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Vol.25045 沸騰する東北の海-釣り人も歓喜・困惑する冬の異常-

医療ガバナンス学会 (2025年3月12日 09:00)


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相馬中央病院 内科
福島県県立医科大学 放射線健康管理学講座 博士研究員
医師 医学博士
齋藤宏章

2025年3月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「今はカレイは、釣れないかもしれないねえ。。」12月のある日、毎年お世話になっている閖上の遊漁船の親方に最近の釣果について問い合わせた私は、まさかの事態に愕然としていました。東北以外の方(あるいは釣りに興味のない方)にはあまりピンとこないかもしれませんが、冬にカレイが釣れない、これは一大事です。

私は8年前に東北に転勤して以降、内科医として勤務する傍ら、宮城―福島の海で釣りをすることを毎年の楽しみにしています。東北の太平洋沿岸地域は寒流と暖流の境目があることから、日本でも有数の良い漁場として古くから知られています。潮の境目にはプランクトンなどの餌も多く、それを食べる小魚、さらにそれを食べる魚が集まって、、という具合に豊富な魚種と漁獲量があります。

宮城県や福島県の沖合で釣り人が魚を釣る釣り船は底物(そこもの) ― カレイやヒラメ、アイナメなど、海底を住み家にする魚種 ― を狙う釣り人が多いのが伝統でした。私が赴任した2017年に、こんなに釣れるの!?とその釣れ高に驚いたのを覚えています。初めて行った夏のヒラメ釣りでは、生きたイワシを餌に何匹も40cmオーバーのヒラメが釣れ、冬は寒い中でもクーラー一杯にマコガレイや、イシガレイ、ナメタカレイが釣れました。釣れすぎて当時一人暮らしの私は食べきれなくて困るほどでした。
カレイは寒冷の海の魚ですので、私の出身の福岡県では冬にしか浅場に寄らない(冬は産卵のシーズンのため、食味もよく、釣るターゲットにもなりやすい)ので、年中釣りの対象となっている東北は新鮮でした。餌を垂らせばカレイが釣れる、そんな印象が強烈に残っていました。

釣り船が出る宮城県の閖上港は江戸時代から仙台藩直轄の漁港として栄えた歴史があり、その時代から、五十集(いさば)と呼ばれる行商の女性たちがカレイを串に刺して焼いた「焼きカレイ」を名産として売り歩いていたそうです。宮城県の年越しにはナメタカレイ(一般名ババガレイ)を煮つけにして食べる風習があり、年末には子持ちのカレイが一切れ数千円の価格でスーパーに並びます。
遊漁船の釣り物も2017年頃は、年中カレイのみを対象にしている船も多く、夏はヒラメ(温暖な水温を好む生きた餌のイワシが手に入りやすい)、それ以外はカレイというような状況でした。そのくらい、カレイは地元に根差した魚だったのです。釣る魚種の種類が少なく、関東や西日本のようにいろいろな魚をターゲットにした釣りの幅があってもいいのにな。。と思うくらいでした。

状況が変わったのは、ほんのここ数年の話です。暖かな海に住む魚が急速に獲れ出したのです。福島県水産海洋研究センターによると、西日本でよく流通するタチウオは福島県で2017年には0.6トン程度の漁獲高でしたが、2018年には4トン, 2020年に15トン, 2022年には約100トンとほんの5年余りで鰻上りの上昇です。同様に、1トンに満たない漁獲量だったトラフグや伊勢海老の漁獲高も2022年にはそれぞれ5.5トン、1.4トンと激増しています。実際、私の勤務している相馬市では漁獲量が上昇しているトラフグを「福とら」とブランド化して売り出しています。
初めは釣りものに少し混じる程度であったこれら西日本の魚も、メインのターゲットにする釣り船が現れるようになりました。タチウオ漁船やイカ釣り漁船が名を連ね、これまでは宮城県や福島県ではあまり釣れなかったマダイを狙った釣船も現れるようになりました。豊富な魚種に釣り人は貪欲に挑戦し、私も喜んで?いました。

そして今年の冬、ついにカレイは釣れなくなりました。釣船が狙うターゲットから、カレイは軒並み姿を消しました。2024年12月はネット上に公開されているほとんどどの釣り宿もカレイ釣りの船を出していませんでした。理由は、冒頭で船長が言っているように釣れないからです。例年、寒くなってくると餌のイワシを入手するのが困難になるため、イワシを使ったヒラメ釣りから、12月頃を境に徐々にカレイや他の魚種に移っていくのですが、12月もどの船もヒラメを狙っている。これは異様です。
海が暖かく、イワシが入手しやすいのと、カレイが釣れないからです。12月にカレイ釣りを敢行した友人によると、釣れるのはフグばかり、ということでした。私の患者さんで相馬市の漁港関係の方に外来の際にお話を聞くと、漁業でも「今年はカレイが獲れない、ヒラメは多い」とのことでした。まだデータとしては集計されてはいないものの、そのような実感があるようです。

この話を裏付ける興味深いデータがあります。東北大学が海洋データを観測したところ、2022年末以降、黒潮の蛇行によって三陸沖の海水温上昇が続き、2023年以降は海水温が平年よりも6度高い状態が続いているということです。これは空前絶後で世界中でも最も大きな上昇幅ということでした。
(三陸沖の海面水温上昇幅「世界最高レベル」 生態系への影響懸念 宮城、海産物対策に本腰 https://news.yahoo.co.jp/articles/9dbd2692846c491cc0326845b9ae5ed6b5a25293)。
魚にとっては0.5度の変化でもとんでもないと言われる世界ですから、海が様変わりすることもむべなるかなです。昨年の秋には真珠養殖に使われる天然のアコヤガイが宮城県沿岸で初めて発見される始末です。

実は、この話題は医療にもつながってきます。温暖化によって「アニサキス症」の発生が影響を受けるという議論があるのです。魚体に寄生しているアニサキスを食べてしまうことで、胃痛等の症状を引き起こすアニサキス症。私は同僚でアニサキス症の研究をしている原田文植医師とよく温暖化との関連を議論しています。原田医師が漁港関係者にヒアリングしたところ、経験的には温かい沖合にいる魚の方がアニサキスを持っている魚が多いという意見があるようです。
研究的には、温暖化でアニサキス虫体自体が増加しているという証拠はないようですが、黒潮の変化でアニサキスを持ったカツオの一団が漁獲されることが多くなり、食中毒の増加につながった可能性がある事例が日本でも報告されているようです(Murata R, et al., Int J Food Microbiol 337: 108930, 2021)。少なくとも、今年の冬に関しては、貰い物のヒラメを食べた数名の漁港関係者の胃の中から数隻のアニサキスを内視鏡で除去する機会がありました。獲れすぎたヒラメにも功罪があるのか、と釣れなくなったカレイに思いを馳せています。

東北の海の変化が持続するかどうかはまだ不透明なようです。魚種の変化が周期的に起きている事実はあるようですが、一方でこれほどの温度変化は過去にない事例と捉える向きが優勢です。温暖化や海の変化が地域の人々の健康に与える影響についても引き続き注視していく必要がありそうです。

 

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