭医」
「家庭医」養成から、患者さんと医療者の立場を超えた、みんなでつくるこれ
からの医療のかたちを提案します

国立がんセンター中央病院 病院長
土屋 了介

【 頼れるお医者さんって、どんな人? 】

「なんとなく体調が悪いけど、誰に相談すればいいの?」
「お医者さんは忙しそう、ちゃんと話を聞いてくれるかしら?」
「急に熱が出た! どうすればいいの? 救急車を呼ぶしかないの?」
「産科医不足っていうけど、安心してお産や育児のことを相談できるお医者さんが近くにいればいいのに……」
「病気がちな親のことが心配。介護のことも相談したいのだけど……」

こうした心配ごとを、ふだんの生活で、あるいはクリニックや病院にかかった
ときに感じたことはありませんか? 毎日のように、「医師不足」「地方の病院
から医師がいなくなった」「都市部でも救急のときに対応できない」といったニュー
スが飛び込んできます。

「いつでも相談できる、自分のことをよく知っていてくれるお医者さん。子ど
もや親のことも親身になって聞いてくれて、急に具合が悪くなっても落ち着いて
しっかり対応してくれるお医者さん。そんな人が近くにいればいいのに!」と誰
もが思うことでしょう。

僻地医療に取り組んでいるお医者さんなら、そういう対応が可能かもしれませ
ん。地域によっては、患者さんを全体的に診ることに熱心なお医者さんもいらっ
しゃいます。

一方「病気をしたらすぐに大病院にかかる傾向が大きいが、地域で信頼できる
かかりつけ医を見つけ、まずそこを受診しよう」と、提唱されています。しかし、
残念ながら、というより驚くことに、現在のわが国の医療において、患者さんの
疑問や不安にお応えして、「どうぞ、安心してお任せください」といえる医師が、
地域のどこにいるのかがわかるしくみは存在しません。信頼できるかかりつけ医
を探すには、手探りや口コミに頼るしかないのが現状です。

こうした多くの方々の声に対して、私は頼れる「家庭医」を、充実した教育研
修プログラムのもとで養成するしくみを提案しました。将来的には、「家庭医」
の認定制度が整い、「家庭医」であることがすぐにわかる看板を地域で見かける
ことができることも想定しています。
【 家庭医は、あなたと家族・地域を守る、頼れる専門家 】

私は昨年9月から、「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医
(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研究班」の班長として、半年の間に
医療現場で働いているさまざまな立場の医師、教育研修をしている医師、そして
将来医師になるために励んでいる医学生などと、今の医療の多くの課題について
徹底的に議論しました。

皆さんがどんな医師を望んでいるのか、という視点でこれからの医療を支える
人材をどうやって養成すればいいのか、これまでの医療や教育研修制度の問題点
や、海外の研修制度の動向を調査した上で、「頼れる医師を育てる研修制度を、
医療に関わるすべての人が力を合わせてつくりましょう」と提案し、この春、提
言書を厚生労働省はじめ関係機関に提出しました。

その中で「家庭医」を、地域の医療や健康の問題に対して、患者さんの気持ち、
家族の背景、地域の特性に応じて継続的に医療を行える「専門の職種」であると
位置づけることを提案しました。そして、家庭医を育てるために必要な養成プロ
グラムを検討しているときに、とても面白いことがわかってきたのです。
【 「家庭医」は、医師の不足と偏在を同時に解決する 】

頼れる家庭医をその地域で、しっかりした研修プログラムのもとで養成するよ
うになると、医師不足、地域や専門分野の偏在という、最近の医療をめぐる大き
な問題が、なんと同時に解決できてしまうのです。「そんなうまい話はあるのか」
と思われるかもしれません。

家庭医は、日常的に起こる健康の問題について、継続的に家庭や地域の実情に
応じた医療やケアを実践します。具体的には、小児の健診や予防接種と継続的な
健康管理、妊産婦の定期健診や産後のケア、成人の継続的な健康管理、社会的な
背景や介護のことも含めたお年寄りの健康管理、救急でよくある病気、メンタル
ヘルスケアのことなど、地域における幅広いニーズに対応します。

「地域に根ざした家庭医、つまり患者さんと家族に一番身近な医師として、自
分の能力を磨きたい」という想いと、「頼れるお医者さんに診てもらうことで、
いつでも安心の医療を受けたい」という地域住民の願いが重ね合わさったときに
初めて、医師は充実した研修環境のもとで、「家庭医」に必要な専門的な能力を
身につけることができ、「家庭医」になり得るのです。

