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Vol.25019 韓国の一極集中社会及びそれに伴う少子化問題と教育課題

医療ガバナンス学会 (2025年1月31日 09:00)


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加藤 華

2025年1月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2024年年末、私は韓国人の夫と韓国で結婚式を挙げた。
大変感謝すべきことに、大学時代にお世話になった上昌広医師をはじめ医療ガバナンス研究所の皆様がはるばる日本から参加してくださった。

結婚式前日、私が韓国で暮らしながら見聞きした社会問題や今後の展望についてお話しする機会があった。韓国は戦後、急速な経済発展を遂げたが、人々の文化的価値観や社会構造の変化はこれに追いつかず、少子化や社会的格差といった問題が深刻化している。韓国社会における少子化の背景を、経済的要因、不動産問題、教育問題、医療問題の観点から取り上げ、大変有意義な議論をすることができたので本稿でご紹介したい。

1.韓国社会の概要

韓国の合計特殊出生率は2022年に0.78と報告されており、世界最低を記録している。我が国も近年出生率の低下傾向が続いており、2022年には1.26を記録した。他の先進国同様、人口維持に必要とされる2.1を大幅に下回っている。この問題は人口減少という点だけでなく、社会の構造そのものを揺るがす深刻な課題となっている。

韓国社会では、有名大学への進学と大企業への就職を人生の成功と見なす傾向が強い。この背景には、親世代の貧困経験と安全欲求の強化がある。また、政府による就職支援金政策の影響で長期的な就職浪人が増加し、中小企業が軽視される状況が続いている。勤務条件や福祉の面で大企業と中小企業では大きな格差があり、中小企業であれば意味がないと、十年以上就職活動を継続して定職に就かない若者も多い。
政府も多額の就職支援金を拠出しているため、低賃金で朝から晩まで働くより、お金をもらって勉強をして大企業に入ろうと考えるのだ。実際親世代はサムソンやヒョンデなどの財閥系企業への絶対的信頼があり、子どもが既にある程度名の知れた企業に就職していても、さらに大手の企業に転職できるようにもっと勉強しろと圧迫する。

2.不動産問題と首都集中化

非婚率や出生率の上昇に大きく関連している問題の一つに不動産がある。教育、文化、職業など生活に関連するすべての要素が集中しているソウル近郊の平均マンション分譲価格は数億円を優に超える。地方での生活インフラの不足や文化・教育格差は首都圏への一極集中をさらに助長しており、地方都市の衰退と相対的にソウルの住宅価格は上昇し続けている。

また韓国には“ジョンセ“という数千万~数億円という高額な保証金を家主に預ける代わりに、毎月の家賃を払わずに住むことができ、退去時に保証金全額を返却してもらえるという制度がある。家主は保証金を基にさらに違う家を購入したり、株式に投資したりして自身の資産を増やしていく。しかしこの制度は不動産価格が上昇し続けることを前提とした制度だ。
近年、不動産価格が下落して家主が保証金を返却できず破産するケースが多発している。その場合居住者は巨額の資金を失い、家も失い、泣き寝入りするしかない。韓国で発生した最大のジョンセ詐欺では1人の家主から1,000人以上の被害者が発生し、被害総額は数十億円に達し、多くの自殺者が出た。それゆえ韓国の2030世代は常日頃から「早く良い企業に就職してお金を貯めて家を買え」という親や親族・恋人の圧迫を受けている。このように不動産価格の高騰は若年層の住宅購入を困難にし、“ジョンセ“制度の普及が韓国の人々の安全欲求をさらに強化する要因となっている。

簡単に言えば、韓国では結婚は二の次であり、就職に成功し、家を買うことができるようになったらするものだ。特に男性の場合、2年弱の兵役の関係上、大学卒業時点で25歳だ。有名大学を卒業してもすぐに望んだ企業に就職することは容易ではない。競争相手は同年代だけではなく就職浪人や転職者も多いからだ。就職と転職を繰り返し、自宅を購入するための資金を集めて結婚を考える頃にはたいてい30代後半か40代になっている。晩婚化や少子化が進むのはやむを得ないのだ。

3.少子化・教育問題

結婚して子供を産んでも多くの困難が付きまとう。出産後の高額な産後ケア施設の利用や、英語幼稚園をはじめとする私教育費の負担が、結婚・出産をためらわせる要因となっている。特にソウルではどこの産後ケア施設に入るのか、どの英語幼稚園に子供を通わせるか等がステータスとなり、人脈作りの場となったりするのだという。

加えて2022年の統計では、ソウルに居住する学生1人の私教育費は月平均98万ウォン(約10.7万円)に達したことが分かった(Kim, 2024)。ソウルに居住する平均所得の家庭で、高校生2人がいる4人世帯では、毎月全所得の38.4%を私教育費で支出すると試算されている(Kim, 2024)。この教育熱は社会的承認欲求と結びついており、少子化を加速させる原因となっている。

4.解決策はあるのか?

