医療ガバナンス学会 (2025年3月6日 09:00)
秋田大学医学部付属病院総合臨床教育研修センター
内科専攻医 宮地貴士
2025年3月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
一般的な災害では、災害対策基本法に基づき自治体を中心とした対策が基本となる。財源も当該年度の予算再編成や国家所有株の売却などで賄われることが多い。しかし、東日本大震災は未曽有の複合災害であり、多数の自治体が被災。当時、復興に必要な予算は16-25兆円と推定されていた。既に日本の財政赤字はGDPの200%超に達し、少子高齢化に伴う社会保障費の増加も避けられない状況だった。短期的な財源として国債発行は不可避であるものの、通常の赤字国債では将来世代に過度な負担を残すため、安易に選択できない状況だった。
東日本大震災の国債は、復興財源確保法に基づき、基幹税の増税によって2037年(震災から25年)までにすることが特別に義務付けられている。そのため、財政法に基づく60年償還の通常国債とは明確に区別されている。25年という期間は、一般に「一世代」に該当する期間(生まれた子供が親になるまで)と認識され、現役世代の間に復興国債を償還する仕組みとなっている。10兆円規模の復興予算を増税によって賄った事例は世界的にも極めて珍しい。日本は消費税が10%と欧米諸国に比べて税率が低い一方、増税議論のたびに政権交代が起こるなど租税抵抗が強い国として知られる。そのような国で未曽有の災害時に増税が実現したことは特筆に値する。
復興税導入までのプロセスで特記すべきは震災直後に多様な専門家集団からなる復興構想会議が発足し、その流れを受けて東日本大震災復興基本法が国会で策定された点である。震災から1か月後の4月11日に内閣のもと復興構想会議が発足し、5月10日に復興構想7原則を発表。そのうち原則7では、「今を生きる私たち全てがこの大災害を自らのことと受け止め、国民全体の連帯と分かち合いによって復興を推進する」と明記し、復興税につながる重要な概念を打ち出した。また6月25日に発表された「復興への提言 ~悲惨のなかの希望~」では、現役世代の責任についても強調された。
国会では基本法の策定に向けた準備が進み、6月24日に東日本大震災復興基本法が成立。第五条では、「相互扶助と連帯の精神に基づき、被災者への支援その他の助け合いに努める」と明記され、国民の努力が法的に義務付けられた。さらに、7月29日に内閣が閣議決定した「東日本大震災からの復興の基本方針」では、基幹税を主たる復興財源とする方針を明確化。この方針を受け、8月4日から財政調査会で具体的な租税項目の検討が開始され、10月28日に復興財源確保法が国会に提出された。租税項目などの細かな修正はあったものの、衆議院に続き、参議院でも圧倒的多数の賛成となり、12月2日に公布された。
復興税の具体的な仕組みは、法人税は2012年から2014年の間、税額の10%を追加徴収し、所得税は2013年度からの25年間、税額に2.1%を上乗せする形で導入された。住民税については2014年から10年間、1,000円引き上げる方針となった。その後、2012年の政権交代により、復興特別法人税は1年前倒しで2013年に終了となったものの、2021年時点で法人税2.3兆円、所得税2.3兆円、住民税8000億円を調達された。所得税の徴収は今後も続き、震災から25年で合計12.7兆円の復興財源を確保する見込みである。震災復興予算の総額は約32兆円とされ、その40%を税金で賄うこととなる。残りの財源は、国家所有株式の売却や予算の再編成などで補填される予定である。
復興税導入の経緯とその仕組みの分析から二つの重要なポイントが浮かび上がる。第一に、復興構想会議の公表資料や国会議論において、「連帯」や「現役世代の責任・義務」などの強い言葉を繰り返し用いられ、復興方針が明確に提示されたことである。これはヨーゼフ・シュンペーターがその著書「租税国家の危機」で述べた「共同の困難」に通じるものであり、国家が直面する危機を公的なものとして国民に提示できたことを示唆している。
シュンペーターによれば近代国家は「共同の困難」から生まれる。これは、国が直面する「共同の困難」を「公的なもの」として定義し、それを国民に共有できたとき、はじめて国家への信頼が生まれるということだ。逆にいえば、国の政策がたとえ国民にとって厳しいものであっても、それが「共同の困難」を乗り越えるためのものと明確に理解されれば、国民は納得しやすくなると捉えることもできる。
特に日本人が潜在的に恐れる震災のリスクが顕在化したこの時期に、「連帯」といったキーワードを用いることで、被災地以外の国民にも当事者意識が芽生えた可能性が高い。実際、当時の世論調査では80%以上の人が被災地への寄付を行い、また、復興税にも50%以上が賛成していたことが確認されている。
二つ目のポイントは、基幹税の中でも所得税が原資の中心となったことだ。元々存在する所得税の累進性を維持したまま追加の税収を確保できる仕組みとなっており、個々人の支払い能力に応じた負担が可能だった。所得の減った被災者にとっては負担が抑えられる設計でもある。一方で逆進性のある消費税は、この時期に受け入れられなかった可能性が高い。特に日本ではNHKの調査でも69%の国民が現在の社会の不公平さは許容できないほど大きいと感じており、48%の人々は自分を社会的に低い位置にいると認識している。このような状況下では、所得に応じた税負担を設計し、社会的なルサンチマン(やっかみ)を生じさせない仕組みが求められたと考えられる。
復興特別法人税の前倒し終了と国民の反応も、震災復興における財政政策(租税政策)の公平性の重要性を浮き彫りにした。2012年12月の政権交代により、安倍晋三氏が総理大臣に就任。一般的に、政権交代に伴い政策の優先順位が変わることで、大きな政策転換が生じるが、この時も例外ではなかった。
