医療ガバナンス学会 (2025年3月7日 09:00)
この原稿はAERA dot.(2024年12月25日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/articles/-/245018?page=1
内科医
山本佳奈
2025年3月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
「トイレ、トイレ、トイレ!!!」
食後30分も経たないときです。突然、便意がやってきてトイレに走って駆け込まないといけなくなったのは、ここ5年ほどのことです。「便秘が続よりはマシか」なんて最初の頃は思っていたのですが、多い時は週に数回はトイレに駆け込まないといけなくなるようになり、そう思ってもいられなくなりました。
食後だけでなく、食事の最中に食卓とトイレを数回往復するなんてこともありました。自宅でそんなことになるのならまだ良い方で、外食した時はもう悲惨です。車に乗って帰ろうとした矢先や道中に激しい便意に襲われ、急遽駐車場まで引き返したこともあります。トイレを借りることができそうなお店を必死で探しては、全力でトイレに駆け込んだことも何度もあります。
ここだけの話、急に便意に襲われ、トイレに駆け込むものの間に合わず……。大の大人なのに下着を汚してしまったこともあるほどです。そんな誰にも言えない経験から、外出するときは下着を1枚、カバンの中に忍ばせておくようになりました。
食後に突然襲われるときの便は、常に水っぽい下痢のような感じで、便に形はありません。1回から数回ほど、排便してしまえば、腹痛は綺麗さっぱり消えてなくなります。「さっきまでの腹痛はなんだったのか?」というくらいすっきりするのです。
●ストレス?食生活の変化か?
アメリカに住むようになってからは、外食時だけでなく自宅で食事をした直後にも症状が頻繁に現れるようになりました。「ストレスか、はたまた、環境の変化か。それとも、食生活の変化が原因なのかもしれない」と考えるものの、毎日ではないことと、排便してしまえば生活に問題がないことから、「様子を見ておこう」なんて思っているうちに2年が過ぎてしまったのです。
ストレスというストレスは自分の中では感じなくなり、新しい環境にもすっかり慣れたにも関わらず、症状が続いているのはなぜなのか。不思議に思った私は、原因を調べてみることに。すると、過敏性腸症候群(IBS)の一種である「胆汁性下痢型過敏性腸症候群」が原因である可能性が高いということにたどり着いたのです。
過敏性腸症候群[※1] という疾患は、聞いたことがあるという方も多いと思います。下腹部痛や腹部膨満感、下痢や便秘、または下痢や便秘を交互に繰り返すという排便異常の症状が、週に平均1回以上、3カ月以上にわたって症状が継続しているにも関わらず、腸自体には症状の原因となる明らかな異常が見つからない疾患です。
過敏性腸症候群は、過去3カ月間に少なくとも週1回の頻度で繰り返す腹痛がみられ、・排便に関連して症状が出現する・症状が排便頻度の変化に関連して出現する・便の形状(外観)の変化を伴う、といずれか2項目以上の特徴を満たす場合に診断されます。
過敏性腸症候群を引き起こす原因として、様々な物質や感情的要素(ストレスや不安など)が引き金となっていると考えられているものの、はっきりとは解明されていません。高カロリー食や高脂肪症、腸の運動機能や知覚機能を調整する神経制御の異常、腸内細菌叢の異常などが関与している可能性も指摘されています。
●症状で4つに分類される
過敏性腸症候群は、症状に基づき、下痢型・便秘型・混合型・分類不能型(下痢型、便秘型、混合型のいずれも満たさない場合)の4つに分類されることが一般的です。私の場合、泥状の軟便のみ認めていることから「下痢型」過敏性腸症候群が当てはまります。
一方、症状ではなく原因に[※2] 基づいて分類されることもあるようです。強いストレスや不安により引き起こされる「腸管運動異常型(ストレス型)IBS」、大腸の形状が原因となって引き起こされる「腸管形状異常型IBS」、そして胆のうから分泌される胆汁という消化液が原因で、食後に下痢を引き起こす「胆汁性下痢型IBS」と原因によって大別することも、対策を考えていく上で有用だとされているのです。
その中の「胆汁性下痢型IBS」とは、肝臓で作られ、胆嚢から分泌される胆汁という消化液が原因となることで、食後に下痢を引き起こす過敏性腸症候群の一つです。
胆汁は胆管を通じて十二指腸に流れ込み、脂肪の消化酵素であるリパーゼの働きを助けます。そのため、胆汁は脂肪の消化吸収には欠かせません。また、胆汁の主成分である胆汁酸は、「体内下剤」とも呼ばれていて、大腸の運動を刺激して腸液の分泌量を増やす作用も持っています。
しかし、大腸に到達する胆汁の量が多い場合や、胆汁に対する大腸の感受性が高い場合、大腸の運動はより活発になり、腸液の分泌量はさらに増加してしまいます。その結果、食後すぐに便意を感じ、下痢が生じてしまうというメカニズムのようです。
●原因となっている食べ物を控える
食事をするとすぐに便意が出現し下痢になるという点で、私の症状は「胆汁性下痢型IBS」に一致しています。週1回の頻度で、もう2年ほど続いていることから、症状の頻度や経過期間も当てはまっています。脂身のあるビーフや鶏などの肉料理をとった直後に頻繁に生じることから、きっとそれが原因となっている可能性が高そうです。
特定の食べ物が原因となっている可能性がある場合、原因となっている食べものの摂取を控えることが、IBSの治療法[※3] となります。また、量の多い食事を少ない回数食べるのではなく、1回の量を少なくして食事の回数を多くすると、状態がよくなることが多いようです。
私も、脂肪分の多い肉料理が原因になっている可能性を考え、食べ過ぎないこと、そして脂身はなるべく取り除くことを意識して実行しました。すると、食後に下痢をきたす頻度が減少したことから、それが治療法として効果があったのだと実感したのです。
症状が落ち着いた頃、別件で家庭医を受診する機会を得たので、自分のこれまでの便に関する症状も報告することにしました。すると、「また頻度が増える、症状がひどくなる、なんてことがあれば相談するように。」と念をおされてしまいました。幸い、今は月に1回あるかないかの頻度まで改善しています。年末年始は、食べ過ぎや脂分のとり過ぎに十分注意して、来年を迎えたいと思っています。皆様も、良いお年を迎えください。
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