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Vol.25037 「期待」を燃やして「信頼」へと変える 相馬・福島医大訪問記後編

医療ガバナンス学会 (2025年2月28日 09:00)


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東京大学教養学部前期課程理科三類1年
清水敬太

2025年2月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

悩みがある。というか、素朴に分からないのだ。ここからどうやって動いていったらいいか、わからない。
これまで、現場シンポジウムを経験したり、相馬中央病院への訪問を経験したりして自覚したことを書く場を頂戴してきた。そこで書いてきたのは、簡潔に1行でまとめれば、「自分はまだ何もしていないと自覚すること」と「行動して、成長すること」の必要性を実感した、ということである。
ここで立ち止まっていてはダメなことは間違いない。至極当たり前だ。「自分はまだ何もしていないと自覚する」の段階で止まっていては進歩がない。ずっと「あれ、自分は何もしていない」と驚いていてはいけない。
しかし、いざ動くとなると、それはそれで困ってしまう。あたかも真っ白な地図の上にぽんと放り出されて、何が書かれているかわからない場所の上で歩かないといけないような気分になってしまう。

その悩みは、まだ解決していない。しかし、地図が真っ白で、何も分からない、というような気分は、少し解消されている。見取り図のヒントのようなものを、今回の福島県立医科大学への訪問でいただいた。
相馬中央病院への訪問に引き続いて、福島県立医科大学放射線健康管理学講座の坪倉正治先生のもとも訪問した。坪倉先生は、相馬中央病院で臨床診療を行いながらも、福島医大で講座を主宰していらっしゃる。

坪倉先生の活動にある意味で「密着」した形になるのだが、本当に忙しない一日を送っていらっしゃった。相馬で外来をこなしたと思ったら、車で1時間ほどかかる福島医大へ。医大でも忙しなく動き回っていらっしゃる。
医大では、アットホームな雰囲気の研究室にあたたかく迎えていただいた。特に印象に残ったのは「ムーミン先生と課外授業」だった。福井県の株式会社ピー・ティー・ピーの代表取締役会長である福嶋輝彦さんからお話をいただいたのである。福嶋さんの活動をあえて一言でまとめると、「福井県において、原発をソフトランディングさせる方法を追究している方」だ。原発について、何か極端な選択肢を採ろうとするのではなく、現実的な方策を、国・自治体・電力事業者・その他の地元企業・地元住民たちを広く巻き込みながら進めていくのだ。それに伴う困難や課題など、興味深いお話をたくさん伺った。

福嶋さんの話を伺っていて、魅力に気付かされた。「巻き込み方がうまい」のだ。取り組もうとしていらっしゃる課題は社会の広範にわたって関係するものであり、一人で解決できるようなものとは程遠い。だからこそ、人を巻き込むことがうまいのだろうと思う。
福嶋さんは、大学の頃は演劇や現代美術のプロデュースにかかわっていらっしゃったという。素人考えだが、演劇のプロデュースというのはそれこそ多くの人がかかわる領域だろう。芸術であり、客商売でもある。ときに公的な資金を頼ることがあるかもしれない。その頃からの発想がいまの福嶋さんに息づいているのかもしれない、と考えながらお話を伺っていた。

視線を坪倉先生に戻すと、先生は臨床をしながら大学で講座を主宰することもしていらっしゃる。いまの先生を見ると、超人的な働きをしているすごい人だなァ、と終わってしまいそうになるが、そのような安易な解釈はきっと間違っている。先生のいまの姿は、臨床を積み重ねながら、震災以降福島で継続的に活動してこられたことの延長線上にある。
あるとき、仲の良い先輩に、アカデミアの世界はcreditを積み重ねることの連続だ、と教えてもらったことがある。このことはまさに坪倉先生の活動にそのまま当てはまると感じる。ここでいうcreditには英語のこの語の通り様々な意味合いがあり、日本語に直せば「評判・名声」「影響力」「称賛」、そして「信用・信頼」などとなるだろうか。坪倉先生は、これまでそのような意味でのcreditを積み重ねてこられて、そしてそのcreditを元手にしながら、現在の、さらに未来の活動に繋げていっていらっしゃる。

今回の訪問で坪倉先生にハッキリと教えてもらったことの一つには、「お客様気分の脱却」ということがある。腰を据える、きちんと何か一本軸を通す、なにかに賭金をおいてリスクをとる。そのことの重要性を教えられた。
これを自分なりに言い換えてみれば、上で述べたようなcreditを積み重ねることではないだろうか。坪倉先生に限らず、何かに本気で取り組んでいらっしゃる方々は、徐々に信頼を積み重ねていく。自分からそれを追い求めにいくことこそが、すべきことなのだと理解した。

学生の間は、いろいろな場に行けば「よく来たね」と迎えてもらえる。それはcredit=信頼があるからではない。信頼はないけれど、学生には期待があるのだ。それは学生の特権なのかもしれない。
そしてその特権としての「期待」が期限切れになる前に、それを最大限活用しなければならない。かつ、「期待」という資源を燃やして、「信頼」へと変換していかなければならないのだと思う。

私が医学部を卒業するまではあと5年ある計算だ。一見多すぎるほど多い。しかし坪倉先生があれだけ忙しなく動き回っていらっしゃるのを見ると身が引き締まる。自分が気を抜いていたら、時間はきっと指のすき間からぽろぽろとこぼれ落ちていく。
時間は多くない。今は真っ白な自分の地図を、丁寧に着実に描いて、また広げていきたいと思う。

今回の福島医大訪問にあたっては、多くの方にお世話になりました。坪倉先生はもちろん、講座の山本知佳さん、趙天辰さん、阿部暁樹さん、丸井秀則さんには特にお世話になりました。また福嶋さんには、丁寧にお話を聞かせていただき、勉強させていただきました。改めて御礼申し上げます。

 

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