夫と私は韓国で結婚することや子供を産み育てることについて真剣に考えていたため、交際当初から少子化や不動産問題について熱く議論してきた。しかし私たちは有効と思える解決策を見つけることはできなかった。夫は自国の状況を皮肉りながら、「ソウルにミサイルが落とされて壊滅するしか韓国に未来はない」と言った。

上医師はまず、「韓国の人口サイズとGDPに占める輸出の割合がこれらの社会問題の根源となっている」と指摘した。韓国の人口はおよそ5120万人。また韓国のGDPに占める輸出の割合は2012年には56.3%、2023年にも42.5%となっており、これは日本(20.8%)の2倍以上である。GDPに占める輸出の割合が高いこと自体は経済の成長や国際的な競争力を示すポジティブな面もあるが、外国市場の需要に依存しているという面もある。
実際、韓国はリーマンショックやコロナ禍などの世界的経済危機の際に輸出が減少しGDP成長率が低下した。そして輸出産業が成長しても、国内消費や中小企業の雇用機会が不足し、国民の生活向上につながらないというのが実情だ。上医師は「イギリスなどの例から見ても、世界の大国として安定した経済と国政を持つためには少なくとも7000-8000万人程度の人口が必要である」と指摘し、「もし韓国国内からの解決策が見いだされないのであれば、2500万人以上の人口を持つ北朝鮮との統一も韓国の新たなる未来を切り開く一手ではないか」というご意見だった。

私は今まで一度も南北統一について積極的に考えたことがなく、どちらかといえば反対派であった。それは当該国の政治体制に対する漠然とした拒否感からであって、どのようなメリットがあるのかを真剣に考えたことがなかったからだ。南北朝鮮は同じ民族であり、同じ外見、同じ言語、同じ文化を共有しているため、他国から移民を受け入れるよりも得策だ。上医師が述べるように、現在韓国が抱える大多数の社会問題の本質は少ない人口と国内消費であり、韓国が今後100年200年を見据えて対策を打ち出すのであれば南北統一という方法は大変有益な方法である。

またバースハーモニー美しが丘助産院で助産師として活動されている近藤優実さんは、お産の視点から見た少子化問題の解決策を提案してくださった。ここ数年、日本や韓国では無痛分娩や帝王切開での出産が急増している。妊産婦の立場では出産休暇を計画的に取得できるという点や、長時間の陣痛に耐えなくてよいというメリットがある。また出産の短時間化や人件費の削減が可能になるため国や病院も積極的に計画分娩を推奨している。
しかしながら、それらの分娩では「母親の子宮収縮が不十分になるケースが多く、母親が産後うつ病に苦しめられる可能性が高くなる」というのだ。近藤さん曰く、長時間陣痛に耐え自然分娩をした妊婦は、どんなに辛かったとしてもまた子供を産みたいという母親が多いそうだ。計画分娩のメリットだけでなくデメリットについても広く知らせていくと同時に、既に子供がいる家庭で2人目3人目を産みたい!と思ってもらうための政策が必要だということに気が付かされた。

また福島県立医科大学の趙天辰さんは中国の政策を基に加熱する教育問題への解決策を提案してくださった。ここ数年、中国政府は私教育費の高騰と少子化に対処するため、大学入試における主要5教科の配点を減らし体育や美術の配点を増やす、教育塾の運営を禁止するなどの大胆な政策を打ち出している。中国という特別な国だからこそ実行可能な政策ではあるが、このように一見独裁的にも思える強力な政治家が必要なのかもしれない、というご意見だった。実際に韓国でもユンソンニョル大統領が、教育関連団体から非常に大きな批判を浴びながらも大学入試問題の難易度を下げるという政策を行った。
昨今の戒厳令の件で騒がしいが、私はユン大統領を教育問題をはじめ韓国のあらゆる社会問題に非常に勇敢に立ち向かった人物であると評価している。ユン大統領はまた韓国の深刻な医療格差や医師不足に対処するために医学部の定員増や地方医療拡充を行ったが、医師団体や各大学病院及び医学部の強い反発とストライキに見舞われ、医療現場の混乱は現在に至るまで続いている。国民の感情を利用して対立を煽ぐ政治体制、そして未熟な国民性と強化され続ける安全欲求によって、少子化・教育・医療いずれの問題も解決は困難を極めている。

続くレポートでは韓国の医療インフラ問題について取り上げ、その歴史的背景と根本的な原因についてご紹介したい。
Reference
Kim, J. (2024). Average monthly private education expenses per person in Seoul is 980,000 won… effectively a quasi-tax. Financial Today. Retrieved from https://www.ftoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=320781

 

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