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Vol.95 災害に強い医療情報システムの構築を

医療ガバナンス学会 (2011年3月30日 06:00)


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東京大学医学部附属病院
原 一雄
2011年3月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


このたびの東日本大震災によって尊い命を失われた多くの方々に深い哀悼の思いを捧げるとともに、ご遺族の皆さま、負傷された方々、今なお避難所で極限状 態の生活を強いられている方々に心よりお見舞いを申し上げます。また、この極めて厳しい状況の中で必死に援助活動を行っている医療チーム、必要物資を被災 者のもとへ届けようと頑張られている方々、被災地からの患者さんを受け入れてケアをしている医療者の方々に心より尊敬の意を表します。

今求められていることは、電気・ガス・水道などのインフラを一刻も早く復旧し、被災者に食糧・燃料・水・医薬品などの必要物資を届け、被災地の医療が機 能することに全力をあげることであることは言うまでもありません。その上で、今回の震災で明らかとなった事実から教訓を学び取り、大規模災害のリスクと常 に隣り合わせである災害大国日本において、どのような医療システムが災害に強いかを検討することが是非とも必要と思われます。

1.広域大災害時にも医療情報を安全に参照できる情報システムの構築を

今回の東日本大震災では、津波による甚大な被害を受けた沿岸部だけでなく極めて広い範囲で基幹病院が停電や職員の通勤困難のために機能不全に至りまし た。このため、人工透析中の患者さんなど多数の患者さんを後方搬送する必要が生じました。問題となるのは、被災地の医療機関が停電やシステム自体の損傷の ために、受け入れ先の医療機関に引き継ぐための患者情報を、電子カルテから引き出すことが極めて困難となったことです。紙カルテがあったとしても、送り手 側は不眠不休で働いており詳細な診療情報提供書を用意することは困難です。津波や火災などで医療情報そのものが消失してしまった場合には復旧は永久に不可 能です。
もし、医療情報が安全な場所に置かれ、今回のような特殊な状況に限ってクラウドコンピューティングなどの技術を介して搬送先の担当者が電子カルテを参照 することが出来るようにすれば、個々人に合わせた医療が持続して行えるでしょう。避難所を巡回する医療チームがiPadなどから電子カルテを参照できるよ うにしておけば、避難所でも患者さんの病態に合わせた医療を可能な限り行うことが出来ます。更に、患者さん本人がスマートフォンから自覚症状などを打ち込 むことによって、直接主治医や他の医療機関の医師・看護師から指示を受けることが出来るようにするのも技術的には可能ではないでしょうか。孤立した避難所 で自分の病気のことを誰にも相談出来ない時に、主治医や看護師とつながることが出来る安心感は計り知れないものがあると思います。病院の中には診療支援シ ステムが破損して、処方など全て紙仕事になるケースもあるようですが、診療支援システムをクラウド上で動かしている場合には、復旧が比較的容易でしょう。 今回、原発に近い地域は役場も含めて街ごと他県に疎開しましたが、このような場合でも疎開先の自治体や医療機関などとクラウド経由で情報を共有できるよう にしておくことで、医療を含めた行政サービスをシームレスに供給することが出来ると思います。

2.被災地の医療ニーズを整理・可視化・共有する情報システムの構築を

今回の震災で、人的・物的被害がなかった医療機関も、ガソリン不足と原発問題などによって物流が途絶えたために必要な薬剤・点滴が枯渇し医療の機能が停 止に追い込まれるという危機にさらされました。また、避難所でも慢性疾患の患者さんが津波などで自宅の薬剤を消失した上に、ガソリン不足で医療機関を受診 することが出来ず、高血圧、糖尿病などの薬を全く内服しない状態が続く危険な状況となっています。現在、医療支援チームが各避難所を巡回し、薬剤を最小限 処方していますが、薬の手帳を持って逃げる余裕のなかった患者さんも多く、薬剤の処方が出来ないことも多々あるようです。このような状況は広範な地域で発 生しており、医療支援チームがカバーできない避難所も多々あると思われます。阪神大震災の際にも指摘されたようですが、供給側も、どこにどの薬がどの位の 量必要なのか分かりにくいことから、大量に物資が届けられる避難所と、全く届けられない避難所もあるなど、個々の避難所の様々な医療ニーズに対応すること は災害時には極めて困難です。

そのような状況の中で判明したことは、インターネットが地震直後も機能し、停電で病院内のLANにつながらなくても携帯電話の電波を使ってネットにつな ぐことが出来たため、災害時にも通信機能を発揮したことです。これに対して、固定電話・FAX・携帯電話は地震発生直後から通話制限がかかって利用できま せんでした。医療機関・避難所ごとに、どのような薬や処置を必要としている患者さんが何人いるかどうかなど医療ニーズの情報を一元的かつリアルタイムに集 積出来るようなネットを使ったシステムが構築出来れば、災害時にも効果的に医療資源を供給することが可能となります。GPS機能を持ったスマートフォンを 利用し、患者さんの疾患名・重症度・人数などを避難所の位置とともに地図上に表示して情報共有することが出来れば、医療支援チームが刻々と変化する被災地 の状況に対応してより効果的に活動することが出来ます。また、被災地を支援しようという医療機関や企業にも必要に応じて医療ニーズの情報を伝えることで マッチングのようなことも可能となり、被災地の復旧が加速すると思います。

3.災害に強い医療情報システムの整備と個人情報保護の議論を

災害に強い医療情報システムを構築するためにはコストやセキュリティ、個人情報保護に関する問題を解決しなければいけません。安価だからといって個人の 医療情報を海外のデータセンターにのせることは出来ません。国内の災害の影響を受けにくい場所にバックアップ用も含めて複数の医療情報データセンターを設 置するにはかなりの投資が必要と思われます。しかし、大規模災害時に医療が機能不全となる被害の大きさを考えると、コストに関しては比較的理解を得ること が出来るのではないでしょうか。セキュリティに関する技術的問題について専門家の間で検討を早急に開始するべきです。また、大規模災害時の個人情報保護の 在り方についても議論が必要です。どのメーカーのスマートフォンでも使用可能な充電器や太陽光による発電機がついたものなど、技術的に簡単に解決出来る問 題については民間の力でどんどん解決していけるのではないでしょうか。

東日本大震災の被害のあまりの大きさに思わず立ちすくんでしまいそうですが、思考を停止しないで、災害に強い、安心・安全な社会の実現に向けて、日本中の知恵が結集して立ち向かうことを期待したいと思います。

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