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Vol.25002 人気のGLP-1 受容体作動薬、楽しみがなくなるって本当!?

医療ガバナンス学会 (2025年1月6日 09:00)


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米国ボストン在住内科医師
大西睦子

2025年1月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

先日、私の外来を受診したKさんが、GLP-1 受容体作動薬の治療を始めるにあたり「噂で、この薬を使うと、食べたり飲んだりすることの楽しみがなくなり、性欲も減ると聞きました。本当ですか?」と心配ごとを打ち明けてくれました。

実際、米国ではオゼンピックや マンジャロなどの GLP-1 受容体作動薬が、2型糖尿病や体重管理に有効という事実とは別に、これまで楽しんでいた活動の熱意や興味の低下に影響するのではないかと噂が広がっています。本当のところ、どうなのでしょうか?

●「オゼンピックパーソナリティ」とは

そもそも血糖値は感情のバランスに影響するため、一般的に、GLP-1 受容体作動薬は、血糖値をより安定にして、気分を安定にすると考えられています。さらに、GLP-1 受容体作動薬は、脳の炎症を減らし、性欲の高まりや思考の明晰化など、感情的にも心理的にも良い変化があると考えられています。また炎症が慢性化すると、疲労、エネルギー不足や関節痛などのさまざまな症状が現れるので、それらへの効果も示唆されています。

一方米国では、科学的証拠はないものの、メデイアを通じて、GLP-1 受容体作動薬の副作用として「オゼンピックパーソナリティ」という言葉に、一部の注目が集まっています。ソーシャルメディアを通じて、「落ち着きがなくなり、まるで元気がなくなったように感じる」「性欲が低下し、イライラする、つまらい」「不安や抑うつ感が増えた」などの体験談が拡散しています。

●GLP-1 受容体作動薬はテストステロンに影響するか

肥満はテストステロンを低下させる要因の 1 つで、減量は太りすぎの男性のテストステロン改善に役立ちます。ただしGLP-1 受容体作動薬が、テストステロンにどのように影響するか明らかではありません。そこで最近、さまざまな研究が進んでいます。

広西医科大学の研究者らによる2024年3月の報告によると、肥満の雄マウスの実験では、リラグルチドというGLP-1 受容体作動薬の治療で、マウスの体重が減り、性ホルモンレベルと精液の質が改善し、生殖機能が向上しました(1)。また、スロベニアのリュブリャナ大学医療センターの研究者らの発表によると、小規模な調査(平均年齢 50 [46 ~ 60] 歳、BMI 35.9 [32.8 ~ 38.7]:男性 25 人)の結果、GLP-1 受容体作動薬のセマグルチドは、2 型糖尿病および肥満の精子の形態、総テストステロン値、性腺機能低下症の症状を大幅に改善しました(2)。

一方、2024年にテキサス大学医学部の研究者らは、糖尿病ではない男性でセマグルチドを投与した人は、勃起不全と低テストステロンを発症する割合が高いことを報告しています。ただし、全体的な割合は低く、テストステロン欠乏症と診断されたのは3.8%で、勃起不全は1.4%でした(3)。

GLP-1 受容体作動薬のテストステロンに及ぼす影響は、今後さらに研究が進むと思います。GLP-1 受容体作動薬を使いながら、健康的なテストステロンを維持するには、筋肉をつけ、脂肪を減らすことも鍵でしょう。

●GLP-1 受容体作動薬は心に何をもたらすか

2型糖尿病や肥満のためセマグルチドで治療をした患者が、「うつ、自殺念慮、自殺行為がみられた」という市販後調査報告がありました。この報告を受けて、米食品医薬品局(FDA)(4)と欧州医薬品庁はともに、セマグルチドや類似薬のメンタルヘルスへの安全性を積極的に監視しています。

この問題を複雑にしているのは、これまでの多くの研究により、肥満や2型糖尿病とメンタルヘルスには複雑な関係があることが示されているからです。例えば、米国医師会雑誌の報告(5)によると、うつ病と肥満の間には双方向の関連性があります。肥満の人は時間の経過とともにうつ病を発症するリスクが 55% 、うつ病の人は肥満になるリスクが 58% 高まりました。ここでは、炎症が肥満とうつ病の両方に役割を果たしていること、太りすぎであるという認識は、心理的苦痛を高めることなどが議論されています。