一方で都道府県や病院ごと、専門学会ごとの定員枠や上限をあらかじめ設定し
て強制的に医師の研修先を割り振るという方法が考えられるかもしれません。偏
在の是正という面では見た目にわかりやすいやり方ですが、三つの意味で私の考
えと正反対の結果をもたらします。

つまり、
(1)一方的に割り振られた地域において、充実した研修を受けられて良い医師が育つ保証がない
(2)魅力的なプログラムを提供している医療機関での研修の機会を奪い、お互いに切磋琢磨するという研修医、指導医のやる気を削ぐ
(3)地域の住民にとっても、気のりのしない地域に割り振られた半人前の医師が、指導やバックアップ体制の整わないもとで診療されたらたまったものではない
ということです。
【 定員枠を決めて強制的に医師を配置する、「逆ウィル・ロジャース現象」の
怖さ 】

1930年代の大恐慌のとき、アメリカの映画俳優でウィル・ロジャースという人
がいました。彼はこのとき、「オクラホマ州の出稼ぎ労働者がカリフォルニア州
に移動したら、両方の州の知的レベルが上がった」といっています。

ある集団の中から1つの要素を別の集団に移すと、それぞれの平均が高くなる
現象を「ウィル・ロジャース現象」といいます。彼は1919年に故郷オクラホマか
ら西海岸に移住していますが、このことがまさに医師の研修や偏在の議論にも当
てはまります。

どういうことかというと、良い研修プログラムで熱心な研修医を集めて評判の
高いA病院、研修教育に不熱心で人気のないB病院があるとしましょう。このとき、
優秀な研修医が全国からたくさん集まるA病院から優秀な医師の卵であるC君をB
病院に移動させると、一見両方の病院の研修水準が上がったように見えるのです。

ところがこれを強制的に行うと、B病院は良い医師を育てる指導体制を整えな
くても、待っていれば医師が自然に配置されるわけですから、魅力的な病院にし
ようという動機づけがはたらかなくなります。

C君にとっては、自分で医師としての能力を向上させようとする気力が失われ
て、強制的な配置期間が過ぎたら、さっさとより教育環境の整った病院に移動し
てしまうでしょう。そしてA病院も、有能な指導医と研修環境、教育プログラム
をつくって人気を集めれば集めるほど、どこからか「天の声」でC君のような未
来ある優秀な若手を強制的に引き離されてしまうわけですから、研修教育に熱意
を込めようがありません。

職業教育は人と人のつながりで形づくられていくものですから、こうしたやり
方ではA病院の研修の質も下がってしまいます。人数や定員という見た目の帳尻
合わせだけでは、結局偏在が放置されるだけでなく、医師の人材育成のしくみそ
のものの質を落としてしまうのです。

あくまでもA病院とB病院が創意工夫して、地域性や特徴を生かした魅力的な独
自の教育プログラムを提供することでしか、偏在や医師不足の問題は解決しませ
ん。そのためには患者さんだけでなく、地域に住む住民の人たちが、「これから
の私たちの暮らしに必要なお医者さんはどんな人?」ということについて、医療
者とともに話し合いの場をもって、一緒に取り組んでいくことがとても大切にな
るのです。

今まさに医師の養成、研修のあり方についての議論が行われています。これま
での議論や提言を研究班のホームページ(http://medtrain.umin.jp)にて、一
般の方にもわかりやすい言葉や解説を交えながらご紹介しています。ぜひご覧い
ただき、これからの医療について一緒に考えてみませんか。
(今回の記事は、【gooヘルスケア】http://health.goo.ne.jp/ の中の2009
年5月7日配信「Zoomヘルスケア」で掲載された筆者の文面に、さらに加筆し
たものです)
著者紹介
土屋 了介
国立がんセンター中央病院 病院長
1970年慶應義塾大学医学部卒業。慶應病院外科、日本鋼管病院、国立がんセンター
病院でのレジデントなどを経て、1979年国立がんセンター病院外科。専門分野は
胸部外科学。2006年より現職。2008年厚生労働省「医療における安心・希望確保
のための専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研究班」班
長。良い医師を育てる新しい仕組みをいっしょに作り上げていきましょう。その
ためには、皆さんの「声」が大きな「力」になります。

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