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Vol.93 「英雄」ではない「被害者」である原発事故作業員に、生涯にわたって医療補償を

医療ガバナンス学会 (2011年3月28日 14:00)


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有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
木村 知
2011年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


とうとう、原発事故作業員の方々に大きな被曝事故が起きてしまった。

ほんの数日前まで、新聞をはじめとした各メディアは、原発事故現場に向かうこれら作業員の方々のことを、「決死の覚悟」で「命懸けの任務」を行う、まる で戦時中の特攻隊員を彷彿とさせる「英雄」として扱い、その勇気を讃美する論調を世間にあふれさせていた。こうしたある種の異様な論調やそれに同調する国 民感情に空恐ろしい違和感を覚えたのは、けっして私ばかりではあるまい。

しかしそんなメディアの論調も、今回の被曝事故が起きてやっと「作業員の安全確保を」という方向に変わりつつあるようだ。

とは言え、事故の全容も未だ不明で、今後の見通しもつかず、事態収拾にこれからも多くの時間を要する状況で、これら作業員の方々はますます増員されてい くに違いない。それに伴い、このような被曝事故も、仮に杜撰な安全対策が見直されたとしても、今後「二度と起きない」とは、けっして断言できないだろう。

また、重大な被曝事故でなくとも、ギリギリの作業環境のもと相当量の被曝をすることで、「直ちに影響」は出なくとも、数年、数十年の経過を経て健康被害が発生する可能性も否定はできない。

被曝のリスクだけでなく、十分な食料や睡眠さえ保障されない劣悪な労働条件での任務を強いられているとも聞く。肉体的なダメージはもちろん、精神的なダ メージも計り知れない。このようなダメージは、仮に任務を終えて無事家族のもとへ帰宅できたからと言っても、簡単に癒えるものではないだろう。

つまり、この原発事故現場での作業に関わったすべての方々には、「直ちに影響が出ない」とは言っても、将来なんらかの肉体的あるいは精神的「健康被害」が発生する可能性が否定できないと言える。

そこで、非常に心配されるのが、将来なんらかの健康被害がこれら作業に関わった方々に生じた場合、「適切な補償が受けられるのか」、という問題だ。

ただでさえ労働者の立場は弱い。

日頃診療をしていると、明らかに「就労中のケガ」であるにもかかわらず、「ぜったいに『労災扱い』にしないで欲しい」と建設現場で負傷した土木作業員に懇願されることは、珍しくない。
建設業界ではゼネコン、下請け、孫請けと順次下部企業へと工事が発注される受注形態があり、「労災事故」が多い下請けには、その上部企業からの工事の発注がされなくなるという、「病的ピラミッド構造」が根強く残っている。

そのため、下請け、孫請けなどの零細企業は、なるべく「労災事故」の件数を少なくする必要があり、作業中ケガ人が発生した場合、全額自費診療扱いとして 事業主が自腹で治療費を支払ったり、酷い場合はケガそのものを「就労と無関係」と作業員に言わせたりするなどの、いわゆる「労災逃れ」「労災隠し」を行う 事例が後を絶たない。

これは、建設業界に限定したものであるとは、けっして言えないだろう。

今回の原発事故現場でも「協力会社」といわれる「下請け企業」から多くの作業員の方々が動員されているとのことだ。

はたして、この「下請け企業」の方々に将来健康被害が発生した場合、適切な補償はされるのだろうか?

「労災認定されるはずだ」という意見もあろう。

しかし残念ながら、答えは「否」であると、私は思う。

確かに「直ちに影響が出た」ものについては、労災認定される可能性はもちろんあり得ると思われるが、将来起こり得る健康被害も不明であるうえ、遅発性に起こったものについての認定は、原発事故現場での作業と相当因果関係が強固に証明できるもの以外は、まず無理だろう。
そもそもただでさえ、作業中の安全管理対策が杜撰である企業が、将来起こり得る健康被害まで補償することなど、到底期待できない。

つまり、「原発事故作業に起因した健康被害」を労災ですべて補償するのは、不可能ということだ。

自衛官については、原子力災害対処によって死亡もしくは障害が残った場合、「賞恤金(しょうじゅうつきん)」が支払われ、今回その額が通常の1.5倍に引き上げられたという。

もちろん、金銭が補償されればいいという問題ではないが、企業、特に下請けなどの零細企業に所属している作業員の方々にも同程度の補償は最低限必須と考 えられる。今後起こり得る健康被害の種類が特定し得ないこのような特殊な状況である以上、原発事故作業との因果関係が証明できるものについてはもちろん、 それ以外の傷病を含めたすべての医療費および定期的な健康診断による健康被害調査についても、国が責任を持ち、生涯にわたって補償を行うべきと考える。

今後、入れ替わり立ち替わり、各方面、各所属の作業員の方々がこの任務に関わってくるにつれ、すべてがウヤムヤになってしまいかねない。早急に、いや緊急にこの医療補償について論じ検討しておく必要性を強く訴えたい。

原発作業員の方々は、「英雄」である以前に「労働者」であり、自分自身や家族の犠牲を強いられている「被害者」であることを忘れてはならない。

いくら「英雄」と讃美されても、肉体的精神的被害はけっして癒されることはない。

この「被害者」としての作業員の方々に、生涯にわたって医療補償を行うことは、安全を犠牲に今日まで原子力政策を推し進めてきた国がなすべき、最低限の「せめてもの償い」と言えるのではなかろうか。

作業員の方々を「英雄」と讃えた国民ならば、この「勇気ある被害者」への公的医療補償に、まったく異論はないと信じる。

木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士
1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、 2004年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆 活動を行う。AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常 識」(文芸社)。きむらともTwitter: https://twitter.com/kimuratomo

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