また、米疾病予防管理センター(CDC)によると、糖尿病患者は、糖尿病のない人に比べてうつ病になる可能性が 2 ~ 3 倍高まります。ただし糖尿病患者でうつ病と診断され治療を受けているのは、わずか 25 ~ 50% です

そのような中、ペンシルバニア大学の研究者らによる、2024年9月の米医師会雑誌の報告によると、GLP-1 受容体作動薬がうつ病や自殺行為のリスクを高めないことがわかりました(7) (8)。

研究者らは、臨床試験の参加者 3,500 人以上を分析した結果、GLP-1 受容体作動薬を使用している人において、メンタルヘルスの問題のリスクは増加しませんでした。

治療中に自殺念慮や自殺行為を報告した参加者は 1% 以下であり、セマグルチド 2.4 mg とプラセボの間に差はありませんでした。さらに、治療中専門家による評価を必要とするようなうつ病を報告した参加者は、セマグルチドを投与された参加者ではわずか 2.8% であったのに対し、プラセボを投与された参加者では 4.1% でした。これらの割合は、一般集団におけるうつ病のリスクと一致しています。

●GLP-1 受容体作動薬は、食べ物との関係を変える

患者さんから「間食が減り、ヘルシーな食事を楽しむようになりました。ライフスタイルが切り替わり、とても満足している」という話をよく耳にします。実は、GLP-1 受容体作動薬の治療は、全体的に食べる量が減るだけでなく嗜好を変えます。特にスナック、甘い飲み物、菓子類の摂取量が減り、果物、野菜、豆類、鶏肉、魚などの自然食品を好んでより多く食べるようになります。

こんな状況の中、米国の食品業界は、「GLP-1 受容体作動薬の使用の急増は、消費者の食品の好みや購買行動を劇的に変えるだろう。食欲が減退し、高脂肪食品や超加工食品への欲求が減る」と予想しています。

ニューヨークタイムズ(N Y T)(2024年11月19日)(9)は「オゼンピックはジャンクフード業界を壊滅させる可能性がある。しかし、(ジャンクフード業界は)反撃している。革新的な減量薬が消費者の超加工食品離れを招いている中、業界は新製品を求めている」と報道しています。以下N Y Tより:

大手食品会社は数十年にわたり、食べるのを止められない人々を対象に商品を販売してきたが、今や突如、彼らは食べるのを止められるようになった・・・

現在、約700万人の米国人がGLP-1薬を服用しており、モルガン・スタンレーは、2035年までに米国の使用者数は2,400万人にまで拡大すると推定している。これは米国のベジタリアンやビーガンの数の2倍以上であり、そこからさらに増える余地は十分にある。1億人以上の米国成人が肥満であり、これらの薬は最終的には糖尿病や肥満でない人々にも展開されるかもしれない。なぜなら、これらの薬は食物以外の依存症も抑えるようで、コカイン、アルコール、タバコへの耐性を高めるようだからである。研究はまだ初期段階だが、脳卒中、心臓病、腎臓病からアルツハイマー病、パーキンソン病まで、あらゆるリスクを軽減できる可能性がある。

数千万人が1日あたり約1,000カロリー(男性に推奨される最低摂取量の半分)まで摂取カロリーを削減する見通しは、業界を不安にさせている・・・

GLP-1 受容体作動薬が、食べ物との関係を変えるメカニズムとして、脳のドーパミンや「報酬系」の変化が考えられています。今後、さらに研究が進むでしょう。

以上、GLP-1 受容体作動薬で、楽しみがなくなるということは科学的な根拠はありません。ただし、治療による反応や経験は人それぞれです。信頼できる医療専門家のアドバイスを受けながら治療を進めましょう。
(1) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38509558/
(2) https://www.endocrine-abstracts.org/ea/0099/ea0099oc12.5
(3) https://academic.oup.com/jsm/article/21/Supplement_1/qdae001.148/7600659?login=false
(4) https://www.fda.gov/drugs/drug-safety-and-availability/update-fdas-ongoing-evaluation-reports-suicidal-thoughts-or-actions-patients-taking-certain-type
(5) https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/fullarticle/210608
(6) https://www.cdc.gov/diabetes/living-with/mental-health.html
(7) https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2823084?resultClick=1
(8) https://www.pennmedicine.org/news/news-releases/2024/september/semaglutide-and-mental-health
(9) https://www.nytimes.com/2024/11/19/magazine/ozempic-junk-food.html

 

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