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Vol.25021 封鎖から流入へ:アメリカユーザーと中国SNSの新たな衝突

医療ガバナンス学会 (2025年2月4日 09:00)


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特定非営利活動法人 医療ガバナンス研究所 インターン
東京大学大学院 医学系研究科 研究生
古麗妃熱・吐爾遜(Gulfira Tursun)

2025年2月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.デジタル世界における“移住”の喧騒

2025年1月19日、TikTok

するアメリカ合衆国の法律が発行しました。デジタル時代に深刻な影響を与える「爆弾」が投じられたといっても過言ではありません。(大統領令により75日間の適用延長中)

TikTokは、世界で最も人気のあるショート動画プラットフォームの一つであり、多くの若者の日常生活に不可欠な存在となっています。今回の禁止令は、多くの人々に怒りと無力感をもたらしこしました。政策の強制力の中、一部のアメリカユーザーは表現の自由とネットワーキングへの渇望を示すために、建設的な反抗として中国のSNSプラットフォーム、たとえば「小紅書(RED)」や「中国版抖音(Douyin)」に“移住”しました。

⚫︎小紅書:賑やかな「デジタル新天地」
海外のネットユーザーが流入したことで、「小紅書」は短期間で世界中から注目される焦点となりました。多くの新規ユーザーは、次のようなユニークな方法で“移住生活”を展開しています。

◆中国共産党の「入党申請書」を模倣して「ネット利用申請書」を書き、小紅書の文化・ルールへの適応力を誇示。

◆自発的に中国語を使った投稿、コメントに加え、外国語レッスン等により前例のない交流の場を創出。

◆政策を揶揄するようなスローガンやショート動画の創作。例えば「Make Red Book Great Again(小紅書を再び偉大に)」など。

中国では現在、こうして「TikTok難民」「アメリカネット移民が小紅書に殺到」「ネット利用申請書」といった、ユニークで興味深いネット文化交流のうねりと賑わいの中にあります。

2.光と陰:インターネットの開放姿勢と内なる抑制

ところがその一方、中国国内では、主に医療改革に起因する社会不安が高まっています。

「医療改革」と称して輸入医薬品が厳しく制限されたことで、医師は限られたリソースでハイリスクな治療を行わざるを得なくなりました。効果の不十分な代替医薬品の使用を迫られたり、手術用麻酔薬が不足していたりします。ある代表委員は公開の場で「麻酔薬で患者を完全に眠らせられない」と改革を訴えましたが、その声は何ら波風を立てることなく静寂の中に消えていきました。

こうして医療改革が広く国内不安を引き起こす中、声を上げようとする市民や医師の言動は抑圧されています。

国際的なユーザーが「小紅書」の開放性や楽しさ、創意工夫に感嘆する一方で、国内では生活や生命に密接した多くの話題が、鎮められたり隠されたりしているのです。この光と陰、二重の現象を目の当たりにすると、表面的には賑やかに見えるデジタル文化の輸出さえ、極めて皮肉に映ります。

3.「娯楽」から「監視」へ:インターネット時代の二重の宿命

中国のインターネットユーザーとして、私は中国国内の特殊ルールを実体験してきました。

パソコン画面に表示される「404」(not found)の記号は、私たち中国国民にとって見慣れたものとなっています。ジョージ・オーウェルの『1984年』で言及される「記録の穴」を想起せざるを得ません。一部の内容は技術的に選別され、完全に消去されます。

重要な問題が議論の場に上がる前に静かに消され、あるいは理性的な議題でも「影響拡大の可能性」を理由に棚上げされます。表向き「秩序」「情報安全」の名の下でなされています。

徹底かつ成熟した「検閲文化」です。

そして今、海外ユーザーの流入に伴い、検閲文化が小紅書のような後進プラットフォームにも及んでいます。

当初は流入を歓迎していた小紅書ですが、その後すぐに戦略を修正する必要に迫られました。現在、小紅書の投稿審査は以前よりも長くなり、より敏感かつ厳格な基準が適用されています。国外ユーザーの注目を引きつける努力の傍で、不安や矛盾が見え隠れします。

ジョージ・オーウェルが、監視社会や全体主義的な権力による管理統制を表す省庁として描いた「ビッグブラザー」の影は、ますます現実化しつつあります。技術的支配と文化的統制という二重のロジックが、存在感を強めています。

⚫︎海外ユーザーは自由を掲げつつも、実際には商業アルゴリズムやビッグデータによる目に見えない支配を回避できていません。
⚫︎国内ユーザーは個人的な表現の場を求める一方で、強化され続ける検閲のロジックにより、公共的議論の空間を次第に奪われています。

4.機会と反省:中国SNSは未来にどう向き合うべきか

ニール・ポストマンはその著書『Entertainment and the American Mind(邦訳:娯楽至死の社会)』において、「私たちは情報不足による混乱ではなく、過剰な情報と意味の喪失による破滅に直面する」と述べました。

今回の海外ユーザーの流入が引き起こした喧騒は、まさにこの警鐘を証明しています。

多くの新規ユーザーが「小紅書」や「中国版抖音」に活気をもたらしましたが、その結果、プラットフォームは断片化し、娯楽中心の浅い内容が主流化する傾向が高まりました。

これでは深みがあり責任感のある議論を生み出すのがさらに難しくなります。娯楽は感情の逃避先を与える一方で、自分たちの現状を再考する能力を弱める可能性もあります。

(1)グローバル化と検閲のバランス
中国のSNSプラットフォームにとって、国際ユーザーの注目を引きつけることは、大きな可能性を秘めた実験です。文化と技術を融合させ、従来の閉鎖的印象を変え、より開かれた対話の場を築くことが求められています。しかし、いかにして検閲への過剰な依存を緩和しつつ、外部の流入によって本質的問題が隠されることのないようにするかは、大きな課題です。

(2)外部の視線と「真実感」の欠如

グローバル化は、単なる輸出入の関係ではなく、双方向の理解を伴うものです。中国のSNSプラットフォームにとって、豊かで魅力的なデジタルコンテンツの追求は重要ですが、国内で起きている現実的な問題を直視し、認めることはさらに重要です。麻酔薬の不足や医療改革を巡る社会的不安といった問題は、本来なら中国SNSにおいて深く広く議論がなされるべきものでしょう。それを隠そうとする行為は、かえって世界のユーザーの疑念を深めるリスクがあります。

(3)情報時代の責任感

ポストマンの警鐘を再考するならば、グローバルなSNSプラットフォームの意義は、単にデータの集積や娯楽の提供にとどまるべきではありません。ユーザーが「意味」を構築するための土壌を提供する責務があるということです。この責任感の有無と覚悟が、小紅書や抖音が人類の知恵を映す「世界の書」としての役割を果たし続けられるか、それとも単なる「新しい娯楽の幻影」にとどまるかを決定づけるのです。

5.結語:開放と沈黙の狭間にあるデジタル文明の行方

TikTokの禁止令を発端とするデジタル移住と、小紅書での規制強化の現実という、二つの大きな動きは、インターネットがいかにして世界をつなげ、そして分断するのかを私たちに提示しています。

見えてくるのは、表面上の「平穏無事」と、その下に隠れた「声なき踠き」との強烈な対比です。インターネットは地理的な障壁を超えることはできても、文化や感情の亀裂を自動的に埋めることはできません。

真の“デジタル・グローバルビレッジ”を目指すのであれば、必要とされるのは技術と娯楽の単なる融合や普及ではなく、文化の多様性と真実を尊重する覚悟なのです。

 

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