医療ガバナンス学会 (2025年2月12日 09:00)
米国ボストン在住内科医師
大西睦子
2025年2月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
そこで今回は、体重管理(と健康維持)のための、代謝についてのお話しです。
●摂取カロリーが消費カロリーになるタイプの人
ハーバード大学医学部ヘルス出版(1)によると、代謝は遺伝によるところがあり、これは自分の力ではどうすることもできません。代謝を速める遺伝を受け継ぐ運のいい人は、他人より多く食べても太りません。一方、運悪く、そのような遺伝を受け継がなくて、代謝が遅くなってしまう人もいます。
ところで私たちが「代謝」について話すとき、通常は何もせずに 1 日に消費するエネルギー量=「基礎代謝率 (BMR)」のことを示します。基礎代謝率は、呼吸、血液の循環、体温の調節などの、生命を維持するために必要なエネルギーです。「安静時代謝率(RMR)」と呼ぶこともあります。基礎代謝量は、オンライン計算機で大まかに見積もることができます。
さらに、「総エネルギー消費量(TEE)」は、基礎代謝率と、「身体活動に使うエネルギー」、そして「食事のときに消費するエネルギー(食事誘導性熱産生)」を組み合わせたものです。座りがちな成人の場合、基礎代謝率は、総エネルギー量の約50%から70%を占め、食事による熱発生は10%から15%、身体活動は残りの20%から30%となります(2)。
代謝が速いと、安静時にも活動時にも多くのカロリーを消費します。そこで体重を維持するためにより多くのカロリーを摂取しなければなりません。これが、体重を増やさずにたくさん食べられる人がいる理由のひとつです。一方、代謝が遅い人は、安静時や活動時に消費するカロリーが少ないため、太らないようにするためには食べる量を減らさなければなりません。代謝が速いか遅いかに関係なく、私たちの体は余分なエネルギーを脂肪細胞に蓄えるように設計されています(1)。
それでは、基礎代謝率ほどのカロリーの食事を続ければ、体重は減るのでしょうか?
答えは、減りますが持続しません(3)。基礎代謝率は、遺伝以外にもさまざまな因子(4)が複雑に影響しています。
●基礎代謝率に影響するさまざまな因子とよくある誤解
【1】体重:痩せている人ほど、運動中にカロリー消費が多いというのは誤解です。
カロリーはエネルギーの量を表す指標であり、体重が重いほど体を動かすのに多くのエネルギーが必要です。また、体が大きい人は内臓(肺、心臓、肝臓、腎臓など)も大きい傾向があり、これらの臓器が機能するためによりエネルギーが必要なため、運動中や安静時の消費カロリーに大きく影響します。ドイツの研究者らの報告によると、消費カロリーの個人差の最大43%は、内臓の大きさの違いによるといいます。つまり、肝臓、心臓、腎臓などの臓器の大きさは、安静にしているときでも、消費カロリーに大きく影響するということを示しています(5)。
体重が減るにつれて消費カロリーが減るため、体重減少が頭打ちになったり、体重が戻ってしまいます。さらに体重減少は、ホルモンなど体の他の変化を起こし、空腹感を感じたり、満腹感を感じにくくなったりすることもあります(6)。
【2】筋肉の量:筋肉量が多い人は、体重は同じでも筋肉量が少ない人よりも多くのカロリーを消費します。
【3】性別:男性は、一般的に女性よりも体が大きいため、基礎代謝率が高まります。また、男性はテストステロン値が高く、除脂肪体重が多い傾向があります(4)。
【4】年齢:年齢とともに基礎代謝率は低下しますが、これは主に筋肉量の減少によるものです。30歳を過ぎると、10年ごとに約3から8%も筋肉が減り、60歳を過ぎるとさらに高く減ることが示されています(7)。
【5】摂取カロリーが少なすぎる:私たちの体は、食べ物が不足すると飢餓状態と感知するようにプログラムされています。それに応じて、基礎代謝が遅くなり、時間の経過とともに消費されるカロリーが少なくなります。これが、体重を減らすのが難しい理由の 1 つです(1)。
これまでの研究で、痩せた人や太りすぎの人を対象とした対照試験では、1 日の摂取カロリーが 1,000 カロリー未満だと代謝率に大きな影響が出ることが確認されています(8)(9)。
米国立衛生研究所の研究者らは、米リアリティ番組「The Biggest Loser」の14人の参加者を、番組出演中および放送終了後6年間にわたりを追跡調査しました(10)。参加者は、カロリー制限食と激しい運動療法に従って大幅に体重を減らしました。ところが6年後、ほとんどの参加者が減量前の体重に戻っていました。しかも、代謝率は回復せず、基準値を下回っていました。
●結局、基礎代謝率を増やすことはできるか?
