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Vol.25001 2025年新年によせて

医療ガバナンス学会 (2025年1月1日 09:00)


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医療ガバナンス研究所
上昌広

2025年1月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

明けましておめでとうございます。新しい年を迎え、いかがお過ごしでしょうか。
2004年1月に始まったMRICは、今年で22年目を迎えます。ここまで続けることができたのは、皆様のお陰です。この場を借り、感謝申し上げます。

さて、2025年の日本の医療はどうなるでしょうか。私は、日本の医療界にとって試練の年になると思います。ただ、これまで国に依存してきた医療界が自主独立を考える好機になると見なすことも可能です。
我が国の医療の特徴は、厚労省による厳密な統制下にあることです。診療報酬は全国一律に厚労省が定め、医学部定員を通じ、医師数もコントロールしています。
これまで、厚労省は東京でも医療機関の経営を維持できる診療報酬をつけてきました。特に日本医師会への配慮から、開業医の診療報酬点数を高く設定してきました。このため、地方の医療機関、特に開業医は大きな利益をあげることができました。与野党を問わず、国会議員の後援会幹部には、地元医師会の幹部が名を連ね、政治家を支援してきました。

また、厚労省は、医師が増えると医療費が増えるという「医師誘発需要仮説」に立脚し、医学部定員数を抑制してきました。
日本の人口10万人あたりの医学部定員は7.3人(2021年)で、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中、イスラエル(6.8人)、韓国(7.3人)に次いで少なく、トップのラトビア(27.6人)の4分の1に過ぎません。医師は、ライバルとの競争に晒されることなく、「安穏」と暮らすことができました。

厚労省は、いまだに、この態度を変えていません。医師数は足りていて、「偏在」が問題と主張しています。ちなみに、2006年に発表した「医師需給に関する検討会」の報告書では、2022年には臨床に従事する医師数は、必要とされる数を超え、その後、過剰になると報告しています。こんなことは常識的にはありません。
これまでの医療界は、巨大な護送船団方式だったのですが、このシステムの雛形ができたのは高度成長期です。国民が若く、経済成長が、社会保障費の増加を上回りました。いまや、この前提は崩れました。
近年、多くの医療機関は赤字経営を余儀なくされています。例えば、2023年度、全国42の国立大学病院の経常損益は、2004年の法人化以降初めて赤字(約60億円)となりました。物価が上がり、円安が進んだため、医薬品購入費用、材料費、人件費などが上昇したためです。事態が改善する目途はなく、2024年度の赤字は約600億円と予想されています。

これは国立大学に限った話ではありません。国立大学の場合、赤字は最終的には国は補填するでしょうが、民間の病院はそうではありません。経営できなければ、撤退するしかないでしょう。真っ先に撤退するのは、物価が高い東京の中心部です。すでに東京中心部では、中小病院は撤退を完了していますが、私立大学やクリニックの経営が立ちゆかなくなるのも時間の問題です。
なぜ、こんなことになるのでしょうか。それは、物価や人件費の上昇に見合う診療報酬を厚労省が措置していないからです。
近年、我が国の経済状況は激変しています。昨年10月に日本銀行が発表した「経済・物価情勢の展望」によれば、昨年度の消費者物価指数(生鮮食品を除く)の前年比上昇率は2%台半ばです。

人件費も同様です。厚労省の「令和6年民間主要企業春期賃上げ要求・妥結状況」によると、資本金10億円以上かつ従業員1,000人以上の企業348社における平均賃上げ率は5.3%で、前年の3.6%から1.7ポイント増加しています。

円安も進みました。昨年1月1日のドル円相場は140円92銭で取引が始まりましたが、本稿を執筆している12月23日現在は、156円37銭です。実に9.9%も下がりました。この結果、医薬品や検査キットなどの輸入価格が上昇しました。
ところが、診療報酬は据え置かれています。昨年の診療報酬改定では、「診療報酬本体」は0.88%引き上げられましたが、0.61%は職員の給与アップに充てられたので、医療機関の経営への貢献は微々たるものです。

政府にお金がない訳ではありません。インフレは、国家にとって好都合という側面もあります。インフレに伴い、税収が増加するからです。消費税や法人税、所得税の課税対象額が増加するため、政府の税収は増えます。所得税や一部の住民税など累進課税の場合、その傾向は顕著です。
我が国の税収は、2023年度は約72兆円で4年連続、過去最高を記録しました。2020年度の約61兆円から11兆円も増加しています。
これが、国民民主党などが「103万円の壁」の是正を求める理由です。玉木雄一郎党首は「課税限度額を引き上げ、税収が減っても、十分に賄えるはず」との主張を繰り返しています。

診療報酬を増額するのも、「103万円の壁」を是正するのも、財政上の観点からは、本来同じはずです。ところが、政治コストは全く違います。国民から、「医療制度を維持するために、診療報酬を増やすべきだ」という声が出ることはないでしょうし、次の選挙を考えれば、日本医師会の組織内候補以外で、このような主張をする政治家はいないでしょう。日本医師会をはじめ、日本の医療界が信頼されていないからです。多くの国民は、日本医師会について、「政府に診療報酬の増額を要求する圧力団体」としか考えていません。これは不幸なことです。

国民皆保険制度に象徴される公的医療の枠組を守ることは、我が国にとって重要な課題です。ところが、現状のままでは、早晩、公的医療は崩壊します。経済的に維持できないからです。若手医師が、公的医療を離れ、美容医療に進むのは、彼らが楽をして、お金を儲けたいからではありません。仕組みが機能しなくなっているからです。
どうすれば、公的医療を維持できるのでしょうか。日本医師会をはじめとした、医療界の在り方を変える必要があります。また、「混合診療禁止」に象徴される国家による価格統制や、全国均一の診療報酬体系などにも「メス」を入れる必要があるでしょう。さらに、このような統制を主導している厚労省、特に医系技官の在り方も変わらねばなりません。

そのためには、我々は試行錯誤を繰り返し、それに基づき、合理的な議論を積み重ねる必要があります。私は、このような議論をするプラットフォームとして、MRICがお役に立てればと願っています。「ここが問題だ」「こうすればよくなる」という現場からの御寄稿をお待ちしています。本年も宜しくお願い申し上げます。

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