安倍政権は、デフレ脱却を一丁目一番地に設定し、いわゆる「アベノミクス」を経済政策の中核に据えた。成長戦略の一環として、企業の競争力向上と海外流出防止を目的に法人税負担を引き下げる方針を打ち出した。その施策の第一歩として復興特別法人税を1年前倒しで終了。さらに、法人税の基本税率も大幅に引き下げた。安倍総理自身が回想録で述べているように、総理は震災復興財源は長期国債で賄えばよく、増税で対応することにはそもそも反対という立場を取っていた。
しかし、こうした安倍総理の復興に対するスタンスは、国民に広く受け入れられたとは言い難い。実際、「世論調査(共同通信社 2013年10月1~2日実施)」によると、復興特別法人税の前倒し廃止に対する「反対」が65%に達し、「賛成」の24%を大きく上回った。
特に東北地方では「反対」が74%に及んだ。この結果は、復興特別法人税の廃止が企業優遇と捉えられ、法人に対する国民のルサンチマンを生んだ側面を示している。それと同時に、逆説的ではあるが、震災復興については、個人も法人も一致協力して向き合うべきだという国民感情の現れであり、今を生きる世代において負担能力に応じて等しく税負担を分かち合うべきだという強いコンセンサスを反証的に説明している。
近年、地球温暖化に伴う自然災害、新型コロナウイルス感染症などのパンデミック、さらにはロシア・ウクライナ紛争やイスラエル・パレスチナ問題など、国民国家の危機が頻発している。こうした国家や国民にとって潜在的な恐怖が現実になったときに、国家はどのように対応すべきかが問われている。東日本大震災とその後の復興政策、特に復興財源確保の分析から導き出される教訓は、財政政策の枠を超えた対応が必要であるという点だ。政府は基本法の制定などを通じてその恐怖を「共同の困難」として定義し、国民の価値観に沿った政策を実施することで、社会全体に明確な方向性を示すべきである。
最後に、論文でも詳述した具体的な枠組みを紹介する。
① 「共同の困難」を定義すること
ⅰ)政府は、直面する問題が対症療法で対応可能なのか、国民の総意として「共同して向き合うべき困難」であるのかを決定する。もとより、その問題が国家の「共同の困難」であるかは、その国が置かれた歴史、地理、経済、国民感情など様々な要因を総合的に考慮する必要がある。
ⅱ)そのうえで、政府は、直ちに、様々なバックグラウンドを持つ専門家集団を招集し、彼らを構成員とする専門組織を立ち上げる。その議論を通じて、「共同の困難」について、英知を集めその問題の本質を見極め、国民と共有し納得できる対処プランを提言し、これを国民向けに発信する。
ⅲ)上記の「共同の困難に向き合うための国家としての対処プラン」を、国民共通の意思として確定させるため、「共同の困難に対するための国家基本法」を制定し、これに基づいて具体的な政策を発動する。
② 現役世代の責任を明確にする
ⅰ)「共同の困難」は国家の将来に大きな影響を及ぼすことから、その対処のために要する財源は巨額になると想定されるところ、その財源手当てについては、将来世代に禍根を残さず、今生きている世代で責任をもって一致団結して解決する設計とする。
ⅱ)上記の趣旨を、「国家基本法」に組み込み、現役世代の財政責任を法律で明確にする。
③ 税負担のルサンチマンが生じない制度設計とする
ⅰ)「共同の困難」に対処するために必要になる租税負担については、その設計次第では、国民の所得階層間で大きな「ルサンチマン」という分断が発生する。
Ⅱ)この分断は、「共同の困難」に国民が一致団結して向き合う際の大きな妨げとなる。国民同士、また、国民と国家の関係性や文化的な背景や価値観、世論を考慮しつつ、税負担についてはルサンチマンが生じない制度設計とする。
この研究のきっかけは、医療ガバナンス研究所の勉強会で元財務省財務事務次官の佐藤慎一氏と出会ったことだっだ。国家財政を漠然と捉えていた私にとって、佐藤氏の日本人の租税意識や国家観、それを形成した歴史的背景に関する洞察は衝撃的だった。
例えば、日本では、奈良時代の租庸調のときから租税率が低かったこと、第二次世界大戦の影響で国家に対する信頼が極めて低下したことなどが挙げられる。佐藤氏の話からヒントを得て、私は研究所の先生たちとともにワクチン政策における国民の国家に対する信頼の重要性を示す研究を行い、その論文はランセット誌に掲載された(doi: 10.1016/S0140-6736(19)32686-8.)。
特に新型コロナウイルスのパンデミックの中で、この国家信頼度が医療政策全般においても重要であることが、各種論文で強調された。一方で、国家が危機に直面した際、政策策定者は何に留意すべきかについては、より俯瞰的な議論が乏しかった。そこで、医療ガバナンス研究所の尾崎章彦医師の指導を受け、佐藤氏が現役時代に担った東日本大震災の復興政策をケースとして、国家が危機に瀕した際の重要な要素を明らかにする研究を開始した。
研究に着手してから5年の歳月が経過し、こうして一つの形として報告できたのは、共著の先生方や助言をいただいた方々の支えがあったからこそである。遅々と進まない時も懇切丁寧に向き合ってくれた尾崎章彦先生、貴重な知見を提供して下さった佐藤慎一さんに心より感謝申し上げます。また、初稿の英訳を担当してくれた金田侑大くん、本論文が社会医学の文脈においてどういう立ち位置にあるか助言を下さった坪倉正治先生、国際的な視点からこの論文の価値を高めてくださったMihajlo Jakovljevic先生にもこの場を借りて御礼申し上げます。
さらに、税制政策研究の専門家として復興税の価値について助言いただいた小黒一正先生、ケーススタディーの方法論についてご指導くださった西川佳孝先生にも深く感謝申し上げます。