基礎代謝率を変えられるかどうかは、かなりの議論の的となっています。そもそも基礎代謝率に影響を与える因子として、年齢、性別、遺伝などは個人でコントロールできるものではありません。
また、脂肪を減らして、筋肉を増やしても、基礎代謝率はわずかに高まるだけです。安静時の筋肉 1 ポンド (0.45 kg)が1日に消費するカロリーは6カロリー、同量の脂肪が消費するカロリーは2カロリーと報告されています(11)(12)。単純な計算で、筋肉を 10 ポンド(4.5 kg)増やしても、基礎代謝率は約 60カロリーしか増えません。
ただし、安静時の筋肉はほとんどエネルギーを消費しないものの、運動時の代謝率は 100 倍を超えて増えることがあります(13)。筋トレは、健康な人だけでなく、心臓病や太りすぎや肥満の人の総エネルギー消費量を高めることが示されています(14)。
つまり、基礎代謝率を増やすことが厳しくても、身体活動を増やせば、1日の総エネルギー消費量が増えます。
ところで、米デューク大学ハーマン・ポンツァー博士らが、生涯を通じて1日の総エネルギー消費量を分析したところ、代謝は以前考えられていたよりも早い時期にピークに達し、遅くなるのはずっと後になりました。
●中年太り、代謝のせいだけではない?!
ポンツァー博士らの国際共同調査による「サイエンス」の報告(15)には、生後 8 日から 95 歳までの 6,421 人(64% が女性)が世界 29 か国から参加しました。
ちなみに、これまでのほとんどの大規模な研究は、基礎代謝率のみを測定していました。一方、博士らは、「二重標識水法」という方法で、生涯にわたる1日あたりの総エネルギー消費量を分析しました。
すると、体格調整した総エネルギー消費量は、人生の4つのステージで異なるという意外な結果が明らかになりました。
『ステージ1』乳幼児期から1歳まで:総エネルギー消費量が急増し、1歳の誕生日には、大人に比べて50%も速くエネルギーを消費(10代や20代が代謝はピークに達すると考える人も多いと思います。)
『ステージ2』1歳から20歳頃まで、代謝は1年に約3%ずつ徐々に低下
『ステージ3』20歳から60歳まで代謝は安定
『ステージ4』60歳を過ぎると、年にわずか0.7%と緩やかに代謝が減速。90代は、中年よりも1日当たりの必要なエネルギーが26%低下。
研究者が体の大きさと筋肉量を考慮しても、男性と女性の間にも違いありませんでした。さらに活動レベルの違いを考慮しても、このパターンは維持されました。
この結果は、中年期の体重増加を代謝の低下のせいにすることはもはやできないことを示唆しています。
●生涯を通じて体重管理するためにできることは何?
ポンツァー博士らの報告によると、代謝が遅くなっていないのに、なぜ(特に中年期になると)体重が増えてしまうのでしょうか・・・。
やはり、多くの人は「食べすぎ」が原因のようです。
ポンツァー博士は、デューク大学ニュース(16)に「運動は病気を防ぐが、ダイエットは体重管理の最良の手段です」、またNPRニュース(17)に対して「体重を減らすことが目的なら、運動よりも栄養の方が大きな効果をもたらします。ただし、健康的な体重を維持するためには、運動が不可欠」「健康的な体重になり、減量に成功し、ある一定の目標に達すると、運動はその状態を維持するための重要な鍵となります。運動は、空腹感や満腹感を調節する体の仕組みを変える」といいます。
生涯を通じて健康的な体重を達成し維持するには、「食べすぎない、健康的でバランスの取れた食事を摂ること」「アクティブなライフスタイルを維持すること」が鍵になります。また質の良い睡眠とストレスを管理も忘れずに。
(1)https://www.health.harvard.edu/does-metabolism-matter-in-weight-loss
(2)https://www.health.harvard.edu/blog/surprising-findings-about-metabolism-and-age-202110082613
(3)https://inbodyusa.com/blogs/inbodyblog/49311425-how-to-use-bmr-to-hack-your-diet/
(4)https://my.clevelandclinic.org/health/body/basal-metabolic-rate-bmr
(5)https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0022732
(6)https://www.nature.com/articles/ijo201559
(7)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2804956/
(8)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8876348/
(9)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26399868/
(10)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/oby.21538#oby21538-bib-0003
(11)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3139779/
(12)https://www.livescience.com/health/anatomy/how-many-more-calories-does-muscle-burn-than-fat
(13)https://www.nature.com/articles/s42255-020-0251-4
(14)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15772059/
(15)https://www.science.org/doi/10.1126/science.abe5017
(16)https://dupri.duke.edu/news-events/news/calorie-counter-evolutionary-anthropologist-herman-pontzer-busts-myths-about-how
(17)https://www.npr.org/sections/health-shots/2021/07/16/1016931725/study-of-hunter-gatherer-lifestyle-shows-why-crash-weight-loss-programs-dont-wor